シャンゼリゼ大通り、有名ですね
全長は約2km、幅は約100mの通りで、もともと、アンリ4世の王妃のために造られたチュリアール公園からアルマ広場までの遊歩道だったそうです。
今では両脇に樹木が植えられ、きっと春には緑がいっぱいの綺麗な通りなんだろうなと想像しながら歩きました
今はと~~~っても綺麗な電飾でキラキラ輝いていましたよ
この写真は凱旋門からシャンゼリゼ大通りを歩いて、横断歩道の真ん中で撮りました
そしてこの写真がクルリと反対側を向いて撮ったです
ちなみに、凱旋門は・・・
1806年にオステルリッツの戦いで、ロシア・オーストリア同盟軍にナポレオン率いるフランス軍が快勝し、その栄光を讃えるために、ナポレオンが建築を依頼して1836年に完成しました
しかし、ナポレオンは自ら生きて凱旋することはなく、1840年にセントヘレナ島から遺骸となってパリに帰還し、その時初めて門をくぐったのだそうです。
ほんの少ししかパリを知らないし、どちらかというと歴史は苦手な方ですが、実際にすばらしい彫刻や建築物を目の前にすると、感慨深く、その歴史の深さと重みを感じました
全長は約2km、幅は約100mの通りで、もともと、アンリ4世の王妃のために造られたチュリアール公園からアルマ広場までの遊歩道だったそうです。
今では両脇に樹木が植えられ、きっと春には緑がいっぱいの綺麗な通りなんだろうなと想像しながら歩きました
今はと~~~っても綺麗な電飾でキラキラ輝いていましたよ
この写真は凱旋門からシャンゼリゼ大通りを歩いて、横断歩道の真ん中で撮りました
そしてこの写真がクルリと反対側を向いて撮ったです
ちなみに、凱旋門は・・・
1806年にオステルリッツの戦いで、ロシア・オーストリア同盟軍にナポレオン率いるフランス軍が快勝し、その栄光を讃えるために、ナポレオンが建築を依頼して1836年に完成しました
しかし、ナポレオンは自ら生きて凱旋することはなく、1840年にセントヘレナ島から遺骸となってパリに帰還し、その時初めて門をくぐったのだそうです。
ほんの少ししかパリを知らないし、どちらかというと歴史は苦手な方ですが、実際にすばらしい彫刻や建築物を目の前にすると、感慨深く、その歴史の深さと重みを感じました