サラ☆の物語な毎日とハル文庫

ヤマダさんとロビンソン・クルーソーとハル文庫

★これはヤマダさんが最初にハル文庫に訪れたときの物語。

きっと磁石の力が働いたんだと思う。

ハル文庫は、そういう場所だってこと。(鈴木ショウ)

 

男は(もうおじいさんだ)夢中になって、家じゅうを探した。

本棚…押し入れの段ボール…

どこかなにあるはずだ。捨てちゃいないもの。

 

そしてとうとう、押し入れの一番奥にある段ボールの中に見つけた。

一冊の本。

『ロビンソン・クルーソー』

 

子どものときに兄ちゃんからゆずられた本。

分厚い単行本だ。

ああ…子どものときに、どんなに夢中になって読んだことだろう。

古びて、カバーの端がボロボロと落ちる。

 

昼下がり、部屋の奥の光がささない暗いところで

男は本の扉を開いて、一ページずつめくりはじめた。

そうだそうだ、これだよ。

ロビンソン・クルーソーだけが島に流れ着いて、

誰も乗っていない船は岩場で座礁していたんだっけ。

(船にそのまま残っていれば、全員助かったというのにな…)

 

ロビンソン・クルーソーは船を見つけ、

中のものをできるだけ運び出そうとするんだ。

だって、そうだろ。

たった一人で無人島で生きていくとなると、できる限りのモノが必要じゃないか。

 

そうだ、それで、この本を読んで、友人たちと無人島持ち込みリストをつくったんだ。

「みんな、何をもってく?」

「電気とか通ってないんだぜ」

「オレ、発電機がいいな。ソーラーのやつ」

「なるほどね…」

いろいろ考えた。

船に積み込めるやつで、島に運び込めるやつ。

船旅をして遭難したという設定だゾ。

いいじゃないか、細かいことは言うな。

なにしろ、これからずーっと一人で生きていくんだ、なんて言いながら……

やった、やった。楽しかったなー、あのころ。

 

男の目から涙が流れた。

 

クルーソーが海に繰り出して死にそうになり、

やっとのことで自分でつくった島の別荘にたどりつくと

「かわいそうなロビンソン・クルーソー」と声がするんだ。

えっ、人がいる…?

ロビンソン・クルーソーの胸はザワザワした。

でもその声の主は、自分が飼っていたオウムのポルだった。

いつも自分で口癖のように言っていた言葉を覚え込んでいたんだな。

 

自分があまりにもかわいそいな気がして、クルーソーは泣き崩れたんだっけな…

オレもオウムが飼いたかった。

せめて十姉妹を…。

 

 

 

見つけた、見つけた。

男は大事そうに本を抱きしめた。

本のトビラが、こんなにも鮮やかに子ども時代の記憶を呼び起こすトビラだとは

知らなかった。

 

妻に先立たれ、ひとり残された家。

普段はそれでも、自分の城のような気がしているけれど、

きょうはなんだか、人気のない寂しさがこたえて、それで本のことを思いつき、探しまくって見つけた。

トビラを開いたら、そこは子どものころの世界だった。

子どものころの記憶が鮮明によみがえってきた。

本の中の世界に、自分が入ることすらできそうだ。

 

 

次の日、男はその本をもって外に出た。

どこに行こうか…。

この気持ちを誰かと分け合いたい。

 

男は歩いて行った。

ハル文庫という小さな図書館が、15分くらい歩いたところにあるはずだ。

その前を通ったことがある。

あそこに行けば…

いろんな本があって、もっと違う記憶の世界があるかもしれないぞ。

 

男は「お母さん、兄ちゃん、ケンちゃん」とブツブツつぶやいて昔を思い出しながら

じっと前を見据えて歩いた。

 

図書館が見えてきた。

広い、昔ながらのお屋敷の一部を私設図書館にしたんだっけ。

屋敷の角の木でできた門トビラは、大きく左右に開かれたいる。

男は中に入る。

門の横に木でできたテーブルと椅子が置かれており

「開館」という立札が立っている。

椅子の上には灰色のでかい、なんだか人相の悪い猫が寝そべっている。

眠そうな目を男に向けるけれど、動こうともしない。

 

男はズンズンと中に入っていった。

本が見たい、見たいのだ。

 

図書館の入り口の横に、カフェのカウンターがあった。

三角巾をかぶった女の人が「いらっしゃい」とにこやかに微笑んで声をかけた。

「ああ…、入ってもいいですかな?」

「ええ、どなたでも歓迎ですよ」

「そちらは、コーヒーを飲めるんですか?」

「ええ、ごゆっくりどうぞ」

カフェのカウンターの横の部屋には、テーブルと椅子が置かれたスペースがある。

それから、屋根が庭に大きく張り出していて、地面に直接、テーブルと椅子がいくつか置かれていた。

ほほう、気分がよさそうじゃないか…。

「じゃあ、あとで」

 

男は自分の本を大事そうに抱えて、図書館の中に入っていった。

女の人が入り口近くの机の前に座っていた。

 

「あの、本を見たいんですがな」

「どうぞ、ごゆっくり」と言って、女の人はニッコリ笑った。

 

男は部屋の壁を埋めつくす本棚の前に行き眺めた。

「この本も知ってる。

これも読んだ」

こんなにもたくさんの本たち。

そして、読んでいない本たち。

その本のなかにある世界を思うとワクワクしてきた。

 

「よかったら、カフェのほうで読んでもいいんですよ。

大人の方は飲み物を飲みながらの読書は自由。

食べ物を食べる間はちょっと本を読むのをガマンしていただいて、

食べ終わって、おしぼりで手を拭いてから、本を開いてくださいね。

図書館が開いている間は、ずっといらしていただいて、かまわないんですよ」

 

男は女の人をじっとみながら、不思議そうな顔をした。

なんで、自分がこれからやりたいことがわかるんだ?

ちょうど『十五少年漂流記』を手に取って、

この本を、コーヒーを飲みながら読みたいと思ったところだ。

 

男は貸出カードをつくってもらい、記入をして会員証をつくり、

それから『十五少年漂流記』をもってカフェに行った。

 

戸外のテーブルは気持ちいい。

こっくり入った味の深いコーヒーにミルクを入れて飲むと、

喜びがまた、男の胸に広がった。

ひさしだりだな…、こんな美味しいコーヒーは。

 

男はページを開いて読み始めた。

少年たちが仲間とともに遭難した話。

 

やがて夢中になって読む男の口元には微笑みが浮かんでいた。

子どものころの記憶もさることながら、いまここで、図書館の庭のテーブルで、

コーヒーをときどき口に含みながら読む時間を、とても幸せに感じたのだ。

今日が迎えられてよかった。

男はニッコリと満足そうに笑うと、また本の世界に戻っていった。

 

 

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