青森県 新郷村 戸来(へらい)岳登山と大石神ピラミッド

2012-09-10 09:52:42 | レイライン・パワースポット・龍神・古代

  2012年9月8日、環境省主催による青森県十和田湖の東側にある「戸来岳(へらいだけ)登山」に参加して来ました

マップはこちらhttp://www.geocities.jp/kitanoteizan2/cou_herai.html

 場所は454号線沿いにあるキリストの墓から、「間木ノ平グリーンパーク・道の駅 新郷」に向かって走り、「大石神ピラミッド」方向に曲がり、約50分程林道を走った「兎ヶ平登山口」から登ります。

キリストの墓http://blog.goo.ne.jp/mazaateresa/e/d08d1d868d97eeee359e27844f21cfb9

  兎ヶ平 登山口を登ります。

 戸来岳とは、大駒ヶ岳(おおこまがたけ・1144m)と三ツ岳(1159m)を総称して呼んでいる山とのこと。登山道を少し歩いていくと、大駒ヶ岳の標識が樹の高い場所に設置してあります。

 ここで職員の方と参加者で少し小休止です。

  登山道には高山植物が咲いています。

更に登山道を進むと、

   大駒ヶ岳の頂上が見えました

  登山道はブナの森で覆われていました。

 途中から急登が続き、迷ヶ平(まよがたい)方向の良い眺めに疲れが癒されます。

 何という花の名でしょうか?高山植物のお花達にも癒されます

  標高900m位のところでしょうか?日本一のダケカンバに出逢います。

   大駒ヶ岳山頂まであともう少し

      大駒ヶ岳頂上に休みながら登り、兎ヶ平登山口から約2時間で着きましたここで小休止した後、三ツ岳まで登ろうか参加者の皆で迷いましたが、8人のうち6人で三ツ岳頂上まで目指すことにしました。

大駒ヶ岳から眺めた十和利山(990m)

十和利山(とわりやま)http://blog.goo.ne.jp/mazaateresa/e/44aeeaebdfc9126d1d10cc5aab2c72ce

 

 

         三ツ岳に向かいます。前方には十和田湖や御倉半島が見えています。

前方、三ツ岳に霧がかかっています 

 三ツ岳に向かう登山道もかなりの急登です。大駒ヶ岳から三ツ岳頂上までは休みながら約50分くらいかかりました。

 途中の眺めに疲れも癒されます 

  三ツ岳頂上近くにあるお花達にも癒されました

 

十和利山へ向かう分岐点まできました。

  前方に十和利山が見えます 

 

朝9時に兎ヶ平登山道を出発し、12時にやっと、三ツ岳頂上に着きました雄大なパノラマをご覧ください

 

 

  

   

 

 トンボも写っていますよ    

   三ツ岳頂上からは十和田湖や御倉半島、十和田山(1053m)も見えています

 

頂上には沢山のトンボが悠々と飛んでいました

お昼休憩を充分とった後、

 三ツ岳の急登を下り、大駒ヶ岳まで急登します。

  ちなみに三ツ岳はこの連なる三つの山を称して三ツ岳と呼びます。

 

 登山口に3時頃、無事に到着しました。途中、職員さんの有難い計らいで大石神ピラミッドに立ち寄って下さいました

大石神ピラミッドhttp://blog.goo.ne.jp/mazaateresa/e/92157cd367f0a4b26ed34488ce0a7093

   

巨岩の傍にはお宮がありました。

  この巨岩の割れ目が東西南北を指しているとのこと、磁石を持ってきていたので、当ててみたら割れ目は北を指していました。

 

急登がいくつかあり、北八甲田登山よりもキツイ感じがした戸来岳でしたが、とても素晴らしい登山ができて、良かったと思いました。

案内をして下さった職員の方々、一緒に参加された皆さま、ありがとうございました

おわり


五所川原市・靄山(もややま)に登る

2011-06-13 07:57:16 | レイライン・パワースポット・龍神・古代

6月12日(日)

ピラミッドと噂される十三湖の北に位置する五所川原市市浦にある靄山(152.4m)に行ってきました。

国道339号線から見た靄山。綺麗なピラミッド型をしています。

 

靄山の麓まで近づくと、大きな鳥居がありました。

 

登山道入り口に1つ目の鳥居があり、そこを潜ると、

 

赤い鳥居は他にも2つありました。

5分程登ると、小さなお社がありました。

途中、藤の花がいくつか咲いていました。

 

足場は石がごろごろしていて、普通のスニーカーでは滑りやすく、下りる時は結構怖く感じました。

結構、急な登りです。

  頂上に約15分程で着き、

頂上には「脇元岩木山神社」があり、手を合わせ無事に着いたことを感謝しました。

ここの神社は岩木山神社の分魂ということでしょうか。

因みに岩木山神社の御祭神は、

・顕国魂神(うつしくにたまのかみ)別名は大国主命

・多都比姫神(たつひひめのかみ)

・宇賀能賣神(うがのめのかみ)

・大山祇神(おおやまづみのかみ)

・坂上刈田麿命

とあるが、「脇元岩木山神社」という神社名なら靄山の御祭神も岩木山神社の御祭神と同じであろうか?

 

頂上からの眺め。靄山は日本海の傍にあるので、この日は薄曇りでしたが、海が少しキラキラして見えました 

 北西方向を見ると権現崎が見えます。

南方向を眺める。お天気が良ければ、この方向には岩木山が見えるのですが、この日は見えませんでした

 

岩木山縁起によると、

 

「大昔、大国主命が津軽の岩木山に降臨して、180人の子を育てたが、豊作物の収穫も多く,子をよく遊ばせることが出来たので、この山を阿曽部(あそべ)の森と呼んだ(後は省略)」とあります。

 

そこで、私が独自に想像していることは、日本に多くあるピラミッドと呼ばれている山は、もしかするとアトランティス文明の時代の人々が日本にもやって来て、ピラミッド山を造ったのではないか・・・と思うのです。

 

数々の本を読んで自分の中で確信しただけではありますが、遥か古代に造られたエジプトピラミッドにしろ、その他古代ピラミッド型の山は、古代の人々と宇宙人が協力して造った・・・

 

一説によると、エジプトの大ピラミッドの建造年代は1万年以上前のものであり、エジプトの大ピラミッドはプレアデスに繋がっていて、プレアデスと地球とのエネルギーの交換が1つの目的であり、

そして、ピラミッドは何の為に造られたかというと、地球のエネルギーのバランスを保つ為とか。 

 

全てのピラミッドは宇宙からのエネルギーを受けているということは、ピラミッド型の靄山も秋田県にある黒又山ピラミッドもそういう役目があるのでは・・・・ 

 

そして、宇宙のエネルギーを得たそれぞれのピラミッドから、各地域にエネルギーが放射され、エネルギーを受け取った私達人類は暮らしてこれた・・・

これも宇宙の創造神からの賜物・・

宇宙神、創造神、神様などなど呼び方は様々だけれど、そういう大いなる存在に感謝せずにはいられない・・・

 

 アトランティスの黄金時代の「人々が神を尊び、神あっての自分、人間は体が本質ではなく、魂が本質」ということがまかりとおっていた時代のように、いや、逆にそうではない今のご時勢では、ピラミッドの力も弱まっているのではないか・・・と密かに思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


黒又山とピラミッド

2011-03-07 08:32:12 | レイライン・パワースポット・龍神・古代

秋田県鹿角市にある黒又山。綺麗なピラミッド型をしている。黒又山から約2キロの所にストーンサークルもある。

 

黒又山入り口にある鳥居。

 

黒又山頂上にある神社。

 

「十和田湖山幻想 ストーンサークルと黒又山/長池透・著」の本を読んで私は驚きました。

 

この著者は、目を瞑っても山から放射する‘潜象エネルギー’という光が見えるそうで、凄い方だなぁと思いました。

 

黒又山周辺の黒森山や大黒山、八甲田、岩木山など、そして太古の昔に十和田湖山が存在し、今もその名残でそれぞれの山から潜象エネルギーが放っているのが見える・・・と述べています。

 

また著者は、何故ストーンサークルが存在したのか。

 

著者は、周辺の山々から放つ潜象エネルギーを一旦ストーンサークルで集め、そして集めたエネルギーを分散して方々に行き渡りやすいように、ストーンサークルが造られたのではないだろうか・・・とも述べています。

 

そして黒又山地下には、ギザのピラミッドに良く似た石室があるそうです!

 

驚きです。

 

 


パワースポット十和田湖一周

2010-11-22 08:02:51 | レイライン・パワースポット・龍神・古代
11月21日
奥入瀬(おいらせ)惣辺(そうべ)バイパスを通って十和田湖一週してきました


惣辺バイパスからは八甲田連峰が綺麗に見えました

八甲田連峰拡大写真



十和田湖休屋に着いて十和田神社の


の背後にある山を登り


パワースポットで知られる占い場頂上に着きました。頂上から湖を眺める


頂上には青龍大権現の神社があり



神社の右側には占い場へ降りる鉄の梯子があります。4,5メートル位の一つ目の梯子を降りて行くと


次に30メートル以上の二つ目の梯子があります。



30メートルの梯子を降りて下から上を見上げるとこんな感じ。降りる時は凄く怖かったけど、降りれることが出来て満足でした



30メートルの梯子を降りると次に1メートル位の梯子があり


湖岸から見るこの碧さはなんとも言えない神秘な色に感じました。
この杉の木の水際には石のお堂があり、十和田湖伝説にある南祖坊が入水したといわれる占い場になっています。ここは古くから、龍神信仰のある十和田湖随一霊場で、祈りを捧げ、吉凶を占う場所とされていたそうです。
十和田神社からいただいた「おより」をこの湖面に浮かべ、思いを込めて占場に問います。垂直に沈下すれば大吉とされます。


湖岸から対岸の御倉半島が見えます。
この十和田湖に突き出た御倉半島の御蔵山は、風水古典によると、風水で云う金星形をした案山(龍穴の前を守る砂や山)で「鼓」と呼ばれる「武」を象徴する形状をしています。
盾や矛、旗、馬、太鼓など、合戦の時に用いる道具の形をした山や地形は、激しく力強い気に溢れるとされます。御蔵山の左右180度には水が配され、これも「満堂水」という吉相です。




十和田神社のあるこの中山半島から見るこの美しい紺碧の湖はここでしか味わえないものかも・・・・

御倉半島の鼓の案山・御蔵山は、剛気を放っています。本来,剛気の性質としては、力強く勢いがあり、活力に富みます。
しかし、静かな湖面によって剛気の持つ刺々しさは打ち消され、心地よく感じます。

 かつての聖地で、武の象徴である鼓を拝みながら「おより」を水に沈めることは、沈静化を意味し、波立った心が静かな揺れに変わり、気分が若返るような気持ちになります。

 変動の激しい仕事の人、いろいろな思いを詰め込み過ぎて身動きが取れなくなった人などが、新しく生まれ変わる自分を想像するのにお勧めの場所です。
(風水パワースポット紀行著参考)


また梯子を登り、占場頂上を降り、


中山半島の西側、「乙女の像」付近の湖畔に出て


恵比須島を眺める。


十和田湖休屋を出て、454号線を走り、102号線に乗り御鼻部山(標高1010m)展望台から十和田湖を眺める。
向かって左が御倉半島で、右側が中山半島。


おまけ、更に湖にポッカリ浮かぶ御倉半島。


御倉半島の拡大写真。

昨日はお天気も良く最高の十和田湖一周日和でした

終わり









秋田県鹿角市・黒又山

2010-09-24 21:03:41 | レイライン・パワースポット・龍神・古代
6月13日
ほぼ十和田湖の南に位置する鹿角(かづの)市大湯(おおゆ)ストーンサークルの近くにある綺麗なピラミッド型をした黒又(くろまんた)山(280m・上記写真)へ参拝してきました。

市道66号から「黒又山」の小さな看板を目印に入って行きます。
この山は大湯ストーンサークルから黒又山を結ぶレイラインとされ、放射線状に繋がるラインはいくつかあるようです。

また、黒又山は古くから奇妙な発光現象が報告され、UFOを目撃した人も多いとか。

ピラミッド型のこの山は人工的に積み上げられた山ではないが、人の手で形を整え、祭祀を行った山とされていたようです。


黒又山の麓へ行ってみると「本宮神社」の鳥居がありました。この鳥居は大湯ストーンサークルを指しているとのこと。


鳥居の右側には同じみの庚申塚があり、

庚申塚の後ろには隠れるように「猿田彦神」と彫られた石碑がありました。

この猿田彦神は古代アラハバキ王国を築いた長髄彦の子孫とされる安倍貞任が特に信仰したとされ、更に十和利山ピラミッドに登場されるニニギ天皇が降臨した時、道案内したという道祖神でもあるそうです。

猿田彦神のことも、気になり始め、もっと調べて記事にしたいのですがまた後ほど。


鳥居をくぐり、杉林や松、落葉樹の木立ちの中を20分ほど歩いて登ると、


頂上には薬師神社兼本宮神社がありました。

神社の中


神社の脇には末社が二つ並んでありました。


黒又山の真南には大日霊貴神社があり、内田一成氏によると、黒又山と繋がって大日霊貴神社もレイライン上にあるそうなので、参拝してきました。


因みに地図の5芒星レイラインの9番に黒又山が位置しています。

続く


◆本宮神社;

通称 お薬師さん

鎮座地 秋田県鹿角市十和田大湯字宮ノ平82

御祭神 大己貴命・誉田別命・火武主比命・保食命

例祭 4月8日

由緒 創立年代不詳。社伝によれば、万治己亥二年に中通四ケ村一同にて、大己貴命を祭神とする神社を建立したとされる。

別伝によれば、安倍貞任の一門の本宮徳次郎が、薬師堂を建立したのが、創祀といわれる。

新郷村・キリストの墓

2010-09-21 23:54:39 | レイライン・パワースポット・龍神・古代
青森県地図を見ると⑧周辺にあるキリストの墓は、十和田湖から十和利山、大石神ピラミッドを過ぎて直ぐの所454号線沿いにあります。

写真は6月6日のキリスト祭の時のものですが



この「十来塚」と書かれた塚がキリストの墓とされ、



「十代墓」と書かれた方がイエス・キリストの弟と聖母マリアの遺髪が埋葬されているそうです。

何故、この地がキリストの墓と呼ばれるようになったのか、新郷村によると、竹内文書で知られる竹内巨麿が、この戸来村(現在の新郷村)に訪ね2つの塚を発見したという。

そして更に古代史研究家の山根キク女子が訪ね『光は東方より』著書で、その塚はキリストの墓と発表したことから、という経緯。

しかし山根キク女子はその後発刊した『キリストは日本で死んでいる』著書の中で

「この十来塚に関しては今日まで、これがキリストの塚であると思ったが、それは自分の勘違いであったことを発表し訂正する。
竹内古文献によれば十来塚はキリストの父母ヨセフとマリアの髪の毛と弟イスキリの髪の毛及び耳を収めた処であると述べ、十代墓に関しては竹内氏は知らぬと語らないので、私もこれ以上は発表しない」

と述べています。
ということは、この地をキリストの墓と述べる人はいないことになります。

ですが、「十来塚」と「十代墓」と書かれた2つの盛土があったことは事実のようです。

そこはキリストの墓ではないとしても、「十来」と「十代」の文字が何かを示しているようで気になります。






この日のキリスト祭では直ぐ近くにある三嶽神社の神主さんをお招きしてキリストの霊を慰める為と獅子舞などを披露した神事が行われていました。

十和利山・エデンの園

2010-09-21 13:30:01 | レイライン・パワースポット・龍神・古代

大石神ピラミッドを出発し、国道454号線に出て十和田湖方面に向かって走ると、青森県と秋田県にまたがる迷ヶ平(まよがたい)という地に出ます。

上の写真は青森県にある十和利山(990m)登山入口になります。鳥居の後ろに聳える山が十和利山(とわりさん)です。
十和田湖の東側にある山です。

登山入口の前は自然休養林になっており、食堂や売店、広い駐車場、子供が遊べる広場やブランコなどがあります。

お店の方の自称、この館が「エデンの館」だそうで、そして、この辺一帯が「エデンの園」と呼ばれているそうです。

454号線から秋田県方面に向かう県道128号線に乗り替えると、流石はエデンの園と呼ばれているだけあって広い高原に出くわします。

このエデンの園から見える写真左側にある山が十和利山です。
三角の形をしており、この山もピラミッドと呼ばれています。

四方を見渡すと、エデンの園には建物も何もなく、雄大な景色が広がっています。

十和利山の奥には、戸来岳(へらいだけ・1159m)が見えます。

この迷ヶ平一帯は、今から8千年前、もしくは1万2千年前に十和田超古代文明が栄えていて、十和田湖の火山大爆発が起こり、文明は滅びたという。

降り積もった火山灰が太古の神殿や神都跡を、この迷ヶ平の地下深くに埋もれてしまったかも知れないことを想像すると、建物も何もない現在の大自然の風景の方がかえってロマンを感じます


新郷村・大石神ピラミッド

2010-09-19 11:10:54 | レイライン・パワースポット・龍神・古代
十和田湖に通じる国道454号線には新郷村(しんごうむら)にある「キリストの墓」と、その先には「大石神ピラミッド」があります。

新郷村にある話では、この大石神ピラミッドの巨石群にある石を参拝して石を転がすと、雨が降るという言い伝えがあるそうで、大正時代の始めまでは、日照りが続くと、村人が総出で太鼓や笛を鳴らして雨乞いの参拝をしていたという。

また、御石神(大石神)から奥の森は、神聖な禁足地とされていて、偉い神様や大きな鬼が住んでいるから、御石神にお参りする時でも、お弁当のおかずに魚や肉類のものを持って行くと神隠しにあったり、鬼に襲われるという言い伝えがあるそうです。

大石神ピラミッドは標高450mの原生林に包まれています。
鳥居のあるこの地を下大石神ピラミッドと呼び、そこから数百m西にある巨石群を上大石神ピラミッドと名付けているそうです。

写真は5月15日のものですが、

上の写真の鳥居をくぐると、2つの看板が目につきます。

向かって左側の看板には
「むかしは光っていて反射した太陽を礼拝したと言われている石」
と書かれています。

向かって右側の看板には
「方位石 正しく東西南北を示している石」
と書かれています。

この巨石の割れ目が東西を示しているのかな?と思いましたが、はっきり分かりませんでした。

奥にある看板には
「星座石 めぼしい星を記録していたと言われる石」
と書かれています。

私の背丈よりも大きい巨石をよく見ると、確かに穴がいくつか開いていて、星座のように見えますが、何の星座を象ったものなのか、よく分かりませんでした。

でも、星座をかたどった徴を巨石に彫って、古代の人々は何かを指し示したのではないかという事実だけは明らかだと思いました。

巨石群の奥には高さ1m位のお宮がありました。

この大石神ピラミッドは、太古の十和利山(とわりさん)の拝殿跡という説もあります。

次は十和利山へ向かいました。


写真地図の8番矢印の先に
「大石神ピラミッド」がありますが、
レイライン5芒星の中に入っています。

レイライン靄山へ登る

2010-08-31 20:18:27 | レイライン・パワースポット・龍神・古代
7月19日の写真ですが、津軽半島、十三湖の北に位置する、
五所川原市(ごしょがわらし)市浦(しうら)にあるレイライン靄山(もややま・152m)に登ってみました


レイラインとは私が勝手に述べさせて頂いてますが、写真青森県地図の1が靄山です。

頂上には片道20分ほどで着き、お天気が良ければ岩木山が綺麗に見えるそうですが、この日は残念ながらうっすらとしか見えませんでした。

一番上の写真は国道339号から北に向かって見た靄山です。
やはり綺麗なピラミッド型をしています。


靄山の西側にある日本海の海岸から見た靄山ですが、半円形の形に見えます。



頂上には「岩木山神社」があります。

「もや」とは里山の独立した山を指す言葉で青森市にある雲谷山も語源は同じとのことです。

『津軽古代王国の謎/佐藤有文・著』の本には、

「靄山を日本海側から見れば半円形となり、別な角度から見れば三角型ピラミッドの姿をしているが、このような形態は前方後円墳の地形とよく似ており、大和地方の御神体山・三輪山とそっくりである」

と述べています。
私も三輪山を一度見てみたいです。
京都芸術短大の渡辺豊和教授は同じく著書の中で、

「大和三山の耳成山と天香具山は、縄文人達が太陽の観測をするのに利用した人造ピラミッドだろう」と述べ、

更に佐藤有文氏は、

「これらの大和三山や三輪山は、かつて大和の大王・長髄彦が住んでいた故郷であり、鳥見山(登美山ともいう)から三輪山を参拝。
合わせて大和三山を神聖なる太陽の通る霊山として崇拝していたに違いない。
したがって神武天皇軍に敗北した大王・長髄彦が津軽の十三湖に逃亡したとすれば、長髄彦はそれらの山を忍んで、ピラミッド型の靄山を人工的に築いたとも推定出来る。
しかも大和三山の天香具山と十三湖の靄山は、奇しくも同じ標高152m。
これは単なる偶然に過ぎないのだろうか」

と述べています。

続く

北東北レイライン2

2010-08-30 12:10:00 | レイライン・パワースポット・龍神・古代
五芒星レイラインの他に十字架のレイラインも考えてみました。

赤い○が青森市にある「雲谷山」。

緑の矢印2つが秋田県にある茂谷山。

赤い×印が大湯ストーンサークル。

青色の矢印が岩手県一戸町にある茂谷山。

因みにピンクの矢印は秋田県八峰町にある母谷山(275m)。

やはり「もや山」がポイントです


この地図に記した「十」の徴を見ると、正確ではないかも知れないけど、東西南北を表しているのかな…

でもそれだけではないような気がします。
雲谷山から南に向かって描くラインは茨城県にある鹿島神宮に辿り着きます。
これはただの偶然でしょうか

続く