天狗岳に行こう、としたら友は好い思いがない!というわけで北横岳に。天気はこれ以上ないという快晴!
秋の真っ青な青空雲一つなく360度の展望。アルプスの山々は全てしっかり見せてくれ日本海に落ち込むあたりまでくっきり。
身体も快調、で三つ岳周遊と欲張る。お転婆と名をはせた二人は大きな穴の開いた大岩の山をぴょんぴょんとまでいかないが(年のため)
快適に歩け≪自分をほめてやる!≫と意気揚々と凱歌を上げた次第。
北横岳山頂から南八ヶ岳
天狗岳に行こう、としたら友は好い思いがない!というわけで北横岳に。天気はこれ以上ないという快晴!
秋の真っ青な青空雲一つなく360度の展望。アルプスの山々は全てしっかり見せてくれ日本海に落ち込むあたりまでくっきり。
身体も快調、で三つ岳周遊と欲張る。お転婆と名をはせた二人は大きな穴の開いた大岩の山をぴょんぴょんとまでいかないが(年のため)
快適に歩け≪自分をほめてやる!≫と意気揚々と凱歌を上げた次第。
北横岳山頂から南八ヶ岳
重要文化財 塩尻宿小野家(上級旅籠・銀杏屋)がこのほど改装を終え公開されることになった。
一足先に地域住民にお披露目となった。雨にもかかわらず大勢の人が見学に訪れた。地元民の関心も高いといえよう。ご多分に漏れずこの宿場も何回も大火事に会い昔の面影はない。それだけに文化の大火の後、天保7年に再建された当家は貴重である。上級旅籠で商人宿でもあり、そして両替商も商っていたようである。
間口八間強、一般客は中央のイタノマから上がり、両端がとうし土間、左側賓客用大戸(くぐり戸)の入口。2階が客間で桜の間・鶴の間・竹の間など部屋ごとに襖絵など意匠が施されている。
奥庭に格式の高い座敷棟が江戸中期まであった。文庫と隠居屋残され、主屋、井戸、水路、文庫、隠居屋、中門、畑、納屋(長屋門)に至る建造物配置は旅籠の地割と屋敷構えを今に伝えている。
明治以降よく持ちこたえたものと下々は変なところに関心をし、公開してくださった当主に感謝して見学を終える。
入口鴨居のところに提灯箱
谷川岳から茂蔵新道
一つの山でこれだけの遭難者を出した山はないという名高い谷川岳。がそれは一ノ倉の岸壁などが主。
谷川岳なら今はロープウェイがあり比較的楽しめる山である。が、今回は茂倉新道を土樽に抜けた。
急な尾根道で木の根も多く、ハードな道であった。
一ノ倉岳付近から 谷川・一ノ倉
一ノ倉岳付近からの谷川岳 そしてヒメシャジン