背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【5】

2008年11月28日 04時22分40秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降

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指きりなんてしたの、十何年ぶりだったな。
コンビニで交わした約束を思い出し、手塚はこそばゆい気分になる。
あのとき小指を絡めた相手は、今自分の隣を歩いている。
今日は、柴崎に母親への贈り物を見立ててもらう予定だ。時間的に、その後ランチに流れることだろう。
できれば、その後も、一緒にいられたらいいが。
手塚は柴崎の歩調を気遣いながらそっと思う。
映画でもなんでもいい。一緒にいられる時間が、一分でも長く続いたら、本望だった。
「買い物って大好き。わくわくするわよね」
ご機嫌な様子で柴崎が言う。今日はヒールのあるブーツを履いているせいか、目線の位置がいつもより高い。
「女はみんなそうだよな」
「男は違うの?」
「目当てが決まってるならな。買うつもりがないものを漫然と見て歩くのは、どうも」
「あら。ウインドーショッピングこそ、買い物の醍醐味じゃないの」
「お前、好きそうだよなー。銀座、異様に似合うし」
濃紺のコートの裾を靡かせて闊歩する柴崎は、生まれながらの女王様みたいだった。すれ違う男が、ちらりと視線を長めに彼女に置いていくのを手塚は気がついていた。
「ありがと。今日もね、実を言うとあんたのお母さんの贈り物が終わったら、ちょっと探したいものがあって」
「探したいのもの?」
「うん。ピアス欲しくて。結婚式に出るんだし、ちょっとゴージャスなやつ。もちろん、あたしのお給料で買える範囲でね」
銀座値段だと無理かなー。そう呟く柴崎の耳の辺りに、手塚はさりげなく目をやる。
確かに今日もシルバーのピアスが形のいい耳たぶにはめられていた。涙の塊のように輝きながら、行儀よく収まっている。
「……ピアスって痛くないのか」
と素で訊くと、「あんた何時代の生まれ?」と思いっきり馬鹿にされた。



「うわー! すっごい柴崎! 可愛い! きれー!」
振り返ると、郁が大げさと思えるほどのリアクションをくれた。
寮の部屋。いよいよ明日、イブが迫った12月23日である。
コタツに入り込みながら郁は惜しみない拍手をくれる。
「うん、すごいいいよ。エレガント。素敵。そういうクラシックなドレス、似合うねー。女優さんみたい」
「ありがと。イメージは【モガ】なんだ」
手放しで褒められ、少し照れくさそうに柴崎は言った。
するりとコタツに身を滑り込ませてくる。
「皺になっちゃうよ。せっかくのドレス」
「ん。少しあったまってから着替える」
就寝時間までまだ大分時間がある、ということで、急遽明日着ていく勝負服の見せっこをしよう!と決まった。まずは郁が堂上とのデート服を着て見せてから、柴崎がおよばれ服を装身具つきで披露したところだ。
「髪、明日はアップにするんでしょ」
「うん。美容室予約しておいた」
「ピアスも素敵だね。雪の結晶なんだね」
今の季節にぴったり。うっとりと素直に感嘆の言葉を載せる郁。
同性からやっかまれることに慣れている柴崎にとって、郁の屈託のない純粋な賞賛はくすぐったいものだった。
しかも、さすがはタスクフォースの一員と言うべきか。妙に鼻が利くというか。目敏くないようでいて、ちゃんとポイントは押さえて対象を見ているところがあって。
今も、柴崎の心臓を正確に射抜く。
「うん。おニューなの」
内心どきっとしながら、つとめていつもどおりの口調で柴崎は返す。
「似合う?」
「すっごく似合う。キュート」
力いっぱい頷かれ、柴崎はため息をついた。
そのままコタツテーブルに頬を当てる。
「ど、どうしたの?」
向かい側から、驚いたような声が降ってくるけど、顔を上げられなかった。
「柴崎?」
「……んー。ちょっと、複雑」
頬を押し当てたままで言ったので、声がくぐもった。
柴崎は思い返す。もう二週間も前、手塚と一緒に出かけた日のことを。
あの日、あたしは手塚のお母さんへのプレゼントってことで、カシミアのストールを見立ててあげた。
専門店で、店員さんに詳しく説明を受けて、とびきり肌触りがよくて色合いもいいやつを選び抜いて彼に勧めたのだ。
手塚は礼を言ってそれを買い求めた。ギフト包装してもらって、少し待っている間、なんだか切り出しづらそうに「ついでに1階も覗いていくか」と言い出した。
その百貨店の一回には有名な宝飾店が入っていて。あたしはピアスが欲しかったから見るだけ見たいと返事をした。

……まさか、買ってもらっちゃうなんてねえ……。

柴崎は上体を起こし、ピアスホルダーを抜く。
丁寧に外し、手のひらの上に置いた。

雪の結晶のピアス。
体温を吸って溶けて、一瞬だけ花開いたところを永遠に閉じ込めたようなデザインだった。

店内のショーケースを穴が開くほど見て回って、これって素敵じゃない? と言ったあたしに、手塚はすごくすごく言い出すのを迷ってから、
「……俺が贈る」
と申し出たのだ。
あたしはびっくりした。
そんなつもりじゃなかった。
手塚はあたしがあんまし驚いた顔をしてるもんだから、何だか誤解したみたいで、
「いやか」
と不安そうな表情を過ぎらせた。
「違う、そうじゃなくて」
あたしは慌てて否定した。
「そうか、ならいい」
これでいいんだよな、と確認するように言ってから、手塚は仕切りの中の店員さんを呼んで「これください」とさっさと注文してしまった。
あたしはうろたえた。
店員は愛想良く「贈り物ですか? 着けていらっしゃいます?」とあたしを見ながら手塚に訊いた。
「いえ。包んでください」
「かしこまりました」
「ちょ、ちょっと。なんで」
あたしは手塚のコートの袖を引いて、小声で言った。
店員の手前、じたばたするのは嫌だった。でも、それでも訊かなくちゃいけない。訊く権利があると思った。
なんで?
手塚はあたしに引っ張られるまま少しだけかがんでくれた。そして同じくらい声を落として、
「今日のお礼だよ。お袋のを見立ててもらった」
「あれはあたしが結婚式の後迎えにきてもらうから、そのためのお礼だったんじゃないの」
お礼にお礼してどうすんのよ。と頭を抱えたくなる。
手塚は動じなかった。
「じゃあ、あれだ。お守り。お前がくれたあれのお礼だよ。そういうことにしてくれ」
「してくれって、だって……」
値札は出ていない。こういう類のお店では。
いったいいくらするっていうの。
あたしの不安を正確に読み取って、手塚は笑った。
「だいじょうぶだよ。指輪とかならともかく、ピアスだし。お前が気にするほどの額じゃない。それにじきにボーナスも出るし」
「じゃああたしが買うわよ。あたしだって」
ハンドバックを開けかけたあたしを、手塚が冷静に制した。
「柴崎」
あたしは動きを止めた。
彼を見上げる。
手塚は少しだけ傷ついたような、どこかしら心許ない目でじっとあたしを見つめていた。
そして、
「もらってくれ。頼むから」
「……」
そんな目で見られたら、もうそれ以上何も言うことができなかった。


……違う。
手のひらの上に転がるピアス、二つ見下ろしながら柴崎は思う。
ほんとにいやなら、断ってたはずだ。自分なら。
分不相応なプレゼント。お礼のお礼なんていう口実にのって、こんな高価なものをもらう理由はない。あたしたちの間には。
なのに、受け取ってしまった。いらない、もらえないわ、と拒絶することができなかった。
それが、あれからずっと胸に引っ掛かっていた。
……案外、手塚は贈り上手な男だ。
普段からそうだ。さりげなく奢ってくれる。コンビニとか、自販機とかで。たまに飲みに出かけてもそうだ。
あれは、彼の生まれや育ちがそうさせるのだと思ってた。がつがつしたところがない。金銭的に恵まれ、おおらかに育てられた所以だろうと。
でも貴金属となると話は違う。
いつものように、「ありがとう、ご馳走様」で済ませられる話じゃないのだ。
返したほうがいいのは分かりきったことだ。そうすればここ数週間の煩悶からは逃れられる。
もらってよかったのかな、と繰り返し自問することからも解放される。
でもそうすることが、手塚をひどく傷つけることになることが、何となく分かってしまっているから、どうしても踏ん切りがつかない。
それに、不本意だが。甚だ不本意だけれども――。
彼からこのピアスをもらったとき、自分は、すごくすごく嬉しかったのだ。
舞い上がっちゃうほど。
……あーあ。
ため息だけが漏れる。
これってどういう心理状態な訳? 深く考えて答えに行き着くと怖い気がして、あんま深追いしないようにしてたんだけど。
再びコタツテーブルに突っ伏してしまった柴崎を気遣い、郁が声をかける。
「どうしちゃったのよー。柴崎。具合悪いの?」
「んー。違う違う。そういうんじゃないの」
「早く着替えなよ。皺になるってば」
その声に生返事をしながら、柴崎はどうしてこんなにブルーな気分になっているのか、その原因の一端を自ら引っつかんでしまう。
好むと好まざるとにかかわらず。

……もしかして。手塚ってば。
全然、まったくそうは見えないんだけれども。
案外女に贈り物するの、慣れてるんじゃないのかしら。
アクセサリーとかでも、さらっと、厭味なくさ……。

そう考えて、完全に柴崎は撃沈した。そこに拘ってる自分に凹んだ。
今夜に限っては笠原三正の手助けなくては、就寝時間までにコタツから浮上し、寝る準備を整えることは、不可能であった。

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3 コメント

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有楽町で逢いましょう~♪ ()
2008-11-29 16:30:18
ああ、年齢がばれるレス…

>utenaさん
柴崎が可愛い可愛いとコメント寄せてもらっています。嬉しいです。
これはやはり郁の影響なのでしょうねえ。
やっぱ偉大だなー。茨城県産純粋培養乙女は(笑)
別冊のⅠのあと、そしてⅡの前、と自分に言い聞かせて書くので、「行きすぎないように」筆を止めるのがなかなかむずいです。。。原作追い越しちゃだめだもんねえとか思って書いてます。まだ【背中合わせのころなんだな】と呪文のように繰り返して書き進めます。

>たくねこさん
貴金属は重いでしょう。
男性に贈られるネクタイくらい重いはず。
でも柴崎のキャラなら、きっと質種にして売り飛ばしかねないとも思うのですが、個人的に手塚からもらったこれ(ピアス)に関してはちらとも質入しようと思わないあたりが萌えポイントなのです(←おばか)あはは
返信する
あ~~~~ (たくねこ)
2008-11-28 20:36:39
そっち行っちゃたかっ!!!
でも確かに、貴金属って、ためらいますね。
誤解させない、しないように。
返せない、断れないのは、手塚だからだよっ!とこの柴崎は認めないでしょうね…

さ、これは声を大にしていいますね
「いいぞ、手塚!」
返信する
いやーこんなデートがしてみたかった(誰とだ) (utena)
2008-11-28 09:00:25
うわーい悩む柴崎が可愛くて困る。
郁の純情乙女菌にかもされてますね彼女も~♪ニヤニヤしながら読ませていただきました。
手塚と銀座なんて似合いすぎる!さらにピアスを買う時の手塚の言葉にときめいてしまいました。
なんでこんなことまでしてお互いに背中合わせのままなのかが不思議過ぎますが、またその距離感がなせるドキドキで。
それを描ききる安達さんに感謝です。
続き楽しみです!では~。

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