【7】へ
予想外のところで疲弊して、普通の時間の経過の感覚よりも長く感じた三時間がようやく過ぎた。
新郎新婦が高砂から降り、参列者が手を組んで作った長いアーチをくぐって出入り口から退出。最後の最後に二人の門出を祝って、男性陣が二人の胴上げを行って宴は幕引きとなった。
やれやれ。
円卓の下に置いてあった引き出物の紙バックを引っ張り出しながら、柴崎はため息をつく。
あたしは自分の披露宴では、絶対こんなことさせないわ。
胴上げなんかしようものなら、靴で相手の向こう脛、蹴っ飛ばしてやる。
と毒づき、自分はそもそも結婚なんかするのだろうかということに気がついて肩を竦めたくなる。
そうか、披露宴を挙げるには前提として誰かと結婚してなくちゃならないんだわよね。
想像もつかないわね。
シニカルに独り笑いを浮かべ、出口に行きかけたところに、山崎から声がかかる。
「麻ちゃんも行くよな? 二次会」
振り向くとゼミ仲間が柴崎と同じ紙袋を提げて、こちらを見ていた。
「さっき司会から案内あったよな。ホテルの近くの店予約してあるって」
行こうよ、と目で促される。
「あーごめん。あたし明日仕事なのよね」
済まなそうにそう断りを入れると、山崎は「俺たちだってそうだよ」と笑った。
「せっかく卒業式以来会ったんだ。もう少し話そうぜ」
そうだよ、と河野や高橋が口をそろえる。
さやかたち、女子から賛同の声は上がらない。苦笑とまではいかないが、複雑なものを口の端に引っ掛けて、
「あんたたちは麻子が来ればオッケーなんでしょ。あたしたちはお邪魔?」
と厭味を言う。男子たちは慌てたようにフォローを入れる。
「そんなことないよ。穿ちすぎ」
「そうかなあ」
あー、まずい。
その場の空気を読むのに人一倍長けている柴崎。不穏なものがゼミ仲間に流れ出したことを悟る。
早く退散しなきゃ。面倒くさいことになるわ。
柴崎は帰り支度を整えて出口へと流れる人波にさりげなく歩調をあわせる。
ごめん、と顔の前で片手で手刀を切って見せながら、
「でも……。行かなきゃ。これから約束があるの。迎えが来るのよ」
「えー。それって」
にわかに色めきたつ女子たち。わずかに気色ばむ男子たち。
はいはい、格好の話のネタを振ってあげるわよ。食いついて、二次会の肴にすればいいわ。
長時間の退屈な宴と、その間山崎を始めとする男連中からのアプローチを交わすのとで割と神経がささくれだっているのは自覚していた。だから意図的に満面、こぼれんばかりの笑顔を作ってみせる。
「彼氏? そうなの?」
さやかが喜色を露わに訊いてくる。ぞろぞろと彼らも出口に向かって移動をしつつ。
「んー、まあそんなとこ、かな」
そうだと言い切れないのは、手塚に配慮してだった。
断定するのは、なんだか申し訳ない気がした。たとえ彼の耳に入らない会話内であってもだ。
「イブにお迎えじゃ、彼に決まってるじゃないのよ」
「なんだー、麻子、いるんだー」
女子は少しだけ険のこもった声音で口々に言う。自分たちに隠してたことを責めるみたいに。
そのくせ、ゼミの男子には聞こえよがしに。ほらごらん、あんたたちのお目当てには意中の人がいるってさ。二次会に誘ったって無駄なのよ。いい気味。
そんな彼女たちの腹の底が簡単に読めてしまい、柴崎はなんだかなーと足取りを重くする。
……結局さあ、あたしはどこに行ったって蚊帳の外なのよ。
男子にとっての女王様を気取れば、女たちにたちまち弾かれる。それが分かってるから女たちに寄った言動を取る。そうすれば安心かと思いきや、彼女たちはいつだって自分を警戒している。いつ何時、自分のテリトリーを侵してくるんじゃないかと、常にアンテナをぴりりと張り巡らしている。
だから女の親友なんてできたこと、ない。一度だって。
学生時代は。
ふと、郁の顔が浮かんだ。
きっと今頃は大好きな教官の前で、恥じらいながらお酒と食事を愉しんでいるはずだった。
その笑顔さえ目の前に見えるようで、これってセンチすぎないか、と柴崎は自分で突っ込みを入れる。
……早く帰りたい。
そのとき、切実に思った。
早く寮に戻って、郁に会い、今夜のことを話し合いたかった。ふざけながら、愚痴りながら、ちょっと聞いてよ踏んだり蹴ったりだったのよーと。
コタツをはさんで、いつもみたいに。
郷愁のように、それは柴崎を揺さぶる。
……ああ、でも。
あの子、今夜はお泊りなんだっけ。
階下に行くエレベータを呼んで待っている間も、ゼミの仲間が背後からひっきりなしに話しかけてくる。
「ねねね、どんなやつなの。麻ちゃんの彼氏って」
「図書館のひと?」
「見たいなあ、そいつも連れてくればいいじゃん。二次会の店に」
げ。
「あ、それいーね!」
馬鹿げた提案に真っ先に乗ったのがさやかで。
ぱしんと手を打って、柴崎の腕を把る。耳に口を寄せてきた。
「そうだわ、連れていらっしゃいよ。でみんなに紹介して?」
ね? 媚を含んだ、でも有無を言わさぬ目線。押しの強さはゼミ一だった。そうだ。
柴崎は思い出し、えーでもォ、と天然を気取ってみせる。
「いきなりだと彼も引いちゃうし。こっちが大人数だと気後れしちゃう。
今夜は勘弁して?」
笑顔笑顔。自分に言い聞かせながら。
「そんなの大丈夫だって。大学時代の麻子の武勇伝、聞かせてやるっていったら、きっとOKするって」
武勇伝って何よ? どれのことよ? と聞き返したかったが、そこはぐっとこらえた。
「シャイな人なの。また改めてセットするから、ごめん」
「なんだなんだ、隠したがるな」
「ほんとに約束、あるの? ここで退けるために口実作ってない?」
鋭い突っ込みは、男子から上がる。
半信半疑という目で柴崎を見ている。山崎以下、多数。
う、もう。ここでそんな風に勘ぐらなくたっていいんだって! 黙って見逃してよ、もう!
苛立ちが胸にむらっと湧き上がる。炎のようにそれは柴崎の内面を炙り出す。
これ以上話すのは、時間の無駄。
そう啖呵切って背中を向けられたらどんなにいいか。
本当に自分はここに来るべきじゃなかったのだ、今夜は。新婦の亜矢には悪いけど、丁重にお断りをすればよかった。
それなりに波風立てずに過ごした大学時代。その同級にこれ以上悪感情を抱いてしまいたくない。
あたしは退散すべきなんだわ。ここで。
そう思い知る。
――手塚、もう来てくれてるかな……。
さっき会場をでたところの狭いロビーで見た時計では20時15分だった。
予定の終了時刻より押していた。
約束は20時だから、来てくれているとは思うけど……。時間に正確なやつだし。
バックから携帯を取り出して確認したかった。彼から着信があるか。なければこちらから今終わったんだけど、とメールででも知らせなくては。
でも、このタイミングでみんなの前で携帯を出すのは憚られた。あからさまな気がして。
それに、ちょうどいいから彼氏に連絡とってよ。と誰かに言い出されるのが怖かった。
エレベータがようやく到着した。ゼミの面子とともにその箱に乗り込もうとする。
そのとき。
「あの、俺たちもいいですか」
箱の余地に別のグループが乗り込んでくる。
顔に見覚えがあった。新郎の同級とか言うヤンエグ風の円卓にいた男たちだ。
さやかをはじめ、女子の目の色が変わる。
「どうぞ、どうぞ」
身を寄せ合って、スペースを作る。と、ヤンエグ連中が「どうも」と四、五人詰めて乗ってきた。
どれもみな、礼服ではなく、仕立てのいいスーツを着ている。
なんとなく外国製のようなデザインだ。
ドアを閉め、1Fの表示を押しながら、中でも一番目立つ背の高い男が柴崎を振り返って言った。
「これから二次会に参加なさるんですよね? 俺たちもなんです。よかったらご一緒しませんか?」
え……。
見あげると、意味ありげな目と至近距離で目がぶつかった。
はっきりと誘いの意思表示を込めた、オスの視線だった。
ちょっと……やめてよ。
これ以上面倒くさくしないで。
頭痛の火種がうずくのをこめかみに感じた。が、時すでに遅し。
柴崎は自分を取り巻くエレベータ内の温度が急に下がった気がした。
行こう、ちょっとだけでいいから。
そうだよ、顔を出さないと亜矢ちゃんも気にする。
彼氏、まだ来てないんだろ。来るまでの間、時間を潰すつもりでさ。
ちょっとだけ、10分だけ。な、麻ちゃん。
エントランスロビーまで降りても、柴崎はまだ解放されていなかった。
周囲に眉をひそめられるほどの音量で、行こう行こうと合唱される。ゼミの男子連中も、新たな敵? ヤンエグの参入でムキになっている節があった。
女たちはしらっと完全に白けてしまい、そっぽを向いている。
柴崎はほとほと困り果てていた。
もういい加減にして、と悪態を吐きたいのを、ぎりぎりのラインでこらえている。
~~もお、手塚あ、一体全体どうしたってのよ!
かんっぺき遅刻じゃないの! ん、もう、使えないったら~~。
憤懣はすべて一人の男に向けられる。そろそろ自分の営業用スマイルも限界が見え始めてきた。顔の筋肉疲労が甚だしい。なのにフロント付近、ロビーのどこを探しても手塚の姿はない。
「やっぱし麻ちゃん、嘘ついたね。彼氏が迎え来るっていうの、口実だろ?」
ふふん、と山崎がなぜか勝ち誇ったように鼻で笑った。
「実を言うと、今夜は麻ちゃんに会えるっていうんで出席したゼミ仲間が多いんだ。それなのに君だけ先に帰るのは戴けないなあ」
むかっ。
それはそっちの都合でしょ! 帰る時間まであんたたちに束縛されるいわれはない! という台詞が喉もとまでせり上がってくる。
「麻ちゃんが行くって言うまで、みんな納得しないよ?」
柴崎が黙り込んだのを、困った末と勘違いしたか、山崎が彼女の顔を心持ちかがんで覗き込んだ。耳元で囁く。
……あたしは戦闘職種じゃない。業務部だ。
でも、この男は……拳で薙ぐに値するんじゃないかしら?
ふつふつと静かな怒りに身を任せる。そんな柴崎の中のマグマのうねりに気づく素振りもなく、山崎は本人はそれが格好いいと信じて疑っていない口調でこう言った。
「ね。どうする? 観念しておいでよ」
そのときだった。
「――麻子!」
【9】へ
web拍手を送る
次回をワクワクでお待ちしますねー!
手塚スキーは悶えながら続きを待っています…
て、手塚であることを祈る。切に。
いつもコメントありがとです。励まされますよ~ほんと。
レス下手糞でごめんなさい。
こちらでアレですが、拍手もわんさかありがとうございます!
手塚は柴崎の王子様になれるヵ笑"ってかんじですね更新楽しみにしてます〓
な っ て く だ さ い。 て づ か !笑
でも実は自分は彼は騎士(ナイト)のイメージです。戦闘職種なので(笑)
忠実に麻子姫を守ってくれそうではないですか?笑