背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【9】

2008年12月02日 05時28分50秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降

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出し抜けに下の名前を呼ばれて棒立ちになる。
声の方を反射で見る、と手塚だった。
大またで、自分たちがいるロビー中央に歩み寄ってくる。ホテルのエントランスには不似合いな、わずかに険しい顔で。
行く行かないですったもんだしていた輪の中に切れ込んでくる。
あれ? と柴崎は手塚の服装を見て一瞬疑問符が浮かぶ。
彼はこういった高級な場所に出入りするときの、ドレスコードを無視した、ラフなスタイルだった。それが手塚らしくないと思った。ジーンズにタートルのセーター。真っ白なロングダウンコートの前は全部開けてある。マフラーは渋い赤。絶妙のアクセントだ。そして足元は支給品かと見まごうようなごついデザインのミリタリーブーツ。
どこかしら、ものものしい出で立ち。ラフと言うよりは、ワイルドな感じとでもいうのか。
しかも、見慣れた短髪と肩のあたりには雪がうっすら積もっている。
あれ? どうしたんだろうと思う間もなく、すぐに柴崎の胸に湧き上がったのは安堵の思いだった。
彼の姿を見た瞬間、それまで雁字搦めになっていた疲労感や後悔といったものが、一気に星のかなたまで吹き飛んだ気がした。
手塚、と声をかけそうになって、思い直す。
柴崎は身体を彼に向けて、とっておきの声を唇に載せた。
「光」
呼ばれた本人が、まるで雪玉をぶつけられた男の子みたいに驚いて立ち止まった。
その内心が手に取れるようで、柴崎は微笑んだ。今日一番の笑顔が咲く。
「遅いわ。待ってたのよ」
甘え気味の拗ねた言葉。
柴崎らしからぬ口調に、手塚は瞬時にして彼女の置かれている状況と、自分の今ここでの役割を察する。
阿吽の呼吸で返した。
「ごめん。携帯には連絡したんだけど、留守電でつながらなくて」
隣に来た手塚を見て、柴崎を取り巻いていた男連中が鼻白むのが分かった。
手塚は独特の重厚感がある男だ。身長が高く、姿勢がいいことに加えて、戦闘職種に就いて日々心身を鍛えているせいか、そこにいるだけでぴんと張り詰めたような空気を周囲に与える。しかも人目を集める容貌と、それに晒されるのに慣れている風情を併せ持っているから、彼をより近寄りがたく見せる。
柴崎は手塚に身を寄せながら、「そっか、チェックできなくて、ごめんね」と殊勝に謝る。
「いや。お前、コートは? まだ預けてるのか」
「あ、うん。クロークに」
「札貸して。取ってきてやる」
「あ、有難う。助かるわ」
た、ため口? お前呼ばわり? と驚いた目で、二人のやり取りを見守るゼミ連中。女子は好奇心むき出しで、きゃあと手塚を囲んだ。
「か……っこいい~っ。紹介して、ね、紹介してよ麻子」
さやかにせっつかれるかたちで、柴崎が手塚を簡単に紹介する。
「こちら、手塚、光さん。……武蔵野基地の図書隊に勤めてるの」
「図書隊の方なんですか」
みんな一様に目を見張る。
ええ、と手塚は顎を引いた。山崎が尋ねる。
「図書隊ってことは、じゃあ、……戦闘要員?」
「特殊部隊所属。狙撃手です」
まっすぐに、本人が山崎を見ると、スコープを通して標準を定められた様に怯んだ顔になった。
「そ、それはどうも」
語尾がぶれる。なんとなく腰が引けている様子だ。
それでもここで引き下がっては男がすたるとでも思ったのか、山崎はこほんと咳払いをしてから切り出した。
「これから麻ちゃんも誘って二次会に行こうって話してたんですよ。いいですかね? 久しぶりに再会したんで、このままばらけるの、勿体無いですから」
暗に柴崎を連れて行っていいかと訊いているのだ。
手塚は相手を威圧する視線でじっと彼を見つめた。
頭はんぶん、手塚の方が背が高い。見下ろす形になる。
「こいつが行きたいなら、止めませんけど。
でもいいんですか? 悠長に飲んでるような天気じゃないですよ。外、すごいことになってる」
え!?
という表情が、その場にいた全員の顔に浮かぶ。
つられて手塚も、きょとんとした表情になる。
「知らないんですか? 大騒ぎですよ」
「だって今までずうっと中にいたから。……ひどいの?」
柴崎が不安そうに手塚を見上げる。
荒れるだろうとは聞いていた。天気予報で。午後から大きく崩れると。
それにしたって、ここは東京だ。北国とは違う。その程度の認識だった。
しかし手塚は口を引き結んだ。硬く。
「そうか。披露宴会場、窓がないんだっけ。
ひどい有様だぜ、外。俺が遅れたのはそのせいだ」
手塚の言葉に、全員がエントランスの先にある、回転ドアの向こうの景色に目をやる。
そういえばもう夜なのに、なぜかほんのり薄明るいような……。ほの白いような。
「十年に一度の大雪だ。関東地方一帯に積雪注意報が出てる。空の便は全面フライトを見合わせた。電車も今運転をストップして除雪作業中。バスは辛うじて動いている状態だけど、道路はどこもかしこも渋滞だ。事故も多発してる。
とんだホワイトクリスマスだ」


「……ありがと。助かったわ」
クロークでコートを受け取り、袖に腕を通しながら柴崎は言った。
手塚は引き出物の入った紙袋を持ってやりながら、「ん?」と目顔で返す。
「あのタイミングで来てくれて。よかった。ギリセーフって感じ」
柴崎のゼミ仲間は、手塚の忠告も聞かずに二次会に繰り出していた。
まあ今更、行きませんとは新郎新婦の手前言い出しづらいということもあったのだろうが。
いざとなりゃ、始発まで店で粘るぞ。そう言い置いてホテルを後にした。
いつの間にか、エレベーターで一緒だったヤンエグ連中の姿もフロアから消えている。
手塚の登場がよほどインパクトがあったらしい。男が迎えにきた相手に、これ以上コナかけても無駄だと悟ったのだろう。
きっと今頃別の女の子に声をかけてるに違いないわ。ああいうタイプの輩は。手のひらを返すとはこのことね、と思い柴崎はいっそ愉快だった。
「正直、テンパってどうやって断ったらいいかもう訳わかんなくなってた。らしくないわね」
手塚は珍しく気弱な言葉を吐く柴崎を、いたわるような目で見た。
「大丈夫か、疲れた?」
「ううん。平気」
「いや……、もっと早く着く予定だったんだが。予想以上に雪に足を取られて遅れた。済まなかった」
柴崎は黙って首を横に振る。
手塚は電車が不通だというので、路線バスを何本か乗り継いでこのホテルまで来たと言っていた。都内の渋滞はすさまじいという。就業後私服に着替えて、すぐにこっちに向かってくれたとしても、かなりの時間を要したことは容易に想像がついた。
「……【麻子】って」
襟元を整えながら、柴崎はくすっと思い出し笑いをする。
さっきの、みんなの顔ってば。鳩に豆鉄砲って、正にあれよね。
「あんた、あたしの下の名前、知ってたのね」
照れ隠しに言うと、光、と呼ばれたときの動揺がよみがえったか、手塚はばつが悪そうに目をそらした。
「それは、……お互い様だろ。
あんときは、何だかお前、困ってるみたいだったから、咄嗟に。悪かったな、呼び捨てにして」
そう弁解したが、それだけが理由ではなかった。
麻ちゃん、と呼ぶ男の声が耳に入ったのだ。
その馴れ馴れしい呼び方にかちんときた。大学の同級なら仕方がないとは思ったが、面白くないものは面白くない。むっとしてつい対抗するように下の名前で呼んだというのが、正直な心情だった。
でもそれを柴崎本人に説明するつもりはない。
番犬の威嚇と思ってくれてるなら、それでいい。手塚は思った。
「そんなのは、いいのよ」
でも完全に恋人だと思われちゃったね。そう続ける。
「悪かったわ。後で機会があったら訂正しておく」
そしてふわりと上質な黒のラビットマフラーを首に巻いた。今夜の柴崎は、お出かけ用にと去年の冬のボーナスで購入した、スタンドカラーのモスピンクのコートだ。珍しい色合いで、かなり値段が張ったが、今日のようにお呼ばれの日には華やかでぴったりだ。買っておいてよかったと思った。その裾からすらりと形のいい脚が覗いている。シーム入りのストッキングの色は黒。ピンヒールの靴も同色だ。
「……初めからそのつもりだったんだろ。役に立てたんならいいよ」
手塚はどこに目をやったらいいか、微妙に迷っているようだった。
なあに? と目顔で訊くと、いや……と口ごもる。
「ちゃんとお前のドレス見てる暇なかったな、って……。泡食って駆けつけたんで」
柴崎は破顔した。
「男たちもあっという間に蹴散らしたしね。
見たいんだ? あたしのドレス」
からかうと、意外なほどまじめな顔で手塚は「うん」と即答した。
柴崎が固まる。
予測してなかった答えだった。視線をフロアに落とす。
「……もうコート着ちゃったから」
「ん」
「次のとこで、これ、脱いだらね」
幾分気恥ずかしそうに、そう呟く。
次のとこ、という台詞で、手塚の心が騒いだ。
「まっすぐ帰らなくていいのか」
「……だって電車はまだ動いてないんでしょ。タクシーだってなかなか捕まえられないわよ、この様子じゃ」
ホテルの車寄せに目をやる。と、そこには結婚式を終えたばかりの正装した人々が行列を作っていた。
なのに一向にタクシーが現れる気配はない。みな、倦怠を纏って重石か何かを持たされているように引き出物の紙バックをぶら提げて待っている。寒さと疲れのせいか、どれも苛苛した顔だ。
「あんただって、夕ご飯まだでしょ。何処かに寄って行きましょ。お店がまともに開いてれば、だけどね」
「大雪だからな。臨時で閉めてしまうとこ、多いかもな」
「いえてる」
「でも助かった。実は腹ペコだったんだ」
「奢るわ。今夜は」
「ほんとか」
「うん。行きましょ」
柴崎が視線で促す。少し気後れしたように、手塚は数歩遅れてついてきた。
小声でそっと詫びる。
「ごめんな。俺、こんなカッコで。お前がそんなにドレスアップしてるのに」
ちぐはぐだよな。と。
「気にしないでいいわよ。どうせ大雪なんでしょ? 誰も服のことなんか見てないって」
そう言う柴崎の隣に並んで手塚は言った。
「ほんとはスーツとか革靴でと思ったんだけど。……万が一、交通機関が全面的にストップしたらフォーマルな服だと困ると思って」
「どうして?」
手塚はあっさりと返した。
「いざとなったら、お前、おぶって帰るから」
柴崎は驚いて手塚を見上げた。しばらく息を呑んだきり、声も出ない。
ややあって、やっとのことで声を絞り出す。
「……冗談でしょ」
「本気だ。でなきゃこんなナリで来ないって」
手塚は真顔だった。
……おぶって帰る? 寮まで?
そんなにひどいの? 外の天気。
ううん、そうじゃなくて。一体どれだけの距離があると思ってるのよ。武蔵野まで。
この男ってば……。
「……行き倒れるわよ。途中で」
なんだか悔しくてそう言うと、手塚は笑った。
「そしたら凍死だな。この天気じゃ。
俺が死んだら骨は拾ってくれ」
「雪中行軍ね。八甲田山みたい」
シリアスなムードになるのが嫌で、わざと皮肉る。と、手塚は回転ドアに柴崎を先に入れてやりながら、
「後藤伍長だな。てか、死んでも本望か。お前をおぶってなら」
ごく普通の口調でさらりと言った。
え……?
それってどういう意味? そう訊こうとした柴崎の目をいきなり白が塞ぐ。きゃ、と自分のものじゃないような悲鳴が漏れた。
慌てて口を押さえる。
「なに、これ!?」
我知らず、立ち竦んだ。
口をうっすら開けて目の前の光景に見入る柴崎の横顔を、面白そうに窺いながら、手塚は言った。
「な? すごいだろ」
と。その笑顔さえ雪にかすむ。
確かに彼の言うとおりだった。ここが東京のど真ん中とはとても思えないほど、街が雪に完璧に真っ白に塗りつぶされていた。

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手塚登場。 ()
2008-12-02 05:38:13
格好は裏切ったかな?汗
勝負服に彼に「白」を着せてみました。
いやきっと似合う! はずです。手塚のロングダウンは断然白で。

戦闘服来てくるんじゃないか、とコメントもいただきましたが……そっちでもよかったかな、と少し揺らいだ(笑)
とにかく、来ました~。ヨカッタv
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Unknown (AZRAEL)
2008-12-02 09:28:20
戦闘服といったおばかでございますw。

7のラストで詰所のドアを開けた瞬間に声を上げていたので、てっきり良化隊の襲撃かと思った次第(雰囲気が一変してたとかね)。

ともあれ、無事に合流できてよかったです。

余談:考えてみるとイブの式に出席するってことは重要人物(得意先の子息とか)の式か、他に予定がないかなので、それこそ飢えたハイエナ集団ですよね……。
返信する
八甲田!! (たくねこ)
2008-12-02 11:29:10
「うわっ!」は雪だったのですね~~。
ん?そのままお泊り????
わくわくわくわく…
返信する
手塚カッコいいー! (utena)
2008-12-02 16:48:55
足元はゴツク来るだろうと思ってました。スキーウェア…は寮には置いてないか、戦闘服でもOKだなとは思ってたけど、ダッフルもいいですねー。背の高い男のダッフルは大人っぽいですよ凄く。いい男限定ですが。今実写で見えました、自分の妄想力に感謝。
実は3時間くらい徒歩で来るかと思ってた…鬼です。
そして意図的に牽制する手塚もいいけど、本望だなんてサラッと言う天然さもグッと来ますねー。そんな二人の夜が愉しみ…ってなんでこれでくっつかないんだ!と、じりじりしますーそれこそ手柴なんだけどww
返信する
手塚、愛されてるなあ…… ()
2008-12-03 04:48:46
嬉しいです。
拍手コメントも熱烈寄せてくださって、ありがとうございます!
みなさまに共通しているキーワードがありまして…
胸が「きゅんきゅん」します、と二人の「じれじれ(またはじりじり)」が堪らない、というものです(^^;

この連載のテーマにさせていただきたく思いますvきゅんきゅんと、じれじれ(本気)

>AZRALLさん
お馬鹿なんてとんでもない!
来るかもですよ。戦闘服で。
非常事態ですもんね。
そうかー、7は良化隊襲撃っぽくなってて誤解させてごめんなさい。
伏線、もちっと上手く張るようにします~
しかも深読みしてくださって恐縮。
……ハイエナたちはいずこへ?笑

>たくねこさん
八甲田は地元の霊峰ですから。恐山も。
怖くて映画は見られませんけど。。。
雪中行軍、ご存じない方はwikiってくださいまし。ぺこ
お泊りコースかあ。。。すんなり行くでしょうか、このひとたち。ううむ。

>utenaさん
そうか三時間歩かせればよかった!(鬼発言)
てか柴崎のためなら歩きそう。絶対。
一応まだチェーンはいてバスが動いてる設定ですので。
東京方面はチェーン規制ないんですよね? 確か。

あんまり悩まず、手塚はワイルド系で来ると決めてました。ダウンの色も白と。
手塚に白を着せたかったというのがミソです。
普段黒とか、紺とか多そうだったので。。。

ハイカラーのポールスミス、とか着せたら嵌まるな!とも思ったんですが、いかにもって気がして嫌で…
それに手塚が着るとナチスの軍服かなって(笑)……お兄さんの方がより似合いそうだと思い直し、やっぱしロングダウンにしました。
意図天然にかかわらず細部まで読んでくださってありがとうございます
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