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伊井直行「三月生まれ」

2013年03月29日 | あ行の作家

 

講談社

1996年3月 第1刷発行

200頁

 

タイトル買いです

自分も三月生まれだからという実に単純な理由です

 

 

西日本のある地方都市に暮らす中子一家

勤務医の父・一郎、妻・澄子、中学三年生の長女・翠、一年生の長男・充、小学校五年生の次男・渡

土曜の朝、家族揃って向かうのは特急列車が到着する駅

東京から引っ越してくる(地元に戻ってくる)宏梠(こうろぎ)一家を迎えに行くのが目的だった

宏梠家にも中学二年、一年、小学四年の兄妹がおり、中子家の子どもたちはそれぞれ年の近い宏梠家の子どもたちの「担当」を言いつかる

 

東京から来た転校生というだけで憧れ、羨望、嫉妬などが渦巻いて田舎の中学校は大騒ぎ

でも、それも最初のうちだけで次第に落ち着いていく

中子充を中心に、学校生活、成長途中の子ども同士の付き合いや「世渡り」、親たちのヒミツが描かれています

イジメや恋、自分の親にも若い頃があったという驚きなど、何のこともない毎日

しかし、ごく普通の日々の中でも微妙な心模様がじんわりと伝わってきます

 

三月生まれなのは宏梠家の中学一年・清孝

幼稚園に入ってからずっと自分より体格のよい連中に取り囲まれ圧迫感を感じながら育った、早生まれではない人には絶対にわからないだろうな、と充に語ります

すごくわかります

私は三月の末も末の生まれ

何をするのも人より遅く、必死になってついて行った、という記憶があります

小学校の高学年あたりからは身長も伸び、周囲との大きな差は感じられなくなっていきましたが、思い返すと色々と辛かったことばかりが甦ります

息子がやはり三月中旬の生まれで小さい頃は苦労していましたねぇ

可愛がられてもいましたが…

 

 

宏梠家は今度はアメリカへ引っ越すことになります

そうすると新学期は9月になるわけで、早生まれだから、という理屈は通らなくなる清孝クン

さて、どうするのかな?

 

 


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