夜も遅(おそ)い時間。あやめはそろそろ寝ようと電気のスイッチに手を伸(の)ばした。その時だ。玄関(げんかん)のドアをノックする音が、ものすごく控(ひか)え目な感じで聞こえてきた。こんな時間に誰(だれ)だろう。あやめはそっと玄関に近づいた。すると、外から聞き覚(おぼ)えのある声が、
「あやめ…。あたし、和美(かずみ)よ。ちょっと、いいかな?」
和美の声は震(ふる)えていた。あやめは急(いそ)いでドアを開けて、ハッと息(いき)を呑(の)んだ。
「和美、どうしたの? ずぶ濡(ぬ)れじゃない」
和美の髪(かみ)や穿(は)いているスカートの裾(すそ)から水滴(すいてき)がしたたり落ちていた。あやめは洗面所(せんめんじょ)へ走り、バスタオルを持ってきて和美の肩(かた)にかけてやった。
「ごめん。ちょっと、そこの公園(こうえん)の、噴水(ふんすい)のとこで…」
「早く拭(ふ)きなさい。風邪(かぜ)ひくわよ。もう、なに考えてんのよ」
「だって、彼に言われたの。お前みたいな干(ひ)からびた女、好きになるわけないって」
「はぁ? 何それ。――えっ! 和美、付き合ってる人いたんだ」
「いや、そうじゃなくて…。――ただ、好きですって…」
「また唐突(とうとつ)に言っちゃったの? いつも言ってるでしょ。告白(こくはく)する前が大事(だいじ)だって」
「だって…。あたし、男の人とおしゃべりなんて出来(でき)ないんだもん」
<つぶやき>どこまでもシャイな彼女なんです。でも、おしゃべりが出来ないとまずいぞ。
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