神谷(かみや)という男は社内(しゃない)きってのイケメンで、女子社員だれもが少しでも近づこうとしのぎを削(けず)っていた。さおりもあこがれていたが、自分とはつり合わないと最初(さいしょ)からあきらめていた。遠くから眺(なが)めているだけで、さおりはそれで充分満足(じゅうぶんまんぞく)していたのだ。
でも、今日はいつものさおりとは違(ちが)っていた。出社(しゅっしゃ)するなり女子社員たちを押(お)しのけて、
「ねえ、今夜八時。国際(こくさい)ホテルの摩天楼(まてんろう)に来て。待(ま)ってるから」
神谷をはじめ、周りにいた女子社員たちはあっけにとられた。さおりがこんなことを言うなんて、誰(だれ)も想像(そうぞう)すらしていなかった。でも、いちばん驚(おどろ)いていたのはさおりだった。自分の意思(いし)とは関係(かんけい)なく、勝手(かって)に足が動き、勝手に言葉(ことば)が口からあふれ出てしまったのだ。
さおりは顔(かお)を真っ赤にしてトイレに駆(か)け込んで叫(さけ)んだ。「なにしてるのよ!」
「彼、きっと来るわよ」もうひとりの自分が姿(すがた)を現し嬉(うれ)しそうに言った。「楽しみだわぁ」
「もう…、余計(よけい)なことしないでよ。どうするのよ。わたし…」
「心配(しんぱい)ないって。わたしが助(たす)けてあげるから。まずは、その服(ふく)ね。もっとドレスアップしなくちゃ。仕事(しごと)が終わったら速攻(そっこう)で買いに行くわよ」
服選(えら)びは大変(たいへん)だった。鏡(かがみ)を隠(かく)さないともうひとりの自分が出てこられないから。服を選んでいるあいだ、さおりは楽しくなってきている自分に驚いた。最初(さいしょ)は嫌々(いやいや)だったのに…。
<つぶやき>もうひとりの自分に振(ふ)りまわされてるさおり。まだ、お話は続いちゃいます。
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