ベッドに寝(ね)かされているハル。真っ白なベッドは赤く染(そ)まっている。アキは自分(じぶん)の能力(ちから)を使って傷(きず)を治(なお)そうとしていた。だが思うようにいかなくて、あせればあせるほど能力(ちから)を発揮(はっき)できなくなっていた。
水木涼(みずきりょう)と日野(ひの)あまりは為(な)す術(すべ)もなく見守(みまも)るしかなかった。そこへ、月島(つきしま)しずくがやって来た。しずくは驚(おどろ)いた様子(ようす)もなく、ベッドに近づくとハルの肩(かた)に手を当てた。すると、ハルが目を開けた。ハルは、しずくを見つめてかすかに微笑(ほほえ)んだ。
しずくは涼たちに外へ出るように促(うなが)した。涼は懇願(こんがん)するように、
「何とかならないのかよ。お前の能力(ちから)で――」
しずくは静(しず)かに答(こた)えた。「これは運命(うんめい)よ。その時が来ただけ…」
「その時って…。何だよそれ。わけ分かんないよ」
「行こう。ここは、二人だけにしてあげましょ。その方がいいわ」
三人は部屋(へや)を出て行った。アキは泣(な)きながらハルに話しかけた。
「ハル、ダメだよ。死(し)なないで…。あたしが、今、治してあげるから…」
アキは、手をハルの傷口(きずぐち)に向けた。アキはひとり言(ごと)のように呟(つぶや)いた。
「集中(しゅうちゅう)よ。集中するの。あたしならできる。ひとりでもやれるんだから…」
ハルは、アキの手をつかんだ。そして、慈愛(じあい)に満(み)ちた顔でアキを見つめた。
<つぶやき>このまま死んでしまうんでしょうか? 助(たす)けることは誰(だれ)にもできないのか…。
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「ねぇ。あたし、お魚(さかな)が食べたいなぁ。釣(つ)ってきてよ」
彼女はさらりと言ってのける。でも、僕(ぼく)は釣りなんかしたことがない。僕がそう言うと、
「何でできないのよ。じゃあ、いいわ。お魚屋(や)さんで買ってきてよ」
買ってきてよって…。僕は、君(きみ)が料理(りょうり)をするのを見たことがない。できるのかと聞くと、
「なに言ってるの? お魚臭(くさ)くなるでしょ。料理するのはあなたじゃない」
えっ…、僕にそれを望(のぞ)むのか? 僕は、魚なんかさばいたことないんですけど…。
「もう…。何でできないのよ。それくらいできないでどうするの?」
君だって、できないじゃないか。僕は喉元(のどもと)まで出かかった言葉(ことば)を呑(の)み込んだ。
「じゃあ、いいわよ。スーパーで売ってる簡単(かんたん)なやつでいいわ」
彼女も、譲歩(じょうほ)する気になったようだ。僕は、ホッと胸(むね)をなで下ろした。でも、
「ついでにさ、お米(こめ)を買ってきてよ。それと、今夜は、やっぱり焼肉(やきにく)がいいかも」
なに言ってるんだ? 魚だって言ったじゃないか…。僕が不満(ふまん)そうな顔をすると、
「いいじゃない。今、お肉の気分(きぶん)になったの。それと、トイレットペーパーが切(き)れかかってるからお願(ねが)いね。それとね、何か美味(おい)しそうなデザートがあると最高(さいこう)なんだけど…」
そんなに買ってこられないよ。君もきてくれないと…。そう言うと彼女は、
「それくらい持てるでしょ。そんなこともできないなんて…。あなた、何ができるの?」
<つぶやき>こんな娘(こ)と付き合うのは大変(たいへん)じゃない? でも、それが良いっていう人も…。
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〈パシャパシャ チャポン ピチャピチャ ポンポン〉
お風呂(ふろ)に入っているパパが、水面(すいめん)を指(ゆび)で軽(かる)く叩(たた)くと面白(おもしろ)い音がした。それを見ていた娘(むすめ)は、嬉(うれ)しそうに笑顔(えがお)になった。パパは十本の指を使って、まるでピアノを弾(ひ)くようにやってみせる。娘はますます喜(よろこ)んで、自分(じぶん)でもやってみせる。
二人はまるで会話(かいわ)でもするように、合奏(がっそう)でもするように、時間を忘(わす)れて楽しんだ。
〈パシャン ボン ピチャン バン ポヨン チャポン ポワーン ピチャピチャ〉
外(そと)からママの声がした。「ねぇ、いつまで入ってるの? 早く出なさい」
二人は顔(かお)を見合(みあ)わせて、くすくす笑(わら)って返事(へんじ)を返した。
風呂から上がると、パパはビールを飲(の)み始めた。ママは娘に言った。
「そろそろ、パパとお風呂に入るのは止めようね。もう、一人で入れるでしょ」
娘はちょっと寂(さび)しそうな顔をしたが、「うん、そうする」とうなずいた。
娘が眠(ねむ)りにつくと、パパはママに愚痴(ぐち)をこぼした。
「あぁ、もう一緒(いっしょ)に入れないのかぁ。なぁ、まだいいじゃないか。あと少し…」
ママが答(こた)えた。「もう、パパは甘(あま)やかしすぎなの。分かったわ。来月の誕生日(たんじょうび)までね」
「ありがとう。じゃあ、素晴(すば)らしい演奏会(えんそうかい)が開(ひら)けるね。ママも一緒にどう?」
<つぶやき>これは絶対(ぜったい)に脚下(きゃっか)ですよ。父親にとっては、娘って特別(とくべつ)なのかもしれません。
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喫茶店(きっさてん)で友達(ともだち)と待(ま)ち合わせをしていた彼女。ちょっと早めに来てしまったので、所在(しょざい)なさそうに店内(てんない)を見回していた。そんな時、店(みせ)に入ってきた男が彼女に声をかけた。
「ご一緒(いっしょ)させてもらってもいいですか?」
彼女は、「何で?」と思った。他にも空(あ)いている席(せき)はある。なのに相席(あいせき)って…。彼女が答(こた)えるより前に、男は彼女の前の席にスルリと腰(こし)を下ろした。
「この人、何なのよ」彼女は心の中で呟(つぶや)いた。
男はにっこり微笑(ほほえ)むと、彼女の名前(なまえ)を呼(よ)んだ。彼女は驚(おどろ)いた。どうして自分(じぶん)の名前を知っているのか? 彼女には、見覚(みおぼ)えのない男だ。男は、彼女に小さな小箱(こばこ)を差(さ)し出して、
「これ、預(あず)かってもらえませんか?」
彼女は警戒(けいかい)しながら答えた。「困(こま)ります。だって…。あなた、誰(だれ)なんですか?」
男は残念(ざんねん)そうに、「あれ…。忘(わす)れちゃったんですか? この間(あいだ)、会ったじゃない」
「いいえ。あなたとは、会ったことなんかないです」
男は一瞬(いっしゅん)考えて、「ああ…、そうか。君(きみ)と初めて会うのは明日(あした)だったね。ごめん。今のは忘れて。これも、まだ渡(わた)すのはやめておくよ」
「えっ? どういうことですか。明日、会うなんて…。どうしてそんなことが――」
「僕(ぼく)には分かるんだよ。明日、君に会えるのが楽(たの)しみだ。じゃ、また」
男は席を立つと、店を出て行ってしまった。彼女はもやもやした気分(きぶん)で見送(みおく)った。
<つぶやき>彼女の知らないところで何かが起きている。箱の中には何が入っているのか?
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年輩(ねんぱい)の紳士(しんし)が、若(わか)い女を前にして言った。
「それを知ってどうするんだ? 人に知られたくないことは、誰(だれ)にだってあるもんだ」
「だって、好きな人のことは何でも知りたいじゃない」
「何を聞いても、お前はそれを受(う)け止めることができるのか?」
「…何よ。そんな言い方されたら…。あたしは、どうすればいいのよ」
「心の奥(おく)に秘(ひ)めていることは、そっとしといてやればいいんだ。下手(へた)をすると、すべてを無くすことになりかねないぞ」
「おどかさないでよ。でも…、あの人、あたしのこと裏切(うらぎ)ってるかもしれないでしょ」
男はかすかに笑(わら)うと、「あいつに、そんな甲斐性(かいしょう)があると思ってるのか?」
「失礼(しつれい)しちゃうわ。あの人だってね、モテたりするんだから…」
「あいつには、お前しか見えてないよ。他(ほか)の女のことなんか――」
「そんなこと、分かってるわよ。分かってるけど…。何か、あたしに隠(かく)してるのよ。それは、間違(まちが)いないわ。あたし、不安(ふあん)なのよ。あたしの知らないあの人がいるなんて…」
「まったく、こんなとこで、のろけを聞かされるとはなぁ」
「そんなんじゃないわよ。もう、相談(そうだん)なんかするんじゃなかったわ」
「じゃあ、あいつが打(う)ち明けるまで待ってやれよ。それも、愛情(あいじょう)のうちじゃないのか」
<つぶやき>誰にも知られたくないことってあるよね。昔(むかし)のあんなことや、こんなこと…。
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