やすら木

朗読・オーディオブック制作「やすら木」のページです。
朗読ご希望作品はコメント欄にてどうぞ。

2017年の始まり

2017-01-04 17:12:06 | エッセイ・コラム

電通の女子社員の過労死は検察の書類送検をうけての社長の辞任発表で幕引きとなるのだろう。国交省からの天下りを役員として引き受けることが取引条件のような印象を受ける。
 電通は官公庁系の仕事が多く、納期が厳しいうえ朝令暮改の案件が多いと聞く。それが社員全体の過重労働の大きな原因だとしたら国にも責任の一端があるだろう。そして私たち自身に責任はないだろうか。
 顧客サービスという理念の下での24時間営業への慣れ、より迅速な配送の要求や遅延への不満、ささいな落ち度への過剰反応やゆすりにも該当する要求。これらが過労、ストレスの蔓延を産んでいる。
 私もかつては時間にルーズな人や誠意のない対応に狭量なリアクションをしていた。今振り返ると自分にゆとりがなかったと反省するばかりである。理不尽なことに対する申し立ては必要だが、ささいなことにはできるだけ寛容でありたい。
 寛容は想像力によって養われる。荷物が時間通りに届かないのは事故が起きたか何か事情があるのかもしれない。店員の態度が悪いのは恋人と喧嘩でもしたのかもしれない。
 一人一人が少しずつ寛容になることによって社会は変わり、過重労働も残業も減っていくのではないだろうか。電通一社がどう頑張っても取引先の理解が得られなければ過重労働はなくならない。社員は好きで残業しているわけではないのだろうから。
 今年も寛容という心のポケットを広げるよう努めたいと思う。
 それにしても、労働基準監督署の皆さん、国の各機関、特に財務省の労働時間をチェックしなくて良いのですか?

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2016年を振り返る

2016-12-26 16:35:57 | エッセイ・コラム

2016.12/24
 今年もわずかとなった。
異常気象による災害、テロの横行、内戦による難民の増加など、今年も不安と不穏に翻弄された年だったように思う。

 異常気象は地球温暖化に起因するところが大きいが、利害の対立から思うように進まないものの、エネルギー問題と並び、解決を探る努力は営まれているし、市民レベルでも意識の共有が広まりつつあるように思える。しかし、家庭での電球交換によるCO2削減の数値など、世界各地に落ちる爆弾の熱に吹き飛ばされてしまうのではないかという疑問を抱かずにはいられない。
 今後は予測のつかない地震、噴火、津波など天災への備えが食糧問題と並び、より重要な時代になると思われ、戦争などしている場合ではないのである。

 無差別に人を殺傷するテロは市民生活を不安に陥れ、彼らを直接的要因である難民の排斥に走らせた。内戦による難民の急増につけいり、テロリストを紛れ込ませるという手法により、難民排斥の空気を作り、世界を全体主義への流れに導いている。
 シリア内戦の原因は、中東に吹き荒れた「民主化革命」の嵐が飛び火し、収拾がつかなくなってしまったことにある。ではこの「民主化」とは何か。いわゆる西側先進国の政治システムの導入ということなのだろうが、この「民主化」は資本主義という兵士を隠したトロイの木馬ではないのか。革命に石油の利権を巡る資本家達の関与はなかったのか。
利権を貪る一部の人間達の思惑と謀略の犠牲になるのは常に一般市民である。
 それほどまでして蓄財し、贅沢をするのはそんなに楽しいことなのか。環境も治安も悪化の一途をたどれば、いずれ自分達にとっても住心地の良くない世界になるだろうに、最大の謎である。
 
 不安や不穏は心を狭量にし、人は私利に過敏となり、不信が信頼を駆逐し、他者の排斥に走る。考えてみて欲しい。このまま世界が全体主義に傾けば、自分が生き残るために隣人を疑い、陥れ、ささいなことで誰かの機嫌をそこねただけで、生命が脅かされる事態になることを。
 
 不安や不穏を払拭するのは教養と思考の自由、合理的判断である。
戦時中、中勘助は「教養と思考の自由がなければ人は付和雷同となる」と言っている。また寺田寅彦は「流言飛語に惑わされないためには合理的思考が大切である」と述べ、関東大震災の際、一部の人々が井戸に毒を入れたというデマが流れたが、寺田によれば、そもそもそれだけの大量の毒をあの混乱の中でどうやって手に入れたのか、準備をしていたなら、地震を予知できたのか。そしてそれだけの組織だった行動があの状況で可能なのかを考えれば、おのずと結論はでるという。 
 
 現実を知り、思考し、受け入れるのは疲れる。しかし、それを怠ることは自らの生命を危険にさらすことにつながることを肝に銘じ、競争力より共存力への価値が高まるよう、来年に希望を見いだしたい。

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アメリカ大統領選

2016-11-11 10:38:45 | エッセイ・コラム

アメリカ大統領選は衝撃の結末になりました。

しかし、トランプ氏はキャンペーン中の過激な政策をすべて実行するつもりはないと思っています。

つまり一部共和党の傀儡であり、本人はいつ辞任しても構わないと考えているのではないでしょうか。

キャンペーン中に実行不可能な政策で人心を煽り、当選さえすればそれを反故にしても何ら罰せられることはないという事実。

全体の得票数が上回っても、特に地方都市で1票でも上回れば選挙人をすべて獲得するwinner takes all 方式の問題点(これは日本の小選挙区制度にもあてはまる部分があります)

今回の選挙は民主主義が大きな限界を露呈したといえるでしょう。経済システムが激変しているにもかかわらず、政治のシステムが旧態然としているのが、むしろ不自然なのかもしれません。

いずれにせよ国の民度は大都市部ではなく地方都市によって計られるものであり、日米ともそのレベルが現状の政治状況に反映しているといえるでしょう。

混迷が予想される世界ですがヒラリー・クリントン氏の立派な敗戦の弁にせめてもの希望をみたのでした

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武田史子版画展に寄せて

2016-09-13 20:00:11 | エッセイ・コラム

 

*私を忘れて

視界を通り過ぎる人々が皆、突然地面に倒れかかった。一瞬そう思ったが、倒れかかったのは自分だった。9月に入ったというのに灼熱の陽射しがアスファルトに照りつけ、熱気が3倍に増幅されて体を煽る。
 月曜日の朝一番で仕事をしくじり、謝罪と説明のため、取引先とようやく3時の約束を取り付けた。上司からの叱責、対策の検討などに追われ、昼食はおろかろくに水も飲んでいなかったことに気づいた。このままでは熱中症になってしまう。時計をみると2時のところに両針がそろっている。昼食を取る間はないが、一休みする時間はありそうだ。
 辺りを見回すと、人通りのとぎれた場所に白いドアがぽっかり浮かんでいる。吸い寄せられるようにドアを開け、外の熱気から逃げるように大急ぎで閉め、振り向いた瞬間、熊と目が合った。言葉を失って立ちすくんでいると「大丈夫。その熊は襲ったりしないわ。熊にだっていろいろな性格があるのよ」という声がする。声の主は黄金のティアラを片耳に飾ったウサギだった。あらためて熊をみると以外にひょうきんな顔をしている。
 しばらくすると微かに蝶の羽音が聞こえてきた。これほど密やかな音に耳を澄ましたのはいつだったか記憶にない。やがて睡蓮のゆらぎをみつめているうちに体が重くなり、気づいたら周りは夜の森になっていた。
 暗がりをあてもなく歩いていたら、木々の間に妻の横顔が浮かび上がった。
「どうしてこんなところにいるんだ。早く家に帰ろう」
 叫んで手を伸ばすと、彼女はすっと遠のき「それが無理なことはあなたがよくわかっているでしょう」とささやいた。
 そうだった。妻は2年前に事故で亡くなっていた。
「なぜ君が死ななければならなかったんだ」
「理由などないわ。死は宿命だから」
「世の中には別れたがっている夫婦が山ほどいる。なぜそいつらではいけないんだ」
「お互い傷ついたまま、永遠の別れをしては取り返しがつかないでしょう。私たちは違う」
「君は死ぬには若すぎる。世の中には生きていたって仕方ない奴だって沢山いる。僕はどうしても納得できない」
 彼女の輪郭が少し滲んでぼやけた。
「君を失ってから、君のことを想わない日はない。途方に暮れながら毎日どうにかやり過ごしているんだ。きょうだってぼんやりして仕事をしくじった」
「そうしていつまでも私を失ったことに縛られているから、私はあなたと生きることができないの」 
「何をいっているのかわからない。もう君は死んでいるじゃないか。そうだ。なぜ気づかなかったんだ。僕が君の所へ逝けば良い」
 言い終わらないうちに、妻にしては珍しく決めつけるような口調で切り返してきた。
「だめよ。宿命で亡くなった人と自分で死を選んだ人との邂逅はないわ」
「そんな馬鹿な話があるか」
 涙がこみ上げ、子供のように大声で泣きじゃくった。妻を失ってから思い切り泣いたことはなかった。泣く気力さえ失せていた。
「一体僕はどうすればいいんだ」
 彼女の頬から涙が幾筋か伝い、生い茂った葉が受け止め、露となって光った。唇がゆっくりと動いた。
「私を忘れてほしいの」
 耳を疑った。
「そんなことができるとでも思っているのか。なぜだ」
 妻は一言一言、言葉を慈しみながら静かに語った。
「人は過去を忘れながら生きていくものよ。忘れてはいけないのは伝えていくべき事実だけ。それ以外の過去を忘れることは、喪失ではなくて、過去に囚われず自由になることなの。私を忘れることで私はあなたの一部になって蘇るのよ。そうすればあなたの幸せが私の幸せになって、ずっと寄り添って一緒にいられるわ。わかってくれた?」
 泣き疲れて空になった心が、思いがけない言葉で満たされていき、いつの間にか微笑んでいた。すると妻の横顔がかすみ、やがて彼女の好きだったレモンの香りだけが夜の闇に残された。
 気がつくと、さっきのウサギの絵の前に佇んでいた。ウサギの耳からは黄金のティアラが消えていた。
 我に返って時計をみると5時を過ぎていた。約束を2時間も過ぎている。ドアを開けて飛び出しながら、もう自分はおしまいかもしれない、と思ったが、不思議に後悔はなかった。
 外は暮れかかり、こもった暑気に混ざって、乾いた秋風が泣き濡れた頬に触れた。とりあえず取引先に連絡を入れようと携帯電話をだしたら日付が昨日の日曜日になっている。目を疑い、通りがかりの若い男に「きょうは何曜日ですか」と聞くと相手はけげんそうな顔で「日曜日」とぶっきらぼうに答え、気味悪そうにそそくさとその場を立ち去った。
 そういえば周囲は皆休日の服装をしている。さっき出てきた場所を振り返るとドアに案内のポスターがあった。
「ギャラリー椿 武田史子 銅版画展 9月3日(土)から17日(土)まで。11時~6時30分 日曜休廊」
 ドアに手をかけるとまだ5時半なのに鍵がかかっていて入れない。間違いなくきょうは日曜日のようだ。
 薄墨色の空を見上げると半月に雲がかかり、さっきのウサギが耳に付けていた黄金のティアラがぽっかり浮かんでいるようだった。

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月あかり

2008-11-18 17:52:58 | エッセイ・コラム

夜半、枕元の明るさに目が覚めた。夜明けの色ではない銀の光をいぶかしく思い、カーテンを開けると、木立の間に月が冴え冴えと佇んでいる。こんなにも光り輝く月あかりを見たのは初めてだった。
 温もりを携えない蒼く透きとおった光は、時に冷たく妖しいと疎んじられ、時に神秘的な美しさを称えられるが、射し込むのに何のためらいもない陽の光と違い、月の光はどこか恥ずかしげにみえる。
 おずおずと戸惑いながら、銀の雫となって窓辺にゆらめき、心の奥深い襞にそっと触れる穏やかな静謐は、幸せに満ちた者より不運を嘆く者に優しい。
「私だって陽の光のご機嫌に翻弄されているのですよ。それに陽が何日も見えなければ皆大騒ぎするのに、私なぞ何日姿を見せなくても、誰も気にしたりなんかしません。でも、あながた私に気づいてくれたように、きっといつか誰かがあなたに気づいてくれますよ」
 月下に音を奏で、詩や物語を綴った人々は、漆黒の夜をひそやかに漂う銀糸のヴェールと戯れながら、こんなささやきを月と交わし合ったのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、月が傾いたのか、窓辺の明るさが消え、うとうとしたと思ったら、月の憂いなど頓着しない朝陽に起こされた。
 きょうも一日が始まり、私は月あかりを忘れるだろう。

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新十二支物語 子年

2008-04-09 15:55:16 | エッセイ・コラム

 その昔、神様は世の中の人々が楽しく年を数えることができるよう、12年を一区切りにし、12の動物に一年ずつ割り当て、それぞれの個性あふれる年を創らせようと考えました。
 そこで、「12月12日までに、私の所へたどり着いたものに、干支として称号を与える」というおふれをだしました。
 すばしっこいねずみは、これを聞きつけるとすぐに、「12月12日までですよ。12月12日ですよ。お忘れなく」と皆に知らせて回りました。ところがねずみは子だくさんの大家族で、子供達はあちこちちょろちょろ走り回ります。親ねずみは迷子にならないよう子供の数をしょっちゅう数えなければなりません。「1匹、2匹・・・・あれ、あと1匹、よしいた、13匹」と、そのとき、ちょうど昼寝中の猫のそばを通りかかり、ねずみはつい、「12月13日までだよ」と言ってしまいました。
 猫は安心し、またとろとろと眠りだし、目がさめたのは12月13日のも終わろうとしている真夜中近くでした。猫は慌てて飛び起きて神様の所へ駆けつけましたが、そこには誰の姿もなく、十二支に決まった動物の名前が12月12日付けで貼りだされていました。「ねずみの奴にだまされた」怒った猫はねずみを追い回すようになりました。
 ねずみは、自分が言い間違いをしたことに気がつきましたが、猫の剣幕が恐ろしく、なかなか謝る勇気がありませんでした。しかしあるときありったけの勇気をふりしぼり「あのときは私が子供の数に気を取られ、思わず言い間違えてしまったのです。お詫びに私の干支にご招待したいのですが」と言ってみました。
 これを聞いた猫は少々きまりが悪くなりました。日頃寝坊ばかりしている猫は、正しい日付を聞いたとしても、期日までにきちんと行かれる自信がなかったのです。そんな自分への腹立たしさを、ねずみを追い回すことで紛らわしていたような気がしていたからです
 そこで、猫は開運招福を手みやげに、ねずみのご招待を受けることにしました。
 誤解や勘違いは誰にでもあるものです。お互いほんの少し譲り合えば、心がほっこり温まり、仲直りは簡単です。

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私の心に残る旅

2008-03-28 09:01:36 | エッセイ・コラム

それは私達がフランスをドライブ旅行していたある日のこと。「ここにしよう」と夫が車を停めたのは村はずれの家族経営らしきバー兼レストランだった。清楚でチャーミングな若いマダムが最初に運んできたのは鴨肉のパテ。たっぷりの生野菜に載ったパテは野趣溢れる個性的な味が際だっていた。次に「とても熱いので気を付けて」と給仕してくれたのがサーモンのバターソース。パリパリに揚がったジャガイモや煮込んだ野菜とともに、大きな鮭が美味しいソースをたっぷりかぶっていた。チーズや田舎風のパンはとびきりの味だし、デザートも青リンゴやレモンのシャーベットにケーキなど、食事を締めくくるにふさわしい上品な甘みであった。素朴な料理だが洗練された素晴らしい味で、誠意と親切と勘の良さが表れるのが料理だといった人があるが、まさにその言葉通りの料理だ。
 若いマダムがおぼつかない手つきでワインを開けている。その手元を心配そうに見守る銀髪の大マダムの様子も微笑ましい。大マダムは「料理はどう?楽しんでいる?」と各テーブルに声をかけながら気を配っており、レストランは単に食事をするだけはなく、楽しい時を過ごすための空間であることを実感した。人を不幸にするのは小指の先を動かすほどたやすいが、幸せにするのは難しい。感動や幸福は、この店の人達のように誰に対しても変わらぬ誠意を地道に積み重ねることから生まれることを私達はこの旅で教えられた。

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ケイコさんと幸福の木

2008-03-27 13:56:46 | エッセイ・コラム

陽射しがまぶしい休日の朝、寝ぼけ眼をこすりながら夫のミキオが起きてくるなり「ケイコさん、きょうは枕を買いに行こう。」と言い出した。「今の枕はなんだかよく眠れないんだ」と、彼は大きなあくびをしながらコーヒーをすすった。
ケイコは「掃除機かけていてもねているくせに・・でも、ついでに私も欲しかったブラウスを買って、美味しいケーキもおねだりしよう」と内心ほくそ笑んだ。
寝具店であれこれ試してミキオはようやく気に入りの枕を決めると、白髪の店主が「これは幸福の木、いつまでもお幸せにね。」と枕と一緒に小さな苗を渡してくれた。
家へ帰ってお茶を飲みながらコップの水に差した幸福の木を眺めているうちに、ケイコはだんだん不安になってきた。「もしこの木が枯れたら、幸福も枯れてしまうのかしら」ふとつぶやくと、ミキオは「相変わらず君は心配性だねえ。もし木が枯れたら、我々に降りかかったかもしれない不幸の身代わりになってくれたと思って、近くの公園にでも埋めてあげればいいのさ。もし根が少しでも生きていれば再生するかもしれないよ。」と言ってのんきに笑っている。ケイコは少し安心した。
そして一月ほどたつと、植木鉢から細い竹がひときわ高く伸びていた。それはあの「幸福の木」だ。「なんだ。あれはただの竹だったんだ。」がっかりと肩を落とすケイコにミキオは言った。「知ってるかい?どこだか忘れたけれど何でも北欧の言葉で「ケイコ」というのは「幸せ者」という意味らしいよ。幸せ者が育てればどんな木だって「幸福の木」さ。それより腹が減らないか?」その言葉が終わらないうちにケイコのお腹の虫も鳴り、2人は大笑いした。今夜のディナーには幸福の木も招待することに決め、ケイコは鉢植えをテーブルに運んだ。細い葉っぱが頬をくすぐり「ありがとう」と言っているようだった。

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