やすら木

朗読・オーディオブック制作「やすら木」のページです。
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わ***の紹介文

2008-03-31 22:26:34 | Weblog

 いつも携帯電話の着信音を気にしている人は通り過ぎてしまうかもしれない、むしろ、そういう人たちを避けているような佇まいをみせるお店が「わ***」です。
大町の典型的な京風町屋造りの建物は、元々江戸時代の大庄屋だった栗林家の旧居宅で、その伝統に新しい息吹をふきこむべく「おやすみどころ」として改装し、店名はその屋号に由来しています。
 控えめながら風格漂う門構えの前に立ち止まると、知らず知らす足が引き込まれ、気がつくと、落ち着いた灯りの中に、その家の歴史を語るさまざまな古道具たちが浮かび上がっている部屋の中に、まるでずっと前からそこにいたかのようにくつろいでいる、そんな気がします。
 部屋は幾つかの個室とお座敷に分かれ、それぞれ、琴、ランプ、手あぶり、古書など、この家で暮らした人々と生活をともにしてきた古道具たちが今も息づき、静かに語りかけてくるようです。
 献立は季節替わりで、地元の食材、昔から伝わる知恵を生かした素朴な和料理が並びます。ゆっくり昼食をとるなら、小鉢5品に、「おざんざ」という特産の麺に、デザートがついた「茂*善」がお薦めです。より品数の多い「わ***膳」なら、大町の味を存分に堪能できるでしょう。簡単にすませるなら、大町黒豚の丼や季節のおこわ、おざんざなどの単品もあります。
 たとえばある日の「茂*膳」は、最初に小鉢3品が出され、菊芋の菜の花油和え、蕎麦粉揚げに寒干し大根のあんかけ、厚揚げの煮物など、いずれも出汁がきいた薄めの味が、素材を引き立てています。次に、豆腐と棒鱈の煮付けに、季節のご飯がでますが、煮付けはしっかりとこくのある醤油味が、お料理のめりはりとなり、漬け物を刻み込んだご飯と良い相性です。
 そして「おざんざ」ですが、「おざんざ」は塩を全く使わず、納豆の酵素をつなぎに小麦粉を練り上げた独自の製法の麺で、コシの強さと麺のうまみ、ほどよい太さの、のどごしが特徴です。おざんざはつけ麺で食べる冷麺と、温かい汁のかかった麺と2種類の中から選べ、温かい麺の出汁はやや甘めです。麺の特徴を味わうには、やはり冷たい麺が良いように思います。最後に柿ようかんなど、甘さ控えめの和風デザートが供されます。
 また、お酒好きには嬉しい日本酒呑み比べセットもあり、大町の蔵元による3種の「わ***」ブランド特別純米酒は、小鉢をつつきながらゆっくり楽しめそうです
 寒い時期には膝掛け、行火なども用意され、一輪の花を添えたようなさりげない気遣いに、思わず心が和みます。
 人々の生活を幾世代も見守ってきた古民家が醸し出す歳月の流れは、幼い子供を不思議な夢幻の世界に優しく抱き、慌ただしさに翻弄される大人をゆったりと豊かな時空に誘い、老いの寂しさを募らせる人を、懐かしさで温かく包んでくれるようです。
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私の心に残る旅

2008-03-28 09:01:36 | エッセイ・コラム

それは私達がフランスをドライブ旅行していたある日のこと。「ここにしよう」と夫が車を停めたのは村はずれの家族経営らしきバー兼レストランだった。清楚でチャーミングな若いマダムが最初に運んできたのは鴨肉のパテ。たっぷりの生野菜に載ったパテは野趣溢れる個性的な味が際だっていた。次に「とても熱いので気を付けて」と給仕してくれたのがサーモンのバターソース。パリパリに揚がったジャガイモや煮込んだ野菜とともに、大きな鮭が美味しいソースをたっぷりかぶっていた。チーズや田舎風のパンはとびきりの味だし、デザートも青リンゴやレモンのシャーベットにケーキなど、食事を締めくくるにふさわしい上品な甘みであった。素朴な料理だが洗練された素晴らしい味で、誠意と親切と勘の良さが表れるのが料理だといった人があるが、まさにその言葉通りの料理だ。
 若いマダムがおぼつかない手つきでワインを開けている。その手元を心配そうに見守る銀髪の大マダムの様子も微笑ましい。大マダムは「料理はどう?楽しんでいる?」と各テーブルに声をかけながら気を配っており、レストランは単に食事をするだけはなく、楽しい時を過ごすための空間であることを実感した。人を不幸にするのは小指の先を動かすほどたやすいが、幸せにするのは難しい。感動や幸福は、この店の人達のように誰に対しても変わらぬ誠意を地道に積み重ねることから生まれることを私達はこの旅で教えられた。

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ケイコさんと幸福の木

2008-03-27 13:56:46 | エッセイ・コラム

陽射しがまぶしい休日の朝、寝ぼけ眼をこすりながら夫のミキオが起きてくるなり「ケイコさん、きょうは枕を買いに行こう。」と言い出した。「今の枕はなんだかよく眠れないんだ」と、彼は大きなあくびをしながらコーヒーをすすった。
ケイコは「掃除機かけていてもねているくせに・・でも、ついでに私も欲しかったブラウスを買って、美味しいケーキもおねだりしよう」と内心ほくそ笑んだ。
寝具店であれこれ試してミキオはようやく気に入りの枕を決めると、白髪の店主が「これは幸福の木、いつまでもお幸せにね。」と枕と一緒に小さな苗を渡してくれた。
家へ帰ってお茶を飲みながらコップの水に差した幸福の木を眺めているうちに、ケイコはだんだん不安になってきた。「もしこの木が枯れたら、幸福も枯れてしまうのかしら」ふとつぶやくと、ミキオは「相変わらず君は心配性だねえ。もし木が枯れたら、我々に降りかかったかもしれない不幸の身代わりになってくれたと思って、近くの公園にでも埋めてあげればいいのさ。もし根が少しでも生きていれば再生するかもしれないよ。」と言ってのんきに笑っている。ケイコは少し安心した。
そして一月ほどたつと、植木鉢から細い竹がひときわ高く伸びていた。それはあの「幸福の木」だ。「なんだ。あれはただの竹だったんだ。」がっかりと肩を落とすケイコにミキオは言った。「知ってるかい?どこだか忘れたけれど何でも北欧の言葉で「ケイコ」というのは「幸せ者」という意味らしいよ。幸せ者が育てればどんな木だって「幸福の木」さ。それより腹が減らないか?」その言葉が終わらないうちにケイコのお腹の虫も鳴り、2人は大笑いした。今夜のディナーには幸福の木も招待することに決め、ケイコは鉢植えをテーブルに運んだ。細い葉っぱが頬をくすぐり「ありがとう」と言っているようだった。

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