やすら木

朗読・オーディオブック制作「やすら木」のページです。
朗読ご希望作品はコメント欄にてどうぞ。

梅雨の笑い話

2019-06-30 14:11:32 | エッセイ・コラム

蒸し暑く鬱陶しい日なので私の好きな2人の笑い話。

 

探検家の関野 吉晴さんは未開の人たちに受け入れてもらうため医師になりました。

しかし、自分の医学知識が現地で病気を治している祈祷師たちの面目をつぶしてしまうのではと

一抹の不安を抱えていたようです。しかし、ある現地で最初の患者が祈祷師で

「頭が痛い」というのでよく聞いてみると幻覚のでる物質の取り過ぎのようなので「量を減らしたら?」

とアドヴァイスしたそうです。祈祷師もつらいですね。

 

もう一人は麿 赤兒さん。

若い頃、ある酒場で堀田善衞氏と出会ったとき、堀田氏に「西洋乞食」といわれ、さすがにむっとして詰め寄ろうとしたところ

埴谷雄高氏が「君、いくら何でもそれはひどい」といったので、麿さんは矛を収めたのですが、その次に出た言葉が「西洋はいらないだろう。ただの乞食でいいんじゃないか」でした。

埴谷氏は自宅に「死にたい」と電話を掛けてくる人に「そのことなら僕の著書の何ページと何ページにこう書かれている」と延々1時間も

話したそうです。電話を掛けた人は半分後悔しつつ、死にたくなくなったでしょうね(笑)

 

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春のスタート

2019-03-07 10:18:34 | エッセイ・コラム

イギリスのニュース特集でこんな言葉を耳にしました。

「憎しみに支配されることを拒否する」

これは、かつてのアイルランド紛争の際、兵士に自分の父親を殺された女性の言葉です。

「行為自体は憎むべきことだけれど、その感情に自分を支配され続けたくない」

というコメントを残しています。

「支配」も「拒否」もマイナスイメージを起こす言葉ですが、毒をもって毒を制す、ごとく

掛け合わせるとプラスになることもあるのですね。

**に自分を支配されることを拒否する。

**には自分にとって負の感情をあてはめることができるでしょう。

 

自分自身に、そして、これから新たな人間関係を作る若い人へ、別れと出会いの季節にこの言葉贈りたいと思います。

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夏の思い出

2018-09-04 11:06:30 | エッセイ・コラム

*夏の思い出

 暑さも盛りの夏休み、私は家で一人留守番をしていた。紙の裁断を家業にしていたので、取引先からの納品などのため、誰か在宅しなければならなかったのだ。エアコンもなく、昼寝するのも暑すぎる午後、近所にアイスクリームを買いにでかけた。その帰り道、私は際だったった美青年とすれ違った。近隣は大きな荷物の行き交う問屋街なので、スーツを着ている人など見かけず、暑さで疲れたネクタイが、かろうじて首にぶらさがっている状態だった。

 そんな人々が立ち働く中、その青年は仕立ての良いスーツにネクタイをきっちり締め、何か探し歩いているようだった。周囲の人々は違和感漂うその青年に不審げな眼差しを向け、私は狼の群に迷い込んだ哀れな羊を連想した。「家にあんな人が訪ねてくれるような仕事ならいいのに」と、ありえない妄想をしつつ、アイスクリームを食べようとしたとき、玄関で声がした。「まったく間の悪い」と不機嫌きわまりない顔で出ていくと、何とさっきの青年が立っている。私が仰天していると「今度こちらの営業担当になった者です」と丁寧に頭を下げながら名刺を差し出すではないか。

 その人は我が家が裁断の機械を購入していた商社の社員だったのだ。彼は私と同じくらいの背丈だったが玄関は一段低くなっている。一部の隙もない身なりの美青年から恭しく差し出された名刺を上から目線で受け取ったときの私は、ぼさぼさ髪のポニーテールにくたびれたTシャツ姿だった。あまりのバツの悪さに滝のような脂汗を流しながら、ジーンズを膝上で切りっぱなしたショートパンツからのぞく露わな素足をすくませた。

 立ち去る彼の背中を見送りながら、今後留守番をするときはどんなに暑くても身なりはきちんとするのだと固く決意し、溶けかかったアイスクリームを前にため息をついたのが10代最後の夏の思い出となった。

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大阪北部地震・京都来訪顛末

2018-06-25 13:44:53 | エッセイ・コラム


家人が京都に急用ができたので、おまけで同行し、枚方の旧友に会うことに。支度をしていたら緊急地震速報が。友人は無事だったが新幹線が止まった。とりあえず名古屋まで行って様子をみることにしたが、予想通りの大混乱。
家人が駅員から「**番線からでる新幹線が一番早く京都まで行く」という情報を得たので、そのホームで待つ。2本の回送を見送り次の列車も名古屋止まり回送のアナウンス。
 やはり情報が錯綜していたのかもと諦めかけたが、滑り込んできた列車の窓に降りる気配のない人が見えたので、とりあえず乗り込んだら、やはりこれが一番早く動くとのこと。
 待つこと1時間、動き始めて10分走り30分止まりを繰り返し、2時間半かけて京都に到着。改札に走ったが自動改札のドアに阻まれる。名古屋で改札できなかったためと思われるが、精算窓口は長蛇の列なので改札を強行突破。
 とりあえずデパートの地下でお世話になった人へお礼の品を送付しホテルへ到着。家人は出かけ、私は友人に連絡を取る。やれやれとお礼を送った人にはがきを書いていたら、さっき送り状に自宅の住所をかいたような嫌な記憶がよみがえる。確認するとやはりそうだった。自分にご褒美してどうする、と慌てて売り場に電話してなんとか事なきを得たが、すっかり疲れた。

 夜中に余震が数回あったが大きな揺れはなく、翌朝は近くの楽美術館へ行き、楽焼きと能面の展示をゆっくりと観た。残念ながら茶の湯の心得はないが、香が焚かれた館内にいると心が落ち着いてくる。
 そしてひさしぶりに再会した友人と昼食。お世話になったお母様のお見舞いとも思っていたが、屋根瓦が落ち、家の中も散乱しているということなので、今回は取りやめにした。
 その後、一人で近くの京都国立博物館へ。初めて入ってみたが、地震のためかとてもすいている。仏像が建ち並ぶ様子は壮観ではあるけれど罰当たりながら、なんとなく展示即売会のような雰囲気を感じてしまった。
 
 雨も降ってきたので早々に駅に向かい、デパートの地下食料品売り場へ。昨日利尻の昆布があまりに安かったのでゆっくり食品をみることにしたのだ。
 何もここで昆布を買わなくてもいいかと昆布はやめたが売り場の人たちの声はまるでギリシャ神話で船乗りを難破させるセイレーンという魔女たちのようだ。「京都限定、夏限定」常套句とわかっていてもすすめ上手な京言葉に珍しさも手伝ってつい手がでてしまう。今度来るときは耳栓をつけ、クレジットカードを置いてこよう。
 帰りの電車で京都の味は昆布の味なのだなあとつらつら思い、たくさん消費するから安くて良い昆布があるのかもと気づき、昆布も買えば良かったと思っていたら「そうですやろー」とセイレーンの声が。

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こどもの日に寄せて

2018-05-05 13:42:30 | エッセイ・コラム


 安曇野に越してきた頃、行きつけの青果店で、目のぱっちりした可愛い赤ちゃんを抱いた若いお母さんとよく顔を合わせた。赤ちゃんの名を「花子ちゃん」としよう。花子ちゃんはすくすく成長し、手を引かれて散歩に来るようになった。彼女には近所に住む仲良しの男の子がいた。彼の名を「太郎ちゃん」としよう。
 ある日花子ちゃんと太郎ちゃんは青果店で顔を合わせた。花子ちゃんは同じ年の太郎ちゃんが大好きのようで「太郎ちゃん。今日遊べる?」といった。ようやく歩くようになった女の子と男の子では言葉の発達において歴然とした差がある。太郎ちゃんは「うー」と言ったきり黙っている。「ねえ太郎ちゃん。いつ遊べる?」たたみかける花子ちゃん。「あー」と返事をする太郎ちゃん。彼の頭の中では2つの質問がぐるぐる回っているようだった。「太郎ちゃん。きょう都合悪い?」さらに追い打ちをかける花子ちゃん。
 みかねたお母さんが「花子。しつこくしちゃだめでしょ」と助け船を出した。そして次の瞬間、花子ちゃんのひとことに私は吹き出した。
「太郎ちゃん。しつこくてメーワク?」
「迷惑」この言葉を太郎ちゃんは理解できただろうか。彼の頭はもはやパニックに陥っているようだった。
 時は流れて数十年。ふと、あの微笑ましいやりとりをしていた2人はどうしているかと青果店の奥さんに尋ねてみた。すると、都会に出て同じ会社に就職し、結婚し、家を建て、子供もいる、ということだった。
 驚いた私の心に「青いレモン」という言葉がある、幼なじみを題材にした歌が浮かび、初夏の風が吹きぬけた。
 花子ちゃんと太郎ちゃん、いつまでも仲良く幸せにね。

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からくり針箱

2017-07-26 12:15:02 | エッセイ・コラム

その針箱は、燻んだ火鉢や積年の埃を着た狸の置物に隠れるよううに、栗茶色の四角い頭をのぞかせていた。
 最近地方の旧家では、主の世代が亡くなると家財は一切合切処分されることが多く、この針箱もそうした品のひとつだった。少々ガタついてはいたが使い勝手が良く、思わぬ掘り出し物を得て喜んでいたが、あるとき、買ったばかりの絹糸が箱から消えた。
 狐につままれた面もちで針箱をかき回し、ついには引出し全部を箱から出したところ、新品の糸をしまった引出しの奥板がはずれていた。ようやくみつけたと、箱の奥を探る指先にしなやかな感触が伝わり、いぶかしく思いつつ取り出してみると和紙の包みだった。譲り受ける際に引出しは空だったはず、と手品のような出来事によく調べてみると、引出しの奥行きが箱自体の寸法より不自然に短く、箱の奥が仕切られて、持ち主だけが知るわずかな隙間を造ってあった。
 女性に今ほど自由がなかった頃、大切な私物や秘め事を保管できるのは針箱くらいだったのだろう。丁寧にたたまれた包みを開けると白檀が微かに香り、手紙が一通現れた。セピア色に滲んだ便箋には、戦地から想い人へ、胸を衝く言葉が情感を湛えて切々と綴られていた。文面・日付、封筒に記された没年から、手紙は針箱の持ち主の夫君からではなく、品格漂う香りは、底知れぬ哀悼が、心の襞に奥深く覆われていたことを窺わせた。
 今は人々が遊興に集う遠い戦地の島から送られた、帰らぬ人の手紙を針箱に納めて明け暮れした歳月、針箱に寄り添い、家人の衣服に、ひとり針を運ぶしめやかな夜を想う。
 切なさに耐えかね手紙を燃やそうとしたが、やはりからくりの隙間に戻した。いつか私の元を離れても、このからくり針箱は、命のひとひらが紡いだ想いを、白檀の香とともにひっそりと護り、語り継ぐのだろうから。 

 

2015年香り大賞最終選考

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静謐なる詩情ーヴィルヘルム・ハンマースホイ展より

2017-07-26 12:14:43 | エッセイ・コラム

扉だけが描かれた誰もいない空虚な部屋。強い存在感を放つ家具や楽器に比べ、ほとんどが後ろ姿に描かれた人物の背中から放たれる寂寞に、部屋の空虚はさらに増幅する。
 ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵に漂う共通した主題は「虚ーうつろ」ではないだろうか。
 画面の人物達の視線は交わることもなく、同じ方向を見るわけでもない。それぞれが、異なる場所へ視線を投げかけている。さらには実際に何かを見ているのかも疑わしい。視線を漂わせながら、心は別のところにあるようにさえみえる。物理的には同じ空間に在りながら、精神のある人間としては何の共有もない世界は、時代を超え、現代の疎外感をあまりに如実に表している。
 鋳物のストーブ、チェロなど、人の寿命を越えて存在しうる物を描くタッチは色彩と共に不自然なほど重厚感に溢れ、うつろいやすい人の営みを拒否しているかのようにさえみえる。それは、人との関わりを拒みながら生涯を終えた画家の内面を象徴しているかのようだ。
 人が暮らている以上、現実にはありえない、がらんどうの部屋を描くことにより、画家は、生命のはかなさ、生きることの虚しさを想い、開け放たれた扉の向こうにさらに開け放たれた扉が続く絵には、現実を超えた世界に想いを馳せたのかもしれない。

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月あかり 

2017-07-26 12:13:52 | エッセイ・コラム

 夜半、枕元を照らし出す不思議な明るさに目が覚めた。夜明けの色とは違う銀の光をいぶかしく思いカーテンを開けると、ミッドナイトブルーの空に木立が影絵のように浮き上がり、枝の間に満月が冴え冴えと浮かんでいる。こんなにも光り輝く月あかりを見たのは初めてだった。
 太陽は、家々に迎えられるのは当然、といわんばかりの自信に満ちた金色の帯を勢いよく窓に射し込む。それに比べ、温もりを携えない蒼く透きとおった月の光は、時に冷たく妖しいと疎んじられ、時に神秘的な美しさを讃えられるが、おずおずと戸惑いながら窓辺にゆらめく様はどこか恥ずかしげにみえる。
 月は日々姿形を変えては、はかなく湖上をうつろい、すがすがしく山あいに佇み、銀の雫となって心の奥深い襞にそっと触れる。すべての音を吸い込んでしまいそうな穏やかな静謐は、幸せに満ちた者より、世の流れに取り残された不運を嘆く者に優しい。
「私だって陽の光のご機嫌に翻弄されているのですよ。それに陽が何日も見えなければ皆大騒ぎするのに、私なぞ何日姿を見せなくても、誰も気にしたりなんかしません。でも、あなたが私に気づいてくれたように、きっといつか誰かがあなたに気づいてくれますよ」
 月下に音を奏で、詩や物語を綴った人々は、漆黒の闇をひそやかに漂う銀糸のヴェールと戯れながら月とみつめ合い、こんなささやきを交わしたのかもしれない。それは自身の内なる声との語り合いでもあっただろう。
 夜の色が残されていた地方ですら派手なイルミネーションがもてはやされる今日では、このような情景を想像することは難しい。人々は月あかりから眼をそらし、自身の心に背を向けて、あだ花のように華やかなだけの人工的な輝きに刹那的な高揚を分かち合う。
 しかしその輝きが増せば増すほど、人と人との温もりが失われ、心の内が荒涼としていくような気がする。
 イルミネーションは空に月や星の輝きを失った殺伐とした都市を明るく暖かい雰囲気にする、という考え方もあるが、その画一的なきらめきに惑わされ、人はいつしか天空の美しい輝きを忘れ、自身と語り合うことも忘れ去ってしまうように思えてならない。
 こんな不安をよそに、月は点滅を繰り返すイルミネーションを静かに微笑んで眺めながら、いつか人々が再び自分の存在に気づいてくれるのを、気長に待っているのかもしれない。 
 とりとめのない考えを巡らせているうちに、月が傾いたのか、いつしか窓辺の明るさが消え、わずかにうとうとした、と思ったら、月の憂いなどまるで頓着しない陽気な朝日に起こされた。
 きょうも一日が始まる。私は昨夜の月あかりをいつまで心に留めておけるだろうか。

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季節外れの思い出

2017-06-08 18:53:00 | エッセイ・コラム

 サンマといえば秋の風物詩だろう。しかし、私がサンマを想うのは、レインコートが手放せない梅雨の季節である。
 「くさい」が口癖の父だった。ヘビースモーカーのくせに、部屋がヤニ臭くなるのが我慢できず、真冬の夜中でも窓を全開にして煙を吐き出していた。カボチャや空豆は洗濯前の靴下の匂いがするから嫌い。ネギを触った者はその日お茶を入れてはいけない、など我が家は尋常ならざるルールに支配されていた。
 父はサンマが好物だったものの、家に匂いがつくのを厭い、七輪を使って屋外で焼くのが恒例となっていた。下町の密集地だったことから「炭火の扱いは難しい。お前達に任せると火事や魚の生焼けが心配だから俺が焼く」と父が宣言し、服に匂いが染み着くという理由で、着古したレインコートを着込んでの作業となった。
 勝手口脇のわずかなスペースに七輪を据えて炭を熾し、サンマを網に載せる。コート姿がかすむ煙の中、焼き上がりを祖母と母でリレーよろしく食卓に運び込む。途中で雨が降り出したが止めるわけにはいかず、一人傘を差しながら焼いた時もあった。
 家族7人分を大騒ぎで焼き終え、本人はビール片手にご満悦であるが、日頃、自分ではご飯すらよそわない「殿様」が焼くのである。皿に横たわるサンマ型をした炭の、苦く焦げ臭い味は、正直おいしいとは思えなかった。そしてそのコートは「洗濯機が臭くなる」との理由で洗われることなく密封保管され、年を追うごとにサンマの薫製のような色や匂いを身につけていった。
 やがて家族は櫛の歯が欠けるように減り、サンマコートも出番を待ったまま、いつしか置き去られ、家だった場所に、今は見知らぬ誰かのビルが建っている。
 雨が降り続く季節が巡ってくると、もうもうと煙立つ七輪の傍らでレインコートに身を包み、傘を片手に箸を持つ、在りし日の父を連れて、焦げたサンマの匂いが甦り、可笑しくて涙が止まらなくなってしまう。

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共謀罪成立の意味

2017-05-24 07:27:58 | エッセイ・コラム

 改めて民主主義の意味を考えてみた。

 当初、このシステムは国民全ての参政を前提としておらず、理性、教養、一定の財産を持つ者だけが「市民」として政治参加を認められていた。その後政治参加は国民に等しく開放され、今日に至っている。

 民主主義は多数決ではない。多数を握った側は議論を主導する権利を得たのであって、少数側の合意を得られるよう最善の努力を尽くす義務を負う。現在の日本のように多数決を採用するなら多額の公費をかけて国会を開催する必要はない。良い物を創ること同様、真の民主主義は時間と手間がかかる。

共謀罪が成立したらどうなるのか。冤罪を増加させる可能性が大である。一言で冤罪というが、これは命をを奪うことに等しい。共謀罪により救済されるかもしれない命と冤罪により確実に失う命。もし自分がある日突然身に覚えのない罪で自由を奪われたら・・・

民主主義を機能させるには理性、教養を育む「市民」教育が欠かせない。しかし残念ながら戦争はこうした教育をできる多くの人材を消失させてしまった。その原因のひとつが戦前戦中のいわゆる「共謀罪」であり、その結果が現在の日本の状況である。このことを真剣に考えなければならない。

 

 

 

 

 

 

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