*夏の思い出
暑さも盛りの夏休み、私は家で一人留守番をしていた。紙の裁断を家業にしていたので、取引先からの納品などのため、誰か在宅しなければならなかったのだ。エアコンもなく、昼寝するのも暑すぎる午後、近所にアイスクリームを買いにでかけた。その帰り道、私は際だったった美青年とすれ違った。近隣は大きな荷物の行き交う問屋街なので、スーツを着ている人など見かけず、暑さで疲れたネクタイが、かろうじて首にぶらさがっている状態だった。
そんな人々が立ち働く中、その青年は仕立ての良いスーツにネクタイをきっちり締め、何か探し歩いているようだった。周囲の人々は違和感漂うその青年に不審げな眼差しを向け、私は狼の群に迷い込んだ哀れな羊を連想した。「家にあんな人が訪ねてくれるような仕事ならいいのに」と、ありえない妄想をしつつ、アイスクリームを食べようとしたとき、玄関で声がした。「まったく間の悪い」と不機嫌きわまりない顔で出ていくと、何とさっきの青年が立っている。私が仰天していると「今度こちらの営業担当になった者です」と丁寧に頭を下げながら名刺を差し出すではないか。
その人は我が家が裁断の機械を購入していた商社の社員だったのだ。彼は私と同じくらいの背丈だったが玄関は一段低くなっている。一部の隙もない身なりの美青年から恭しく差し出された名刺を上から目線で受け取ったときの私は、ぼさぼさ髪のポニーテールにくたびれたTシャツ姿だった。あまりのバツの悪さに滝のような脂汗を流しながら、ジーンズを膝上で切りっぱなしたショートパンツからのぞく露わな素足をすくませた。
立ち去る彼の背中を見送りながら、今後留守番をするときはどんなに暑くても身なりはきちんとするのだと固く決意し、溶けかかったアイスクリームを前にため息をついたのが10代最後の夏の思い出となった。