とのさま日記なるもの

思いのすべてを書きます

人生いろいろ

2019-08-30 21:41:34 | 考える
テレビで和田アキ子さんの人生をしています

みんな楽して生きていないんだなって

若い時の苦労は背負ってでもしろっていうけど苦労した人のほうがやっぱり覚悟があって良いと感じました

その苦労の度合いが人によって違いますが悩んで苦しんで解決していく
それが苦労かもしれません

人はみんな苦労しています

なんで私が‥……って何度も思ったけど

私だけではないんですよね

それに気がつくのもずいぶんと歳がいってからでした

もし、人生を終える時に一言だけ呟く時間があったら‥……

楽しかったな~~って呟きたいな

今はどちらかというと幸せなんだと思います

どちらかなんて上から目線ですが、幸せなんですね

両親からもらった命を子供たちに繋げることができて、そして孫たちに繋がって

私の先祖様に感謝して子孫の繁栄を願う

女として最高の幸せやと思います



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スローダウン

2019-08-30 15:37:04 | 考える

夏ももう終わりに近づいてきました

年々、時の経過が早くなります

みなが口をそろえていっていますね

 

子供の時は確かに夏休みはあっという間に終わったけど

日常はとてもスローテンポ

私の年代は土曜日も学校だったから余計にそう思ったのかもしれません

小学校は近所だったので午後一時前には帰宅できました

母がいつも家にいてくれたので私を迎えてくれます

 

中学校になると私立に行ったので通学時間を考えると夕方くらいの帰宅

一応、中学三年生までは部活に行っていました

 

短大にはいりかなり自由な時間ができましたが、それでも今のような時のスピードではありませんでした

就職してこれまた月曜から土曜日まで仕事

信用金庫だったので店舗は12時で閉まってもそのあとの作業があり夜の帰宅になります

 

一週間がひたすら長くて・・・・

日曜日のそれこそサザエさんを見ていたら

あああああああ 明日から仕事や~~~

 

まだまだ22歳くらいの時です

 

結婚してから少し早く時は過ぎるようになりましたね

子育ては長く感じました

でも、時間はあっという間に過ぎました

そっからはもう、快速なみ

新幹線?

いいえ、今は飛行機なみ

 

そのうちに宇宙へ飛んでいくロケットなみになるのでしょう

 

母が来年のお正月は迎えられるかね~~って80歳を超えたころからよく言っていました

平均寿命が延びていますが、80歳を過ぎたらそう感じるのかもしれません

 

亡くなる少し前は

眠ったら朝目が覚めるだろうか・・・なんて寝る前に言うもんだから何て返事したらいいのか悩みました

多分、母の年齢になったら理解できるのでしょう

 

今は老いを感じるけど”死”を目の前に感じることはあまりないです

多分、明日の朝も目がさめるだろう、いや、絶対にさめるさ・・・

そう思っているのです でも、そんなことは誰にも分りません

 

人間ってそのときそのときにならないと分からないものです

だって、生まれてきて経験したことのないことは分からない

一つ一つきっとその時代にすすめば答えも出てくるんだと思います

 

私の年代の時 母ってこんなことを感じていたんだ~今だから思えることです

当時を振り返るとそこにはとても元気な母がいました

運転だってしていたしね

でも、しんどい時もあったんだね

そろそろ体にがたが出てくる年齢だもの

 

これからの人生を少しスローダウンしたいんだけどね

時はちっとも待ってくれない

 


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全てが老いていく

2019-08-30 10:02:29 | 大麦粉 レシピ
 今朝は雨が酷い時に出勤だった

母の形見のレインコートを羽織った

レインシューズもはいて、タオルももって準備はオッケー

傘も男物の広いものにした

しかし、すごい雨だな~

呟きながら歩く

途中で小降りになってホッとした

職場の建物に入りレインコートを脱いでハンガーに掛ける

ポタ、ポタ

あれ?

見たら雨漏り
少しだけどポタ ポタ

そりゃそうか

このプレハブをたてて事務局にして18年?

19年目に入るのだと思う

何にも手を入れていないからね


過ぎ去った年月を想う

この事務所にお引っ越しの時は事務員が二人

荷物を段ボールに詰め、引っ越しの用意に励む

道を2本またぐくらいの近さの引っ越し

当日は組合員が総出で軽トラック2台で運んだ

職場の絆が強かった時代でもある

この事務所も、人もみんな老いてしまった

私もそう

当時は私の事を若い事務員さんってみんなは呼んでいたんだ

もう、しっかり今では当時いたもう一人の事務員さんの年齢を越してしまった

この事務所に移ってから私は一人になった

この職場で子育てもさせてもらった

仕事よりも育児を優先させてもらえて私は感謝している

小さかった娘も皆さんには可愛がってもらった

雨がまた酷くなってきたよ

雷もすこし  ごろごろ

本日は外回りができないから会計のデータ―入力を一気に片付けよう



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離婚理由

2019-08-29 21:46:49 | 考える
読んでいた本をポンってテーブルにおいた

そしてううんって声を出した

読んでいた本の内容とは関係ないのだけど

私が離婚した原因ってなんだったろう

もう二十年近く前の話だが

性格の不一致
そんな感じだろうか

子煩悩な夫であった
だから18年続いた

でも、いろんな事があって離婚と相成った
浮気でもなんでもない

性格の不一致だろう

離婚の原因にはいろいろある

夫の浮気 妻の浮気

子供の育て方の違い

そして

妻から静かに暮らしたかったという離婚原因

その中身は夫の両親、夫の兄弟姉妹がうるさい

夫婦のなかにズカズカ入り込んでくる

別居していても用事で呼ばれて掃除や料理をさせられる

その間、夫は家族と居間で楽しそうに過ごしている

何度も何度も関わってくる

疲れた妻が

私は静かに暮らしたかったとと出ていって離婚

これって多いんだと思う

親場馴れも子場馴れも出来ていない男

そんな理由で出ていく妻の気持ちもわかる

そんな男が再婚しても

結局は変わらないから続かない可能性がある

静かに過ごしたかったと妻が言った時に男は何とかするからと妻の気持ちをくもうなどとは思わないのだ

そんな男は独身で実家に住んでママやパパに甘えて生きていくと良い



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記憶をたどる①

2019-08-29 21:01:47 | 考える
お風呂に入っていてフッと考えた
私の一番古い記憶ってなんだろう?記憶を遡って考えてみる

3才くらいの時に母に手を引かれ市場に買い物に行った

その時に迷子になってしまった
母の姿が消えてしまい恐ろしい恐怖が体を包み込んだ
怖かった
必死で泣いて母を呼ぶ
その時の恐怖心を覚えている

どんなシチュエーションかわからないけどその後大きくなってからその事を尋ねたら母がその状況を話してくれた

市場の出口のところでわあ~~わあ~~泣いていたんだよって

その時のことを聞かされたからそれが映像になって私の頭に残っている

2、3才では親と離れることに恐怖を感じる

恐怖をはいつまでも覚えているものだ

その次はなんだろう
幼稚園のとき毎朝母と手を繋いで幼稚園に行ったこと

帰りも母が来てくれてそのままお友だちの家に母と遊びに行ったこと

父と家の近くにあった家庭裁判所のロータリーで三輪車に乗ってくるくる回ったこと

それからは大抵覚えている

結婚が決まったときに父と二人でドレスを買いに行った

人間は産まれた瞬間は覚えていない

そして話を聞きながら頭のなかになんとなく映像が出来上がってしまうのだろう




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