小地獄温泉で山の汗を流し、さっぱりしたところから続けたい。
「あー、いい湯やったね。そんじゃ、先導するけん、後ろから着いてきて。」(長兄)
この後は、長崎市内の長兄の家に、一泊でお邪魔する事になっている。
3連休が終わっても、相変らず宴会は続くのだ。
翌日
朝から、長兄の所有するヨットに乗せて貰う事になっている。
ヨットに乗るなど、すなわちセーリングなんて、人生初めてである。
無論、楽しみには違いないが、ただひとつ、私には重大な懸念がある。
それは、
人一倍、船酔いが酷い体質と言う事だ。
数十年前、釣り船で酷い船酔いに罹り、下船するまで吐きどおしだった経験があり、以来、それがトラウマとなっている。
一時は、海を見ただけで、吐き気を催していたほどだ。
今回のクルージングも、
「船釣りするならいやだ。」
最初は尻込みしていたのだが、
「船釣りはしないし、デッキに出てりゃ、船酔いなんて滅多にせんよ。」
それならばと、乗船する事にしたのだ。
この小型船がそうである。
義兄は、大手電機メーカーで、大型プロジェクトの開発に携わってきた技術者である。
退職後、この船を購入した。
この船の前オーナーは、長期間船を動かさなかった由で、様々な不具合が待ち構えていた。
以来、エンジンオーバーホール、船倉の全家具製作など、次から次に出てくる不具合を、一人でレストアしてきた。
まともに動くまで、途方もない手間がかかっている。
とは言えである。
義兄は、そんな手間がかかりそうな船だからこそ、購入したに違いないのだ。
この渾身の物造り人間は、修理不能と思われる困難を乗り越えて、
本来の機能を回復させると言う、その過程にこそが、価値があるのだ。
最早、細胞まで染み込んだ体質と言っていい。
この悪戦苦闘(実はそれが楽しくて仕方ないのだが)の修繕作業は、キャンピングトレーラの場合でもそうであった。
その辺のレストアの経緯は、船と車 DIY Tomiのブログ に詳しく書かれている。
おんぼろ船、或いは、おんぼろトレーラを購入予定の方は、参考になる事請け合いだ。
船室の中。
さっきも書いた通り、家具は全て作り変えている。
尤も、父親は腕の良い家具職人だった。
家具製作が上手なのは、DNAも一役買っているようだ。
これがオーバーホール済みのエンジン。
・・・・・
うぷっ!
いかん。
出港前、船室に数分居ただけで、もう気分が悪くなった。
とっとと、デッキに戻ろう。
「そんじゃ、出港しまーす。」(長兄)
港を出るまでは、エンジンの動力で進む。
あと少しで、港外である。
「港を出たら帆を上げるけん。」(長兄)
私に下を向く作業をさせてゲロを吐かれては堪らんと、帆上げ作業は博多の義兄と二人である。
「ヒロちゃん、舵を持っとって。」
「え?」
船は港外ならば、船舶免許を持っている者がいれば、他の者が舵を持つのは問題ないとの事。
へえー
風を受けて膨らむ帆。
ここからはエンジン停止。
帆走だ。
聞こえるのは、波の音だけ。
のんびり、ゆっくりのクルージングである。
「あの島はね。詩島と言って、さだまさしの島なんよ。」(長兄)
「建物が見えるやろ。」
「本当だ。」
空港連絡船かな。
昼過ぎ、コーヒータイム。
「あれは?」
船籍を示すマークもないし、スクリューも回ってない。
海上で係留しているだけのようだ。
「分からんね。あそこは養殖場みたいやし、何かの作業船かな?」(長兄)
「あの遠くの島が長崎空港。奥の街並みは大村市。」
「ふーん。」
「ところで、船酔いはしとらんやろ。」
「あ、本当だ。今の所は全然平気。」
今初めて自分が酔ってない事に気づき、急に余裕の笑みが浮かぶ私。
と、その時、
ガザ!
「何々?何の音。」
「・・・・座礁した。シーマップ見るの忘れとった。」
ひょえーー!!
但し、軽く船底を擦っただけのようだ。
浸水して沈没、哀れ海の藻屑と消える心配は無さそうだ。
どっちにしろ帰る時間が迫っている。
帰港である。
港近くになると、帆を降ろさねばならない。
出港時と逆である。
イエーイ、着いたぜ。
初めての帆走。
中々面白い。
良い経験をさせて貰った。
懸案だった船酔いも、途中そのことを忘れていたぐらいである。
酒と焚火と温泉と、そして山と海の4日間が終わった。