ツネ師匠との浅草での最後のデートはお互いに気を使いながら始まった。
本当は話したい事は沢山あったはずなのに、これが最後だと思うと妙に緊張して不思議な気分になった。そんな中彼がふと鞄から意外な物を出した。競馬新聞である。
昼間に会社を抜けて買ってきたというのだ。
私は競馬が学生の頃から好きで、先輩達と競馬の話しを沢山していた。とりあえず、野球と競馬の話しをしていれば先輩達に気に入られるという処世術もあったのかもしれないし、私の実家は地方競馬場や競艇場も近くにあり、ギャンブルは身近なものであった。しかしツネ師匠が競馬の話しをするのは意外だった。
『ツネ師匠、競馬されるんですか?』
『日曜のメインだけね。』
『そうでしたか、もっと早く言って頂ければ良かったのに。ところで明日は何からいくんですか。』
明日は中山競馬場で中山記念と言うレースがあった。
彼はひと呼吸おいて私に言った。
『あてにしないでくれよ、俺はフジヤマケンザンからだ。』
私は、なかなか渋いところを買うなぁと生意気にも心の中で思った。
(競馬を興味のない方、申し訳ありません。この話は、競馬抜きには出来ないので、暫しご辛抱ください。)