おはようございます。
ただいま練習しているドビュッシー「前奏曲」から
島崎藤村、そして滝廉太郎へと興味がつながって・・・
「どっひゃ~っ!」となりました・・・w
本日も、おつきあいいただけると嬉しいです。
フランスの作曲家クロード・ドビュッシーのピアノ曲を
弾くのが、とっても楽しくなりました。
そこで読み始めたのが、佐野仁美『ドビュッシーに魅せられた日本人』
(昭和堂)。
ドビュッシーらフランス印象派音楽を、日本人が
どのように受容し、影響をうけてきたかが、論じられています。
驚いたのは・・・島崎藤村が、ドビュッシーを熱烈に支持していたこと!
(そのあたりは、また詳しく、記事にしたいと思います)
まずは・・・やるじゃん、藤村!
しかも、藤村が東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)に
一時期、学んでいたことを知りました。
ひょえぇ、知らなかったよぉ!
早速、ググると「島崎藤村と東京音楽学校」を発見!
さらに、ここ知ったのが、藤村の連作短編集「食後」。
どうやら、滝廉太郎が上級生の「堀」として登場しているらしい・・・
・・・即、確認しました、藤村全集(筑摩書房)!
義父の書棚に、文豪系の全集は、ほぼほぼ網羅されているのです。
(ピアノと共に、とってもありがたい義両親の家w)
全集から藤村のドビュッシー評、「年譜」、
「食後」の「少年」を読みました。
ドビュッシー評については、またの機会に譲るとして・・・
まずは年譜(瀬沼茂樹編)。
1898(明治31)年を見ると・・・
「春頃、新設された東京音樂學校専科下級ピアノ科に入り」とありました。
ひゃ~っ、藤村、ピアノを弾いていたんだぁ~~~っ!
明治の時代、ピアノが洋琴と言われていた頃です。
ピアノなんて見る機会もない人が、ほとんどだったでしょうに・・・
ただし、自筆年譜では、このことに触れられていません。
「書簡集」には「この秋よりは、音楽学校のかたも都合により、
privateの研究とかへ一層読書紙筆に親しむつもりに御座候」と、
書いています。
脚注によると「東京音楽学校より遠ざかる事情を示す」とのこと、
つまり、この時点、入学半年後には、音楽よりも文学に進もうと
決意していたということなのでしょう・・・
(2020年11月撮影。小諸義塾記念館。東京音楽学校を中退し、藤村は
小諸義塾の教員になる。→「小諸義塾と『旧主人』」)
さて、明治31(1898)年、
滝廉太郎は、同校の本科を卒業し、研究科へと進んでいます。
時に、藤村27歳、廉太郎19歳。
東京音楽学校を舞台にした、藤村の小説が
連作短編集「食後」の第九話「少年」です。
主人公は、藤村の少年時代をモデルにしたのか、
「田舎生まれの」祐次、「声変わりのしかけている」年齢です。
「東京で身を立てる方法」として音楽を学んでいます。
内容は、主に学校生活のスケッチですが、
三月に学校で音楽会が開かれ、祐二は「失敗」・・・
なんとも後味の悪い結末を迎えます。う~ん・・・
(大分県竹田市の岡城址の滝廉太郎像 2016年夏撮影)
・・・とにかくっ!
拙ブログで、本日、注目したいのは、
滝廉太郎をモデルにした、上級生の「堀」。
「有望な青年」「あらゆる男の生徒に欠けてて居るようなものを
彼一人は具えて居る」(432頁)と評判を聞くうちに・・・
「崇拝するような目でこの上級生」を眺めるようになります。
堀が弾いている洋琴(ピアノ)に近付いた場面は・・・
「鍵盤のうえを走る堀の両手を夢のように眺めた。巧いか、拙いか、
祐二にはよく解らなかった。唯、他の生徒が楽器を鳴らすとは違って、
すくなくとも堀は全身の力を籠めて、まるで洋琴に咬り付いた獣のような
様子をして居た」(494頁)
ピアノにかじりつく獣・・・って、すごいたとえですがw
明治の小説ですから、現代とのギャップはありますよね・・・
要は、ピアノを真剣に弾く姿が、他人とは全く違ったということです。
「堀」こと、滝廉太郎の演奏は、藤村にこんな風に映っていたのでしょう。
当時、音楽学校では、奏楽館での演奏会以外にも、
自習用のピアノを生徒は、自由に弾いていたそうですから・・・
藤村が廉太郎のピアノを聴く機会は絶対にあったはず。
そのときに「巧いか拙いか」はわからなくても、
廉太郎のピアノが持つ、圧倒的な迫力は感じ取れ、
それが、この描写になったのでしょう。
ただし・・・
この小説が書かれたのは1911(明治44)年。
1903年(明治36)年に廉太郎は亡くなっているので、
彼の留学も挫折も早世も、全てわかったうえで、藤村は書いていますが。
去年の今頃、滝廉太郎の絶筆のピアノ曲「憾(うらみ)」を
夢中で練習していました。
ちょうど谷津矢車『廉太郎ノオト』(中央公論新社)が出版され、
ますます、廉太郎と「憾」にのめり込んで・・・
(→『廉太郎ノオト』~邂逅のとき)(→はなまる♫ピアノ「憾」)
この夏も、こんな形で、廉太郎さんにめぐりあうなんて・・・
感無量。
しかも、今日はお盆の入り・・・
廉太郎さんが、わたしの元に帰ってきてくれた・・・?
・・・などと不遜なことまで妄想してしまいました。
失礼、お許しあれ。
こんなマニアックな内容に、エンエン、おつきあいいただき、
本当に、どうもありがとうございました。
◆参考・引用
「藤村全集」第4巻 第6巻 第17巻 筑摩書房
(引用は、現代仮名遣いに改めています)
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お盆は「災害級」の大雨が予想されているとか。
どうぞ、皆様、お気を付けて・・・大事に至りませんよう・・・