※9/4追加
この記事を書いた経緯を説明します
日月神示でよく言われている神人とは何かと普通に想像してみたら、自分自身がまるで違う者になってしまうのではないか、自分が無くなるのではないかと思われる方もおられると思います。そのようなことを私が思恵していたらMy masterからお返事があり、「天之御中主神により法を説く、待っていなさい」と言われ、その後にこの記事を書きました。
神人になりたいと思って自分が全て変わってしまうのは通常憑依状態となりますが神は神がかりに必要な時に憑依することはあっても常時憑依することはありません、過去世の自分自身ならどれくらい関与するかは人それぞれだと思います。
しかし逆に人が自己否定の気持ちが強すぎたり、他の要因で多重人格の様相を成すことがあります。また悪霊、悪〇との儀式や契約により魂を売ると肉体を乗っ取られることはあります。この状態が進行すると元の魂の恐怖心は非常に強い状態となったり、思考しない状態となり自分の自由は無くなり、元々望んだ自分自身の姿もなくなります。我は無い方が良いがあった方が良いという意味になります。
神人を目指す方々はそれぞれ自分に修行を課すと思いますがその方々は自身が少なからずどこかで魔境を感じることがあると思います。
悪〇に唆されて魂を売るようなことにはならず、より安全に社会的リーダーの方々がインスピレーションを受けて頂くための記事です。霊的なことばかりに目を向けず現実社会の荒波の中に足を地に着けて進む必要があります。
この記事の内容が日月神示と少し離れていると感じるのは今現在、必要なことについて九の神、天之御中主神が導いてくださったからです。
私の今までの記事を読んでいただければ解ると思いますが私のblogの内容はひふみ神示(日月神示)を元に思考し、書いていることなので書いている内容が日月神示の内容そのものに合致していることばかりではありませんし、それ以上のことを書いていると思っています。
9月2日の記事↓
過去、ひふみ神示(日月神示)の神人について記事を2つ書きました。
神への強い信仰に基づく神人についてです。
身霊磨きと神人
https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/7df687da214afc7005f09004f996fbd5
身霊磨きと神人2
https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/6cfc070e3c47c55cd700b6c435b26e69
神々は地上に生活している人々に様々な形でインスピレーションを与えています。
以前書いた記事は神への強い信仰に基づくものだったのですが、今回は社会的リーダーの方々への神々からのインスピレーションについて書いていきます。
ひふみ神示の神人と言うと神と一体化と考えると思われますがその有り方も様々です。
神々は時に依り代に現身しますが、悪霊のように常時憑依して囁いたりしません。
社会的リーダーの方々が社会の為に神々から良きインスピレーションを頂きたいと思う時のことです。今はビジネスでも座禅や瞑想を取り入れているところがありますのでそのような形でより良い社会的活躍の為に頂きたいと思う時に行います。
まず神に祈り、自分が社会的にどのようなことを理想としてやっていきたいのか神に誓願を立てます。
それが神の御心に叶うものなら守護や指導してくださる神々から必要な時に必要な分だけ悟りや社会的なことの為の良きインスピレーションを様々な形でくださいます。それは祈りの直後ではないことが多いと思います。しばらく時間がたち心静かになった時、リラックスした時、散歩に出た時などふと【気づき】があります。言葉で来ない可能性がほとんどです。どちらかというとイメージを与えられる、ふとひらめくという感じです。
これが自分の為の良きインスピレーションだと気が付いたら神々にお礼を述べてその後にその内容について自分で思恵を重ねて具体化していきます。内容の検討を仲間と話すのも良いでしょう。
またそのような人が影響力のある舞台に立つと高次元のキ(光)を流してくださいます。
神人でなくても社会に良き影響力が大きくなると全身にまとうエネルギーを放つようになります、これは自己コントロール可能なエネルギーです。必要な時に必要にまとうもので、よしやるぞと気合を入れるタイミングでまとえるものだとも言えると思います。
正義感の溢れる方々、よろしくお願い致します。
終末期の神人の話に戻りますが、ここぞという時に最大限の光を頂き、溢れる勇気と行動力を持つことになります。
現代のこの世の中、過去世で社会的に大きく活躍した方々の魂も生まれています。そのように自分自身で自覚できる人はほぼ過去性の魂と今生きている自分自身と一緒になって仕事をすることがあります。
私はずいぶん前に修行に入って神々からみろくと呼ばれ始めた頃、自分ではそんなはずはない、そんなに凄い魂ではない、そんなことを言われて増上慢になりたくない、自分はみろくだと考えないようにしようと長く否定し続けました、それから長く時間がたってある時、神々から「いい加減信じなさい」と言われたことがありました。
それから[そうかもしれない]と思うようになり、また思恵が広くなっていったと思います。
みろくの世 miroku_F_G 蓮みろく