今、『スキャンダルの世界史』(海野弘著、文藝春秋)を面白く読んでいる。“世界史”といえ、取り上げられているのは欧米史のみで、古代ギリシアから20世紀末までの出来事が記述されている。第7部第2章まで読んだが、その中で最も興味深かったのが「人類の起源の偽造/ピルトダウン人」のコラム。
「1912年、ロンドンの南60キロのピルトダウンで、古い頭蓋骨が発見された。発見者はチャールズ・ドーソンというアマチュアの考古学者であった」
が、「これはとんでもないインチキであったことが明らかにされ、考古学での最大級のスキャンダルになった」(349頁)という。
大英自然史博物館のアーサー・スミス・ウッドワード博士は、持ち込まれた化石からピルトダウン人を復元し、現代人の直系の先祖ではないかと考えられるようになった。人類学の権威であったアーサー・キース教授はその説を強力に支持し、ピルトダウン人は世界的に有名になる。
しかし疑いを持つ人もいた。米国のスミソニアン・インスティテュートのゲリット・スミス・ミラーは、人間の頭蓋に猿の下顎を合成したのではないか、と述べた。英国の学者は、アメリカ人に何が分かる、という態度でミラーを黙殺する。英国の考古学や人類学の権威たちの支持により、“ピルトダウン人”はそれから40年間も人類の起源として通用していた。
一方、アフリカで1940年頃からアウストラロピテクスの化石が次々と発見される。アフリカ猿人の脳は小さかったが、何故ピルトダウン人の脳だけが大きいのか、本当に古いものだろうか?
ピルトダウン人に疑いを抱いたのが、アメリカやオーストラリアなどの学者だったことは興味深い。英国の学者は西欧中心主義に拘り、アフリカに人類の起源がある、などと信じたくなかったようだ。
ドーソンの発見したピルトダウン人の化石が偽造だったと暴露されたのは1953年のことで、皮肉にも英国のオックスフォード大の研究者ジョゼフ・ワイナーによってである。ちなみにワイナーは南アフリカ出身だった。
彼はこの化石が人間の頭蓋とオラウータンの下顎を合成したものであることを実証した。頭蓋はせいぜい500年前の人骨であった、と本書に書かれている。
誰がこのようなことをして人類学を欺いたのだろう?何といっても発見者のドーソンが怪しく、アマチュアの彼は考古学や人類学で認められたいという功名心に燃えていた。
ドーソンは端から偽物を作ったのか?化石を復元したのはウッドワードだが、その過程で頭蓋と下顎を原始人の化石のように修正したとすると、彼の責任も大きい、と海野氏は述べる。さらにそれを人類の祖先であるとして、学会の定説へと広めたアーサー・キース教授こそ責任がある、とも。
実はこの事件を扱った『ピルトダウン―化石人類偽造事件』(フランク・スペンサー著、みすず書房)が邦訳されている。スペンサーはアーサー・キースこそドーソンの黒幕であり、偽造に最も責任があるとしているそうだ。この書を読んだ海野氏によれば、学問の偽造というのは誰かが偽造したといった単純なものではなく、その偽造を正しいものとして流通させていく学界全体により行われることが分かったという。
それだけにピルトダウン人の偽造を暴くのに40年もかかっているのだ。間違った説が定着すると、それがいかに大変かをスペンサーは語っている。学界は間違いを隠蔽し、死守しようとする。それを訂正するには、外からの批判しかないのだ、と断言する海野氏。
海野氏の書で初めて英国の化石人類偽造事件を知ったが、同じような出来事は日本でも起きている。旧石器捏造事件がそうで、犯人はアマチュア石器研究者の藤村新一。藤村は宮城県人で、彼が捏造を行った場の多くは宮城県の遺跡だった。そのため多くの遺跡が旧石器時代の史跡としての認定を取り消される結果となり、宮城県民には実に後味の悪い事件だった。
藤村による旧石器捏造は発覚するまで四半世紀も要しており、当然疑いを抱いた研究者もいた。しかし考古学会内では、捏造を批判した学者や研究者を排斥したり圧力を加えることが行われていた。学界では正当な批判すら、新聞社がスクープするまで省みられなかったという。
捏造が発覚したのは、発掘現場での藤村の不審な行動に疑念を持った者が新聞社に情報提供をしたためである。スクープしたのは毎日新聞で、2000年11月5日の朝刊で報じた。要するにタレコミにより捏造がようやく発覚したのだ。
それにしても、地元紙・河北新報ではなく全国紙が報じたというのは意味深だ。河北新報にもタレコミはあったはずだが、町興しや観光に繋げたい地元メディアは黙殺したのだろうか?
藤村個人よりも日本の考古学界の体質を非難する人もいて、「アカデミズムという虚構 旧石器遺跡捏造事件」というブログ記事は興味深い。英国のケースに比べると世界的影響力は皆無に近いが、捏造の本質は同じなのだ。間違いを隠蔽し、死守しようとする学界の姿勢は変わりない。
ウィキを見ると、5万年前とあります。クロマニヨン人の類との事。頭蓋骨上部はちゃんとした化石ですね。しかし、功名心とそう思いたい学会の思惑が一致して学問がおかしな方向に捻じ曲げられるのは、一個人の努力で修正できるものではないですね。日本の石器捏造も、学者感の反感や功名心、古い時代の人類の痕跡があって欲しいと言う学会の思惑が一致した結果ですし。ピルトダウン人は科学の進歩で捏造が発覚しましたが、石器事件の方は毎日のスクープがなければ、更に続いていたでしょう。
とは言うものの、シュリーマンのような素人が功名心で考古学上の多大な発見をする例もあるので、アマチュアでも無下に退けられないのも確かです。そして、シュリーマンの自伝も信用できない部分があり、様々な事象から真実に近づくのは大変だと思う次第です。
仰る通りwikiには「骨が5万年前のもの」とあります。しかし本書(初版2009年11月)にはせいぜい500年前の人骨と書かれています。海野氏が500年前と書いた根拠は不明ですが、おそらくwikiの方が正しいのでしょう。そのため記事の表現を変えました。
ピルトダウン人は関係者が死去しているため真相の究明はかなり難しいですが、石器事件はそうではないため捏造が知られることになりました。なぜスクープが朝日ではなく毎日だったのか、少し気になります。
素人でありながらトロイの実在を証明したシュリーマンは見事ですが、自伝には信用できない箇所もあったのですか。wikiの関連リンクで「鼻行類」という用語を初めて知りました。「架空の生物を実在するかのように考察した空想の生物学本。検証不可能で実在するかのような注釈付きで読者を戸惑わせる作品となっている」そうで、このような学本は功名心よりもイタズラに近いような。
どうにかなっても先史時代はごまかしが効いてしまう
から困りますね。
去年日本で従来の定説を大きく塗り替える
世界最古の漆器が出てきましたが(7000年前
揚子江付近が従来の最古 12000年前のものが
北海道で出土)あれを聞いた時も「神の手事件」
を想起しました。今回は大丈夫かなあ
いち早く新しい研究成果に触れられるメリットはありますが、自分の研究時間を削って行うことになるので、積極的にやりたいものではありません。
査読は、研究結果の正しさではなく研究プロセスの正しさを見るものなので、査読に通ったからといって結果の正しさが認められるわけではありません。
研究プロセスが正しければ(前提が明確で論理的であれば)、他者による追試が可能になるので、結果の正しさが証明または否定ができます。しかし、研究プロセスが間違っていれば、証明も否定もできません(=学術的価値がありません)。
これが査読の意味です。(勘違いしている人もいますが。)
だから、査読に通った論文については、自分の研究内容と矛盾しない(すなわち敵ではない)論文の内容を敢えて積極的に否定することはしません。(肯定もしませんが。)
学会の権威筋が認めた場合には特にそうです。(権威筋に無意味に楯突いて、自分の論文を落とされたらたまったものではない。)
だから、アウストラロピテクスのような矛盾する研究結果が出てくるまで、なかなか否定はされません。
ちなみに、ソーカル事件というものもあり、こちら「あえて」デタラメな論文を投稿したものです。
「神の手事件」。地元で起きた事件なので本当に情けない。事件発覚後、遺跡近くに住んでいた叔父が、「これほどの大騒ぎを起こしても罪に問うのは難しいのではないか?偽証罪にもならないかも」と言っていましたが、結局は起訴されませんでした。漆器ですが、今回こそホンモノであってほしいものです。
素人は査読の意味や実態を知らないので、ボランティアであること、研究結果の正しさではなく研究プロセスの正しさを見るものであることを初めて知りました。学会で権威筋に無意味に楯突けば、大変なことになるのは門外漢にも想像がつきますが。
ソーカル事件というものも初耳です。wikiに目を通しましたが、学術専門誌がソーカルのデタラメ論文をそのまま掲載したのは驚きました。これでは社会学者や思想家の権威は失墜しますよね。ソーカルのこの言葉は禿同!と言いたくなります。
「インチキ社会学は、インチキ科学と同様に、無用であるか、ひどい場合には有害でさえある」
いまだに平気で朝鮮半島伝来説を唱えているのは、ひょっとして阿呆よりも確信犯かも。連中が本当に信奉しているのは半島の研究機関で、何でも半島起源説を唱える同然の研究者もいることでしょう。