トーキング・マイノリティ

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オスマン・トルコの後宮事情

2006-10-26 21:18:31 | 読書/中東史
 男ならハレムを夢見ない者はいないだろう。女との付き合いに不足しないモテ男でも、さらに女を獲得したがるものだ。そんな男の夢を叶えられたのは中国やトルコの皇帝くらいだが、現代の庶民が想像したがる後宮の実態はどうだったのだろう?

 コンスタンティノープル(現イスタンブール)征服で有名な15世紀後半のメフメト2世や、全盛期のスレイマン大帝の時代でも後宮の女たちの数はおよそ3百人ほ どだったとされる。そのほとんどがアルバニア、ギリシア、グルジア、コーカサスの出身者で、トルコの後宮に入れられた経路は三つに大別される。第一は出生 地の領主からスルタンに献上された者、第二は海賊にさらわれて、海賊頭がスルタンに献上した例、最後はコンスタンティノープルの奴隷市場に売りに出されて いたのを、宦官頭に買われた場合だった。
 出身の違いはあっても、後宮の女たちは例外なくキリスト教徒の生まれであり、後宮に入った後イスラムに 改宗した女も多かったが、キリスト教徒であり続ける女も少なくなかったという。トルコ女性の奴隷は禁止されていたので、トルコ皇帝の後宮の女は非トルコ人 で占めていたとなる。

 後宮も階級性が厳しく、地位により厳然と分けられていた。最下層はまだスルタンの目に留まらず床を共にしたことの ない女たちだった。彼女たちは十人一部屋に同居させられ、狭い部屋の床にじかに寝る。次はスルタンの目に留まり、床を共にしたが子を与えられなかった女た ちが続く。最初の交渉で子を与えられなかった女は、それ以降は2度と同衾できない決まりになっていた。十人一組ではなかったが、彼女らも同居組みに入る。

  この上にくるのが、男女問わず子を産めた女たち。子を得てやっと専用の個室が持てた。ただ、この階級も二分されており、長男を産んだ女からはじまって4人 までが正妻とされる。正妻となってからは幾人かの専用の召使付きのアパルトマンに住むことが初めて許された。正妻たちの立場も皇太子の母以外は安定してお らず、寵妃と入れ換えられることも珍しくなかった。
 後宮の最高の地位はスルタンの生母が占めていた。奴隷の身分であっても、生母となれば別なのだから。

  3百人も美女がいたから、スルタンはさぞいつでもお楽しみだったと想像される方もいるだろうが、それに達するまでの「儀式」は複雑を極めていたそうだ。普 通の神経の持ち主なら、放り出したくなる手順が必要とされ、トルコの後宮と比較するのが恥ずかしいほど小規模な日本の大奥も、煩雑な「儀式」を経てやっと 徳川将軍は女と同衾できたのだから、後宮のしきたりはどこも大差ないらしい。

 トルコの後宮の女たちが着ていた衣装だが、肌も露わな絹の 薄物かと思いきや、これはスルタンに「展示」される時か指名後の御床入りに着ただけの「職業服」に過ぎなかった。コンスタンティノープルは夏でも海風で意 外に寒く、薄物どころか、キルティングという日本のどてらに似た綿入れの分厚い布地を重宝していた。キルティングを使った衣装を重ね着していて、コロコロ 着ぶくれていたのが実態である。普段はベールで顔を隠すこともなく、庶民の女と大して変わりない服を着ていた。ただし、後宮の地位により衣装の豪華さは 違っていたが。

 後宮にはさらに子供たちが加わる。男児でも幼少の頃は母親の手で育てられたので、多くの子供を持った場合は幼稚園並みに子供の声でワイワイうるさく、官能も何もなかったろう、と塩野七生氏は女性作家らしく鋭い指摘をされていた。同じイスラム王朝でも、インドのムガル朝は皇帝の戦いに後宮の女たちもついて行ったが、トルコでは避暑以外に首都を出られなかった。

  後宮の女たちには同性の他にも小姓というライバルがいた。小姓たちもまた、帝国から選りすぐりの美少年が集められていた。彼らは華麗な服をまとい、カー ネーション、水仙、ヒヤシンス、ローズ、といった名まで付けられていたという。美少年との同性愛は少しも非難されることではなく、美少年を集めた置屋もム ガル朝やサファヴィー朝ペルシア同様繁盛していたのだ。日本の犬公方も美童を集めていたそうな。同じ時代の西欧は同性愛に厳格だったが、東洋は寛容だった。

  トルコ共和国の時代になり、ケマル・パシャの命によりオスマン朝の後宮は廃止される。ケマルは囚われていた女性に自由を与える、と宣言したが、後宮の女た ちは自由の名の下で路頭に放り出されて辛酸を舐める。女性の地位向上に貢献したケマルは大の女好きで、オスマン皇帝とは比べ物にならないにせよ、女を入れ 換えるハレム同然の暮しをしていたという。

※参考:「イタリア遺聞」新潮文庫、塩野七生 著

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