トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

安易で無責任な・・・

2006-03-09 21:48:24 | 世相(外国)
 日本ではさしてニュースにもならなくなったが、ムハンマドの風刺画は依然として欧米とイスラム圏の衝突の原となっている。河北新報のコラム『現代の視座』で、3月3日に仏ルモンド・ディプロマティク総編集長、イニャシオ・ラモネ氏の論文「安易で無責任な他者のタブー攻撃」と題する論文が載った。

 ラモネ氏はムハンマドの風刺画をめぐる騒動を「バタフライ効果」に例えている。例えば米国で蝶が羽ばたきすれば、ある種の条件の下では羽ばたきは空気を 巻き上げてそよ風となり、さらに突風になる。突風はついに荒々しい台風になって日本の沖合いに迫るというもの。ラモネ氏の論文で面白いと感じた箇所を抜粋 する。

「横柄にも欧州のニュース解説者の多くは、表現の自由を盾にイスラム世界の抗議行 動を批判した。怒りに駆られてデモをする群集を時代錯誤で非科学的な人たちと決め付けた。フランスのメディアの中には、騒ぎの元となったこの風刺画を転載 するところもあった。転載に際しては絶好の言い訳を見つけた。フランスの読者にもこの漫画を見せることによって、表現の自由を擁護し、宗教的不寛容と戦う メディアの意志を挑発的な形で表明できるという訳だ。
 表現の自由が民主主義の原則だとしても、欧州においてイスラム教はいかなる意味でも表現の自由を侵す存在にはなってないという事実を忘れてはいけない。いま欧州で表現の自由の脅威となっているのは、むしろメディアの合併による寡占化や金銭の力による圧力、価値観の画一化なのだ…

 表現の自由を守るためにあえて危険を冒す勇気は、自らの文化的タブーに向けられた時、初めて本物になる。他者の文化にタブーを見つけ出して攻撃するのは安易だし、人種差別の非難を免れない。19世紀に海外植民地の住民の風俗を物笑いの種にした植民地主義者と同じだ。
  何故デンマークの新聞「ユランズ・ポステン」はムハンマドの風刺漫画を掲載したのか。この新聞は右翼勢力の中心的日刊紙で、同国最大の発行部数を誇ってい る…国民党(極右政党)のケアスゴー党首は以前から外国人排斥やイスラム嫌悪の立場を取っており、最近もイスラム教徒を悪性腫瘍と対比する発言をした。ユランズ・ポステンは反イスラムの論調を貫いていることで知られ、人種差別すれすれの記事をよく掲載している…

 これらの事態は欧州とイスラム諸国の双方が、それぞれ融通が利かず妥協を許さない社会なりつつあることを示している。ここに見られる「文明の衝突」は、まず何より過激主義同士の衝突なのだ」


 まず、「バタフライ効果」だが、これはあくまで仮説であり科学的な裏付けはない。「風吹けば、桶屋が儲かる」類に過ぎない程度の説だが、騒動は仮ではなく現実問題なので、この例えは不適切だ。
 ムハンマドの風刺画は明らかに欧州メディアの挑発だと私も思う。配慮が足りないというより、配慮するつもりもなかったのは明らかだ。だが、ラモネ氏が「欧州においてイスラム教はいかなる意味でも表現の自由を侵す存在にはなってない」というのは、悪魔の詩事件や オランダのゴッホ映画監督殺害事件を完全に忘れているか、事実を捻じ曲げているか、又はその両方である。そして脅威はむしろ欧州のメディアの寡占化という のは、完全なすり替え話だ。“イラスムへの侮辱”という曖昧な理由から殺人も辞さない過激な行為に対する擁護論にもつながる。犯罪に対する及び腰はメディ アとしての責務を放棄したも同じ。

 人種差別の言葉を繰り返しても差別などなくならない。むしろデンマークで右翼勢力の中心的日刊紙が最 大の発行部数を誇っている背景を探った方がよい。フランスにも極右政党はあるし、何故イスラム嫌悪が湧き上がるのか、根本的理由は単純だ。夥しい不法移民 とそれに伴う治安の悪化が何よりの原因なのは、卑しくも社会に向き合うマスコミなら知らぬはずがない。文面からラモネ氏は明らかに左派だが、彼らはこれま でどんな解決法を提示できたのか?異文化への理解と価値観の多様性を謳えども、昨年のフランス暴動の際には何も役立たなかった。不法移民の犯罪者への現地 人の嫌悪に対しても、“人種差別”と“偏見”の言葉を繰り返す安易で無責任な姿勢に徹していただけである。

 イランのアフマディネジャド大統領が皮肉たっぷりに、ホロコーストへの検証こそ欧州のタブーだ、と反論したが、これは正鵠を得ている。事実欧米のメディアは“反ユダヤ主義”と糾弾されるのを恐れ、ホロコーストへの検証など出来ない有様だ。Independent紙に興味深い記事が載っている。世界のあらゆるメディアに眼を光らせ、人権擁護を気取るユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センターはイスラエルは勿論、中国には批判を控える安易で無責任なメディア攻撃を繰り返す。

◆関連記事:「ムハンマドの風刺画

よろしかったら、クリックお願いします。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
わが身見直せ (mugi)
2006-03-11 21:08:00
こんばんは、Marsさん。



在日ムスリムも先日デンマーク大使館に向けてデモ行進をした映像を見た時は、私も嫌悪を感じましたね。バーミアン大仏破壊や香田君殺害の時はダンマリを決め込んでおきながら、虫がよすぎる。イスラム系サイトでは、大仏破壊を称賛する者までいました。

ラモネ氏はデンマークの極右党首や新聞は批判してますが、フランスの同類非難をおざなりなら、まさに自分自身が「安易で無責任な他者のタブー攻撃」の典型ですね。



実体など早々分からないから、イメージが先行されるのでしょう。偏見と決め付ける者こそが偏見の持ち主だったりする。「人のふり見て、わが身見直せ」と昔の人はいい事を言いましたが、逆にこれを実践する者が昔から少なかったのです。



敗戦にも係らず戦後にキリスト教に帰依した日本人が稀だったのは面白い現象です。神が唯一絶対神というのは砂漠生まれの一神教の発想ですね。遊牧民だから羊を生贄に捧げる。神も羊の生贄は喜んでもカインの捧げた農作物は見向きもしない。米と塩を捧げるのが日本。

多神教のヒンドゥーの神々は、日本よりずっと権威がありますが、やはり絶対者とは言い難いところがあります。



追伸

憲法改正反対者ブログも、同じラモネ氏の論文を取り上げてました。私と考えやスタンスがまるで違うので、比べてみるのも一興ですよ。

http://nasbon-planet.cocolog-nifty.com/planet/2006/03/post_8f5e.html
返信する
バッド・イメージ (Mars)
2006-03-11 13:57:43
こんにちは、mugiさん。



非キリスト教徒、非イスラム教徒の私から見ても、(風刺画が)多少配慮に欠けていたと思います。が、過剰な反応を見せたイスラム教徒の異常さだけが印象として残りました。人は自分の事を棚に上げて、他人を非難する生き物ですが、世界にはキリスト教徒、イスラム教徒だけが住んでいる訳ではありません。第三者の立場から見れば、「安易で無責任な他者のタブー攻撃」を論じたラモネ氏こそ、「安易で無責任」で、現実を見ていない(または見ていない振りをしている)と思います。



以前ご紹介いたしました、「ダメな人のための名言集」の著者、唐沢俊一はこういうコメントを残しています。

<人に限らない。国も企業も、世間は実体よりイメージを先行させる。>

宗教も、他国に住む外国人も同じだと思います。偏見の部分が全くない、とは思いませんが、悪いイメージを先行させる何らかの原因があるものです。襟を正さずに、「差別」を繰り返す。それにより、より悪いイメージができてしまう。他人を責める前に、自らを見直すことが肝要かと思いますが、実際は、そういう考えのない者がほとんどですね(こういう考え方をするのも、日本人的、といえるかもしれません)。



追伸、

キリスト教嫌いのエントリーで、興味あるサイトのご紹介、ありがとうございます。すべてを拝見したわけではありませんが、本当に興味深い内容ですね。特に、キリスト教的贖罪がいかに日本人の感性と異なるか、また、理解できないのか、よく分かりました。

(神という絶対者に生贄をささげることを日本人は理解できません。日本において、神は人と同じ世界に共存するもので、絶対者ではない。また、生贄を求める者を悪、それを退治するのは正義という感性は、ヤマタノオロチでもそうですね)

返信する