金瓶梅は三国志演義、水滸伝、西遊記と並び中国古典・四大奇書のひとつだが、よほどの中国文学愛好者でなければ、日本人で読まれた方は少ないだろう。私も未読であり、エロ小説のイメージが先行していた。この古典を紹介した新書『金瓶梅』(日下翠著、中公新書1312)を先日見たが、副題は「天下第一の奇書」となっていた。確かに他の四大奇書に比べると異色だが、現代に至るまでの中国社会や文化を最も色濃く反映した物語かもしれない。
英雄や豪傑が大活躍する他の奇書と決定的に違っているのは、金瓶梅が主人公・西門慶の家庭内の出来事を中心とする「飲食男女」、つまり日常生活を描いたことである。波乱万丈のストーリー展開はなく、朝何時に起き、どのような服を着て、髪をどのように整え、茶や食事の種類から宴会風景に至るまで、微に入り細に亘り妙を極めて記している。1章の中に食事の話が十数回も出たりすることもあるそうだ。第 34回の食事風景の一部にはこうある。
-まず四皿の料理と果物、その後また四つの盆がきました。それは真っ赤な秦州の家鴨の卵、曲がった胡瓜と遼東の金蝦(えび)のまぜ合わせ、よい香りの焼骨の油揚げ、鳥の脂身の蒸し物、二番目には四鉢のご飯のおかずで、一鉢は蒸した焼鴨、一鉢は水晶の様な豚の蹄、一鉢は白く揚げた豚肉、一鉢は炒めた肝臓。それが終わると、ようやく白磁の青い模様の皿に、紅い蒸し立てで湯気の立っている粕漬けの鰣魚(ひら)がきました。よい香りで美味、口に入れるととろけ、骨もひれも美味しいという代物…
思わず舌なめずりしそうな場面だが、作品の随所にこのような緻密な描写の繰り返しがあれば、読者には冗長でしちくどく感じられる。 中国の有閑階層の風俗を鮮やかに描いた作品といえ、飲み食いと請客(ちんこ・誕生祝をはじめ、毎月何回かの大小の宴会)が生活の全てらしい。17世紀前半に書かれた平戸オランダ商館日記を昔見た時、「スペイン人は衣装に金をかけ、中国人は宴会に、日本人は贈り物に金を使う」との言葉があったが、現代に至るまで民族気質は変わらないようだ。
日常生活における詳細な描写は食事のみならず、髪型や服装の色や柄、仕立て具合、性描写にも及んでいる。そのため中国本国では度々発禁対象とされ、『金瓶梅』中公新書が発行された1996年当時でも、読書が出来たのは一部の高い地位の学者だけだったそうだ。金瓶梅の題名は、西門慶の夫人や妾である潘金蓮、李瓶児、龐春梅の名前から一文字ずつ取って付けられており、主人公と女たちをめぐる色事の物語なのだ。金瓶梅の事実上のヒロインこそ潘金蓮であり、この物語によって妖艶な悪女の代名詞となる。
金蓮とは纏足した足を意味し、千年以上も続いた中国の奇習としてあまりにも有名。纏足は美の絶対条件であり、それをしない女は大足 として蔑まれ、結婚も出来なかったほど。単に足を布で縛れば纏足が完成するのではなく、凄絶な整形手術でもあった。まず女児が5~6歳 になると、親指を残し残りの指を足の後ろに向けて折り曲げ、布できつく巻き、糸で細かくかがる。当然激痛が伴い、女の子は昼夜泣き叫ぶが、それには構わず無理やり歩かせたりする。一段落後、更に指の付け根までも裏に折り曲げる。その後、骨が折れて固まり、形が落ち着くと、足はまるで小さな竹の子のようになる。
足が小さく、運動もままならぬので、その上の足のふくらはぎの部分、膝から下の箇所も筋肉はつかず、自然な成長が防げられた。脚は細い棒状になるが、それが当時の美の極致だった。纏足をすれば足だけでなく、歩き方、身のこなし、声の出し方にも影響してくる。日下翠氏は纏足について、巧みに表現されている。
-ろくに外出もせず、生涯自分の部屋から外に出ることもあまりない。これが当時の恵まれた女性の生活であった…纏足され、折り曲げら れた奇形の足はしっかり布に包まれ、細い棒のようなふくらはぎ共々、人目に曝されることは決してない。それが人目に曝されるのは閨房の中だけである。それはまるで女性にとっての恥部、いわばもう一つの人工の性器が出来たようではないか…
無抵抗な人工美の、下半身は少女のままの美女。自然にはありえない楽しみ方のできる人工の性器を持った女。男にとって、この世で最高の玩具ではないか。さすがは、この世のありとあらゆる快楽を追及した中国人。纏足とはまさしく中国人ならではの“芸術”であろう。
その②に続く
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英雄や豪傑が大活躍する他の奇書と決定的に違っているのは、金瓶梅が主人公・西門慶の家庭内の出来事を中心とする「飲食男女」、つまり日常生活を描いたことである。波乱万丈のストーリー展開はなく、朝何時に起き、どのような服を着て、髪をどのように整え、茶や食事の種類から宴会風景に至るまで、微に入り細に亘り妙を極めて記している。1章の中に食事の話が十数回も出たりすることもあるそうだ。第 34回の食事風景の一部にはこうある。
-まず四皿の料理と果物、その後また四つの盆がきました。それは真っ赤な秦州の家鴨の卵、曲がった胡瓜と遼東の金蝦(えび)のまぜ合わせ、よい香りの焼骨の油揚げ、鳥の脂身の蒸し物、二番目には四鉢のご飯のおかずで、一鉢は蒸した焼鴨、一鉢は水晶の様な豚の蹄、一鉢は白く揚げた豚肉、一鉢は炒めた肝臓。それが終わると、ようやく白磁の青い模様の皿に、紅い蒸し立てで湯気の立っている粕漬けの鰣魚(ひら)がきました。よい香りで美味、口に入れるととろけ、骨もひれも美味しいという代物…
思わず舌なめずりしそうな場面だが、作品の随所にこのような緻密な描写の繰り返しがあれば、読者には冗長でしちくどく感じられる。 中国の有閑階層の風俗を鮮やかに描いた作品といえ、飲み食いと請客(ちんこ・誕生祝をはじめ、毎月何回かの大小の宴会)が生活の全てらしい。17世紀前半に書かれた平戸オランダ商館日記を昔見た時、「スペイン人は衣装に金をかけ、中国人は宴会に、日本人は贈り物に金を使う」との言葉があったが、現代に至るまで民族気質は変わらないようだ。
日常生活における詳細な描写は食事のみならず、髪型や服装の色や柄、仕立て具合、性描写にも及んでいる。そのため中国本国では度々発禁対象とされ、『金瓶梅』中公新書が発行された1996年当時でも、読書が出来たのは一部の高い地位の学者だけだったそうだ。金瓶梅の題名は、西門慶の夫人や妾である潘金蓮、李瓶児、龐春梅の名前から一文字ずつ取って付けられており、主人公と女たちをめぐる色事の物語なのだ。金瓶梅の事実上のヒロインこそ潘金蓮であり、この物語によって妖艶な悪女の代名詞となる。
金蓮とは纏足した足を意味し、千年以上も続いた中国の奇習としてあまりにも有名。纏足は美の絶対条件であり、それをしない女は大足 として蔑まれ、結婚も出来なかったほど。単に足を布で縛れば纏足が完成するのではなく、凄絶な整形手術でもあった。まず女児が5~6歳 になると、親指を残し残りの指を足の後ろに向けて折り曲げ、布できつく巻き、糸で細かくかがる。当然激痛が伴い、女の子は昼夜泣き叫ぶが、それには構わず無理やり歩かせたりする。一段落後、更に指の付け根までも裏に折り曲げる。その後、骨が折れて固まり、形が落ち着くと、足はまるで小さな竹の子のようになる。
足が小さく、運動もままならぬので、その上の足のふくらはぎの部分、膝から下の箇所も筋肉はつかず、自然な成長が防げられた。脚は細い棒状になるが、それが当時の美の極致だった。纏足をすれば足だけでなく、歩き方、身のこなし、声の出し方にも影響してくる。日下翠氏は纏足について、巧みに表現されている。
-ろくに外出もせず、生涯自分の部屋から外に出ることもあまりない。これが当時の恵まれた女性の生活であった…纏足され、折り曲げら れた奇形の足はしっかり布に包まれ、細い棒のようなふくらはぎ共々、人目に曝されることは決してない。それが人目に曝されるのは閨房の中だけである。それはまるで女性にとっての恥部、いわばもう一つの人工の性器が出来たようではないか…
無抵抗な人工美の、下半身は少女のままの美女。自然にはありえない楽しみ方のできる人工の性器を持った女。男にとって、この世で最高の玩具ではないか。さすがは、この世のありとあらゆる快楽を追及した中国人。纏足とはまさしく中国人ならではの“芸術”であろう。
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というより、金瓶梅、てっとり早く読むなら、わたなべまさこの「金瓶梅」を推薦します♪
私は、文庫本の翻訳ものも、西門慶死後の女たちや婿など、金と色の世界をとってもシリアスで、しかもさっぱりと描いている部分がなかなかに面白いですね。金と権力を握った元奴隷の春梅が、タカビーな奥様に変身するところもスゴイ。
さて、唐突ですが、ご迷惑と知りつつ少し宣伝させてください。
新選組を愛する皆様へ
市谷柳町試衛館 中居と申します。
来る7月6日(日)
『so-ji 沖田総司 青春と終焉』と題しまして、
『沖田総司テーマの講演』『天然理心流演武』『殺陣』を
開催いたします。
大勢の方々にご来場いただければと思っております。
知人・友人・同士の皆様もお誘い合わせの上ご来場下さい。
なお、一応人数制限もありますので、メールで結構です。
ご予約を頂ければ幸いです。
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。
■詳細はこちらまで。
http://www.asahi-net.or.jp/~gd8s-nki/shieikan/
■お問い合わせ:nakai-linda@happy.email.ne.jp
圧力鍋もなしに、あの固い豚の頭骨を解かす料理まであったとは、さすが中華料理。焼き豚が食べたくなります。
私は原作未読なので詳細は分りませんが、書かれたのが明代なので、その時代の風俗がより反映されているのかも。不思議なのは成り上がりは早くとも、没落も早い中国社会です。
わー!わたなべまさこ!懐かしい~~
子供の頃、従姉妹がファンで、付き合いで「ガラスの城」を見ましたよ。これは英国貴族の物語でしたが、「金瓶梅」も描いていたとは初めて知りました。春梅の変身はいかにも中国らしい。呉月娘や孟玉楼に共感するのは、日本人的心情でしょうか。
>市谷柳町試衛館 中居さま
初めまして。コメントを有難うございました。
私も映画好きで、一時期ジャッキー・チェンのカンフー映画を結構見ていましたが、彼の出た映画『金瓶梅』は未だ未見です。
近所の某大手レンタルチェーン店にDVD『金瓶風月』がありましたが、これも『金瓶梅』が原作のポルノでした。
沖田総司をテーマとした講演会とは、面白そうですね。『天然理心流演武』を実際に見ると、迫力がさぞ違うことでしょう。