『君戀しやと、呟けど。。。』

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『羨望』前編

2009-09-06 08:54:27 | 作品b 【掌編】
 彼女は凡そ世の中の常識から、かけ離れた人だった。

 チェーン店を幾つも持つ会社の社長さんを父親に、所謂、いいとこ出の女性を母親に持ち、そして昨今の不景気にもかかわらず、お手伝いさんが三人もいる豪邸に住む。
 エスカレーターのお嬢様学校に幼稚舎から大学まで通い、就職することもなく家事手伝いの果てに、お見合い結婚して、やっぱりお金に囲まれた生活をするのだろうと思っていた。

 そんな彼女との接点は、彼女が乗り合わせたタクシーと私の跨る自転車が接触事故を起こしたからだ。
 軽い傷ができただけで「大したことはない」と言ったのに、彼女は私を自宅に連れて行った。
 もう驚いたのなんのって…

 簡単とはいえ傷の手当をしてくれて、お母さんと一緒に食事をご馳走になることに。
 でもナイフとフォークが出てくるような食事には縁がなかった。私は正直に「マナーが分からないから失礼する」と席を立った。

 お母さんは、明らかにほっとした表情を見せた。それが、はっきりと分かった。なのに…
 彼女、高遠詩織は、私の腕を取ると近所にあるからと屋台のラーメン屋に連れて行ったのだった。

「貴女って変わってる。どうしてお嬢様然としてないの!?」
 そう言ったら、彼女は可愛く首を傾げ、よく分からないと答えた。
「お金持ちのお嬢様っていう定義、変えなくちゃならないのかな」
「定義は知らないけれど、私はお金持ってないよ。お金持ちなのは両親だから」

 それこそが、私の卑しい考えを覆してくれる言葉そのものだった――。

                      【終わり】
                             著作:紫草
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