『君戀しやと、呟けど。。。』

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『羨望』後編

2009-09-07 08:56:02 | 作品b 【掌編】
 詩織といると、穏やかになる。
 気のきいた言葉が出てくるわけでなく、お笑いも理解不能な彼女。
 それでも少しでも一緒にいたいと思う。自分までが優しくなれるような気がするから。

 就職活動の真っ只中に出遭って、その後、何故だか詩織は私に連絡を取り続けた。絶対年下だと思ったのに、聞けば同い年だったことも親近感を持つ一因となった。
 そんな詩織は大学を卒業後、私のいう定義をあっさり覆し家事手伝いには納まらず、アルバイトながらスーパーのレジ打ちの仕事を始めた。
 当初こそ、お父さんは自分の店で働かせると言ったらしいけれど、今は応援してくれているそうだ。お母さんは働くことそのものに反対のままだったけど。

 そんななか詩織は五年バイトを続け、晴れて正社員になった。そして店舗を離れ、事務所へと職場を移しそこで彼と出逢った。
 そこでも、やっぱり彼女は私の定義とは間逆なことをした。
 彼には、すでに介護の必要な年老いた両親がいた。なのに、詩織はあっさりと家を出て行った。
 自分が働いたお金だけを持ち、文字通りその身一つだけで。

 お金持ちに憧れた私は、結局、お金に振り回されていたことに気付いた。
 今の詩織の笑顔には、心の底からの幸せを見るような気がする。
 彼を労わる言葉を、恥かしげもなく口にする詩織。
 でも、それが一番大切なことだと思う。言わなければ、伝わらない。自分の気持ちは代弁されるものじゃない。
 いつも何もかもが決められたなかに育った彼女が、唯一、学びとった真意だった。

 定義なんて、もうどうでもいい。
 やっぱり私は詩織の近くにいて、出来うるならば一生涯、彼女の生き様を見ていたい――。

                         【終わり】
                               著作:紫草
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