『君戀しやと、呟けど。。。』

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『ともしび』第二章 その弐

2018-06-05 08:55:45 | 小説『ともしび』
第二章 その弐

 東京と違って、こっちではまだ受験には時間がある。
 でも東京の受験は早い。塾のことにしても勉強のことにしても、二人はもっと早く言ってこいと、そして遅いとも言われた。

「清夜(せいや)はどうしたいんだ」
 魁(かい)が家を出ていった後、自分の部屋になった場所に二人を通した。言いたかったことを一通り話し終わると、月斗(つきと)が問いかけてくる。
「お正月にも聞いたけれど、あの時ははぐらかされた感じだったよな。自分の将来のために何をしたいのか、考えろ」
 言われていることの意味が、一瞬分からなかった。

 将来……
 義母の言葉の将来は、給料をもらうことが最優先だ。自分のために考えるなんて、今までなかった。
「清夜。もしお前にやる気があるなら、もっと早くから勉強はできただろ。どうして今なんだよ」
「勉強、嫌いだったから」
「当たり前だろ。勉強好きな奴なんか、どっか可笑しいんだよ」
 京音(けいと)は笑う。
「たださ。偏差値の低い学校に行きたくないと思ったら、勉強するしかないだろ」
 清夜は自分の愚かさに初めて気付かされた。

「けいちゃん。俺、そっちの家に行きたい」
 思わず、口をついて出た言葉に、自分自身が一番驚いた。
「あ。ごめん。今のなし」
 空笑いして誤摩化した。
 今更、どちらの家に引き取られたいかを議論するつもりはない。ただ、どちらの家に引き取られたかの結果は見るも無惨に現れてしまった。
 京音は勉強の意味を言う。魁はゲームと水族館と犬の話をする人だし、ヨリはサッカーとやっぱりゲームか。
 小学生の頃、夏休みや冬休みには京音と月斗がこっちに来ていて、清夜があっちの家に行くことはなかった。
 苦手意識があるわけじゃないけれど、今思うと、何故向こうに行くという話がなかったんだろう。
 駄目だ。何だか変な思考に入り込んでいくようだ。

「どういう意味?」
 月斗の顔が冗談で返せる雰囲気ではなかった。
「今更、なんだけど……」
 どうしよう。言葉が続かない。
「この際、大人の事情は無視してさ。どっちの家で暮らしたいか、言ってみ」
 京音があっさりと、そんなことを言う。月斗が驚いている。勿論、清夜もだ。
「京音。何言い出すんだよ」
 驚きすぎていて、月斗の口から京音を呼び捨てにするところを聞いてしまった。
 しかし京音は何も答えない。もしかしたら清夜が答えるのを待ってくれてる?
「俺は」
 勇気という言葉を脳裏に描いた。意志を告げるのには勇気がいるんだということも、初めて知った。
「そっちがいい」
「分かった」
 京音は部屋を出ていった――。

「月斗。けいちゃん、どこ行ったの?」
「知るわけないじゃん。それより!」
 いつからだ、と聞かれた。いつから、そんなふうに思っていたのかということだろう。
「正直言うと、さっきまで分かってなかった」
 ただ月斗をずっと見てて、年齢以上の差を感じることはあった。兄弟は清夜と月斗の筈なのに、全然違う。何が違うんだろうと思う。
 月斗と京音を見ていると羨ましいと思うことは多い。こっちは三人いるけれど、みんなバラバラで共通の話題なんてゲームだけだ。それも同じゲームで遊ぶわけじゃない。ただ、やってるゲームでどれだけ高い点を出したとか、レアアイテムをもらったとかだ。
 少し前にスターウォーズという映画の話を二人がしているのを聞いたことがある。二人で一緒に映画を観に行ったんだなと思った。
 伯父さんと伯母さんも含めて、みんなでその映画のシリーズを知っているらしく、家族全員で話が盛り上がっていた。
「一緒に行ってみたいな、なんて思ったりしたんだ。馬鹿みたいだろ」

「俺。初めて清夜の本当の言葉を聞いた気がする」
「何だよ、それ」
 二人して大笑いしたところに京音が戻ってきた。
「じゃ、清夜。とりあえず今週末まで学校休もうか。支度したら出るよ」
 京音の行動は早かった。
 あっという間に清夜は、月斗と一緒に京音の運転する車に乗りこんでいた――。

To be continued. 著作:紫 草 
 
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