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その参
当直の要請は、昨今珍しいことじゃない。
市立の病院では人手不足から、系列やツテのある病院の医師をアルバイトに雇うのである。
葛城水帆は医師である。
教授・助教授といった権力のある人間から「頼む」と言われてしまっては、葛城のような‘平社員’は行くしかない。
その日も大学病院の仕事を終えた後、比較的、自宅に近い市民病院のバイトへと出かけた。
専門は脳外科だが、救命救急のバイトが多いので万能タイプになりつある。
しかし、いずれ個人でやってゆくつもりの葛城はこのバイトが嫌いではなかった。救急は勉強になるからだ。
その日のうちに帰ることができる者、一晩様子をみる者、入院させる者、そして緊急オペに入る者。
専門の外科に連絡さえつけば助手に入ることも出来る。大学病院に送ったとしても経過を知ることができる。
いろいろな意味でバイトは有意義だった。
この夜、三度目の連絡が救急車から入り、サイレンが聞こえると臨戦態勢となる。
ストレッチャーを運びながら救命士の話を聞く。
「十代女性。近くにいた友人の話によると酒の席で突然倒れたようで、呼吸が弱かったため酸素吸入。バイタル安定。現時点では、これ以上は不明です――」
耳は話を聞いている。
看護師の的確な動きに、いつもと同じ空気を感じながらも葛城の思考は止まってしまっていた。
何故なら運びこまれた患者は、二ヶ月前に会った真帆だったから。
診れば、多分栄養失調といったところだと判った。
この物の溢れた時代に、栄養失調の女性は意外と多い。ダイエットによるものだ。
ただ葛城は違和感をもった。真帆はダイエットをするようなタイプには見えない。だいたい、その必要もないだろう。
点滴をしながら眠る彼女を控え室に戻ることなく見守る葛城に対し、看護師たちが不信感を抱く。
「悪いね。知ってる子なんだ。ここにいるから何かあったら呼んでくれ」
そう言って、カーテンを引く。
青白い顔。規則正しい呼吸にも顔色はなかなか良くならなかった。
あれから二ヶ月。彼女に何があったんだろう。
葛城は時折思い出していた、その真帆の頬に手を添える。少しだけひんやりと感じる頬、長いまつげ、そして色を失った唇。
その刹那。
こんなにも真帆に逢いたがっていた自分自身がいたことを初めて知った。
こんなに……
それは無意識に流れるほどの葛城の涙が、雄弁に物語っていた。
真帆を捜すべきだった。こんな姿になって病院に運ばれるくらいなら、お節介なオジサンで上等だったじゃないか。
何をカッコつけてたんだ。
次はない、と一線を引きながら未練を持っていたのは自分の方だったと思い知らされた。
静かに眠る彼女の横顔を、いつまでも眺めていたいと思った。
翌朝になっても真帆は眠ったままだった。仕方なく、伝言を頼んで勤務に向かう。
後ろ髪を引かれる思い、断腸の思い。
そのどれとも違う、一抹の不安を伴う離れがたい想いを残して。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙