第四章 その弐
やっぱり……
キツイな。向こうの家じゃ、こんな重い空気の中、話をしたことはない。
「帰るよ」
「そっか」
「それだけかよ。やっぱり離れると他人だな」
これじゃ本当にガキと一緒だ。
こっちが熱くなっても、売り言葉に買い言葉とはいかない。
「お前、こっちで何がしたいんだよ。俺さ、高校入る時、親と話したよ。義務教育は中学までで専門学校や就職を含めて自分の将来を大事にしろって」
もう子供じゃなくて、でも子供扱いされて、バイトのできる年齢だけれど、ちゃんとした就職ではないから社会的地位はない。
魁(かい)も、ヨリも高校に入った途端バイトを始め、遊びに出かける回数が格段に増えていく。着るものが派手になり、お金の使い方も変わっていった。
「手元に現金が入ると、人間が駄目になるからって言われてさ。俺は高校の時、バイト禁止だったよ」
思わず目を見張った。
あの頃、どうしてバイトをしないのかって義母さんが聞いていたことを憶えている。その時、高校側が禁止してるって話していた。
「学校が駄目ってことじゃなかったの?」
「それもあった。進学校だったし、なかには隠れてバイトしてる奴もいたけれどな」
そっか。義母さんにいろいろ聞かれないために、そう言ってたのか。寂しい話だけれど、金を稼ぐことが一番だからな、あの人は。
そこで、清夜(せいや)と改めて呼ばれた。
「帰る、と口にしたら俺は止めないし、一度口にしてしまったことは消えないんだ。その場の雰囲気や甘やかしてもらいたいだけで話をするのは止せ」
月斗の言葉の重みに押しつぶされそうになった。
魁やヨリと比べてはいけないんだろうけれど、でも差がありすぎる。伯母さんもだ。義母さんとは雲泥の差だ。
「じゃ、改めて聞くけれど、清夜はどうしたいんだ」
今度はちゃんと答えなきゃ、と思った。
「勉強したい。月斗やけいちゃんみたいに大学行きたい。将来、どんな仕事に就きたいとかは分からないけれど、でも二人を見ていると憧れる。そんな理由じゃ駄目かな」
「いいんじゃない。俺も高校は違うけど、大学はケイと同じとこ行きたくて、めっちゃ勉強したし」
「清夜君。今の話、ちゃんとおとうさんとおかあさんにできる?」
ずっと黙ってた伯母さんが問いかけてきた。
「やりたいことをする為には、話をするしかないんですよね」
伯母さんも月斗も黙って頷いた。
自分のことを話す。お義父さんともお義母さんとも、そんな話をしたことない。薄っぺらな家族だったんだな。
「今から東京の高校受験、間に合うかな」
月斗が伯母さんに聞いている。
「それは分からない。学校に連絡して願書を取り寄せたりする時間も要るから、でも勉強はできるでしょ。今までやってきていないの?」
伯母さんの言葉が、やっぱり突き刺さる。
「してるって言ってたけれど、本当はしてないです。高校行くのだって何となく行くって思ってただけで、義母さんにはお金のことしか言われなかったから、よく考えたこともなかったです」
そう言ったら、伯母さんは少しだけ不思議そうな顔をした。
「お金?」
「うん。義母さんはいつもお金がないってことしか言わないし、勉強も上二人にみてもらえって言うけれど、聞きに行っても教えてもらったことはないです」
ここまできたら正直に話す。何でも話す。そんなふうに思っていたら、
「え? 何で?」
と返ってきた。
「魁は就職した後は、もう勉強しなくていいから忘れたって言うし、ヨリには自分でやれって断られる」
そこで伯母さんが、分かりましたと言った。
「じゃ、来週までに学校のことは調べてみます。ここにいる間、二人に勉強みてもらったら? 多分、教えてくれるわよ」
そこまで話して伯母さんは、玄関入ってすぐ左にある部屋に行ったようだ。
「大変だったな。俺、お前の方が恵まれてると思ってたよ。おじいちゃんとおばあちゃんもいるし、兄弟三人になるわけだし」
そんなことを話し始めた月斗の声が聞こえたのか、京音(けいと)が部屋から出てきた。その姿を追いながら、月斗が彼の背に向かって声をかける。
「最初は大変だったよね」
「あゝ。月斗は長男らしい長男で、一人っ子の俺とは全然違ってた。苦労したと思うよ」
京音は、冷蔵庫から牛乳をマグカップに注いでいる。そのまま部屋に戻るかと思ったのに、その場に立ったまま話している。
「でも頑張ったんだよ。友だち作って班長とかやってさ。お父さんとお母さんって呼ぶのも早かった。母ちゃんはずっと呼び名なんて気にするなって言ってたのに。ただパパとママは血の繋がった両親、お父さんとお母さんは今の親って使い分けするようになったね」
「それは母ちゃんが、そうしようって言ってくれたんだ」
京音は清夜に話しているようにみえて、月斗にも話している。二人の距離の近さを痛感するしかなかった――。
やっぱり……
キツイな。向こうの家じゃ、こんな重い空気の中、話をしたことはない。
「帰るよ」
「そっか」
「それだけかよ。やっぱり離れると他人だな」
これじゃ本当にガキと一緒だ。
こっちが熱くなっても、売り言葉に買い言葉とはいかない。
「お前、こっちで何がしたいんだよ。俺さ、高校入る時、親と話したよ。義務教育は中学までで専門学校や就職を含めて自分の将来を大事にしろって」
もう子供じゃなくて、でも子供扱いされて、バイトのできる年齢だけれど、ちゃんとした就職ではないから社会的地位はない。
魁(かい)も、ヨリも高校に入った途端バイトを始め、遊びに出かける回数が格段に増えていく。着るものが派手になり、お金の使い方も変わっていった。
「手元に現金が入ると、人間が駄目になるからって言われてさ。俺は高校の時、バイト禁止だったよ」
思わず目を見張った。
あの頃、どうしてバイトをしないのかって義母さんが聞いていたことを憶えている。その時、高校側が禁止してるって話していた。
「学校が駄目ってことじゃなかったの?」
「それもあった。進学校だったし、なかには隠れてバイトしてる奴もいたけれどな」
そっか。義母さんにいろいろ聞かれないために、そう言ってたのか。寂しい話だけれど、金を稼ぐことが一番だからな、あの人は。
そこで、清夜(せいや)と改めて呼ばれた。
「帰る、と口にしたら俺は止めないし、一度口にしてしまったことは消えないんだ。その場の雰囲気や甘やかしてもらいたいだけで話をするのは止せ」
月斗の言葉の重みに押しつぶされそうになった。
魁やヨリと比べてはいけないんだろうけれど、でも差がありすぎる。伯母さんもだ。義母さんとは雲泥の差だ。
「じゃ、改めて聞くけれど、清夜はどうしたいんだ」
今度はちゃんと答えなきゃ、と思った。
「勉強したい。月斗やけいちゃんみたいに大学行きたい。将来、どんな仕事に就きたいとかは分からないけれど、でも二人を見ていると憧れる。そんな理由じゃ駄目かな」
「いいんじゃない。俺も高校は違うけど、大学はケイと同じとこ行きたくて、めっちゃ勉強したし」
「清夜君。今の話、ちゃんとおとうさんとおかあさんにできる?」
ずっと黙ってた伯母さんが問いかけてきた。
「やりたいことをする為には、話をするしかないんですよね」
伯母さんも月斗も黙って頷いた。
自分のことを話す。お義父さんともお義母さんとも、そんな話をしたことない。薄っぺらな家族だったんだな。
「今から東京の高校受験、間に合うかな」
月斗が伯母さんに聞いている。
「それは分からない。学校に連絡して願書を取り寄せたりする時間も要るから、でも勉強はできるでしょ。今までやってきていないの?」
伯母さんの言葉が、やっぱり突き刺さる。
「してるって言ってたけれど、本当はしてないです。高校行くのだって何となく行くって思ってただけで、義母さんにはお金のことしか言われなかったから、よく考えたこともなかったです」
そう言ったら、伯母さんは少しだけ不思議そうな顔をした。
「お金?」
「うん。義母さんはいつもお金がないってことしか言わないし、勉強も上二人にみてもらえって言うけれど、聞きに行っても教えてもらったことはないです」
ここまできたら正直に話す。何でも話す。そんなふうに思っていたら、
「え? 何で?」
と返ってきた。
「魁は就職した後は、もう勉強しなくていいから忘れたって言うし、ヨリには自分でやれって断られる」
そこで伯母さんが、分かりましたと言った。
「じゃ、来週までに学校のことは調べてみます。ここにいる間、二人に勉強みてもらったら? 多分、教えてくれるわよ」
そこまで話して伯母さんは、玄関入ってすぐ左にある部屋に行ったようだ。
「大変だったな。俺、お前の方が恵まれてると思ってたよ。おじいちゃんとおばあちゃんもいるし、兄弟三人になるわけだし」
そんなことを話し始めた月斗の声が聞こえたのか、京音(けいと)が部屋から出てきた。その姿を追いながら、月斗が彼の背に向かって声をかける。
「最初は大変だったよね」
「あゝ。月斗は長男らしい長男で、一人っ子の俺とは全然違ってた。苦労したと思うよ」
京音は、冷蔵庫から牛乳をマグカップに注いでいる。そのまま部屋に戻るかと思ったのに、その場に立ったまま話している。
「でも頑張ったんだよ。友だち作って班長とかやってさ。お父さんとお母さんって呼ぶのも早かった。母ちゃんはずっと呼び名なんて気にするなって言ってたのに。ただパパとママは血の繋がった両親、お父さんとお母さんは今の親って使い分けするようになったね」
「それは母ちゃんが、そうしようって言ってくれたんだ」
京音は清夜に話しているようにみえて、月斗にも話している。二人の距離の近さを痛感するしかなかった――。
To be continued. 著作:紫 草