『君戀しやと、呟けど。。。』

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short/『温もり』

2011-05-04 14:10:08 | ショートショート
 南風が吹くと、季節が変わる。
 ほんの少し前までの、寒風吹き荒ぶ、荒れ狂う冬の海は姿を消し去り、潮の流れさえも変わるように香りが季節を次へと運ぶ。
 窓辺に立つと、沈む夕陽が一面の海をオレンジ色に染めるのが見えた。

 ふわりと。
 背に温もりが。
 在る。

「何見てるんだ」
 彼の言葉に、視線の行方を変えることなく海とだけ答えた。
 真後ろに立つ彼の体温が、温もりを運ぶ。
「外、出てみようか」
 私が返事をする前に、手を引かれ海風の中にいた。

 断崖というほどではないけれど、少しだけ崖になっている処まで歩いた。
 一分一秒、陽が落ちてゆく。
 落陽。
 あたりのオレンジも少しずつ暗い色へと変化する。
 感傷的になっている自分がいた。

 刹那、風が舞い上がる。

 思わず髪とスカートの裾を両手で押さえた。
「パンツ見えちゃった」
 少し離れたところに立っていた彼が、おどけたようにそう言って近付いてきた。
 何を言っているんだか。
「そんな筈ないでしょ」
 ミニスカートじゃあるまいし。
「見えたって」
 それでも彼は譲らない。
「じゃ、何色だったか。言ってみ」

 にやり。
 そんな目をしたと思った。
「黒~」
 げっ。当たった。
 何故。
「み、見えるわけないじゃん」
「心の目で見てみました」
 私は、その答えに思わず彼に背を向けた。

 彼は再び、私の背の真後ろに立つ。
 温もり。
 暖かい。

 腕を回されると、すっぽりと隠れてしまう小さな私。
 あ。
 顎を頭に乗せるな。
 でも何となく、そのまま沈む夕陽を二人で眺めていた。たぶん。彼の視線は分からない。

「ね~」
「ん?」
「上向いて」
 顎をどけた彼に、体を預けるように下から見上げた。
 そこに視線があった。

 彼の瞳にあった、夕陽が消えた。
 残照のなかで、彼の顔が近付いてくる。
「外だよ」
「もう誰にも見えないよ」
 重なる唇が囁いた。
「別に見られても、気にしないし」

 もし私の命が消えても、忘れないで。
 そう言いたかった。
 でも、やめた。
 愛しい気持ちは届いていたから。
 だから自由でいて。

 そっと触れた唇にも、やはり彼の温もりは宿っている――。
                    【了】
                        著作:紫草


HP孤悲物語りより short/「温もり
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2 コメント

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すごく好きです^^ (ディー)
2011-05-06 23:24:25
はぁ、まさにこういうお話が書きたいのに、僕はまだまだそこまで到達していませんね^^;
すごく、そのワンシーンがロングになり寄せになりと映像でイメージできます。もしかしたら彼女は大病を患ってるのかな?すごく儚げだけど彼といることでしなやかで強い部分も見えてこれからの二人の愛のカタチもごく普通だけど太く強いものになると感じました。
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Re:ディーさんへ (紫草@管理人)
2011-05-07 00:49:58
 実際の文字数は、そんなに書いてはいないんですよ。
 でも、そんな風に思って戴けると嬉しいです。
 彼女の言葉をひとつひとつ拾っていくと、プロットが拡がっていきますよね。
 こちらも一人称ですので、書けない場面があります。その裏側にある場面を想像し膨らませて戴ければ幸いです。
 二人が、この先どんな時を過ごすのか。それは読者様それぞれが作って下さるものだと思っています。

 ありがとうございました。
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