恋人がいます。
そう宣言したのは、高校二年の夏休み。
返ってきたのは、止めろという言葉だけだった。
彼、良い人よ。
そりゃ、かなり年上で心配するのも分かるけれど、でも私の気持ちを尊重して。もう十七なんだから、自分のことは自分で決められる。
いつも優しくて、私のいうこと全部聞いてくれる父。でも今回は全然聞く耳を持ってくれない。
どうしてなの?
母が口煩いのはいつものことだけれど、今回は最初から喧嘩ごし。
まだ子供って、私にだけは言えない筈よ。だって両親が結婚したのは、二人がまだ高校生の時だったんだから。
学校さえなければ駆け落ちしたいくらい。
あ。
彼のところから通学したらいいんだ。
これ以上、話を聞いてくれないなら彼のところに行っちゃうからね。
彼、山中恭介は十二歳上の今年二十九歳。サラリーマンだからデート代に困ることもないし、私がどんなにかりかりしてても穏やかなの。
人間できてるねって言ったら若い頃に苦い経験をしたとかで、大人になるに従って品行方正になったと話す。一人暮らしだから何時に連絡しても大丈夫だし、お休みはいつ行ってもいいからって鍵をもらった。
出逢いは私のバイト先。その近所のコンビニによく買い物に来る人だった。
背が高くて、顔もかっこよくて、高校に入ったばかりの頃だったけれど一目惚れしちゃったの。
でも声なんてかけられないし、お客様との個人的な話は禁止になってる。たまに買い物に来てくれると、どきどきしながらちらっと見るの。凄く勇気が必要だった。
きっかけは忘れ物。お金払ったまま、商品置いて出て行っちゃって。私が走って追いかけた――。
母に、つきあってる人ができたら、すぐに教えてっていつも言われてたから。今年の春に連絡取り合うようになって、写真撮って見せたのに。
そうしたら、すぐに駄目って。どうせなら同じ高校生か、せめて大学生の人にしなさいって。
社会人だからダメって分からない。
きっと父なら応援してくれると思ったのに、何故だか今回は一緒になって止めておけって。
これじゃ連れてくる前に嫌われちゃうよ。ただでさえ、私は普通の女の子と違うのに……。
いつものお休みなさいのメールを送る。
ベッドの上で何にもしない時間が過ぎていく。
もしも一緒にいたら、こんなことしてる時も楽しいんだろうな。
恋人って言ってもいいですか。そう聞いた時、彼は少し驚いた顔をして、でもすぐにいいよって言ってくれた。
だからブラウスのボタンを外した。エッチなことじゃなくて、伝えなきゃいけないことがあるから。
私の左胸の上には傷痕がある。赤黒く盛り上がったケロイド状の火傷痕。
もう痛くないし、自分では鏡を見ないと全体を見られない。だから人が見て感じるほど、自分の中では醜いと思ったことはなかった。
その傷痕を、初めて怖いと思った。この傷があるせいで嫌われたらどうしようって。
彼は気にしない、と。そう笑いかけてくれて、ボタンをはめ直してくれた。
大人だよ。十年以上も生きてきた時間違うんだから。とことん優しいし、勉強も教えてくれる。
私、高校生活始まってすぐに彼を知って、本当に良かったと思ってる。
頭悪いって思われたくないから勉強も頑張れたし、身だしなみにも気をつけた。
最初にデートした時も、ちゃんとしてるって言われるだけで本当に嬉しかった。
こんなに大切なことなんだって気づいたのは最近だけれど、どこに連れて行っても恥ずかしくない子って大事なことだった。
どんな人と付き合っても、うちの両親だけは受け入れてくれると思ってた。
なのに……。
反対される交際ってどうなんだろう。
母は十七歳。父の十八歳の誕生月を待って結婚したって祖母は言う。
二人は中学で出逢って、ずっとつきあってて、それを許してくれた祖父母にとても感謝していることを知ってる。
立場が変わると、違うのかな。
親の立場になったら、社会人との交際は認められないの一点張りで、もう何も聞いてもらえないのかな。
返信のないスマホの画面を、私はいつまでも眺め続けていた――。
【了】 著作:紫 草