『君戀しやと、呟けど。。。』

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『愛しい想い』 Vol.9

2006-02-12 23:08:53 | 小説『愛しい想い』
「じゃ、お願いしますね」
 ランが、優一の左肩をポンと叩き、別のテーブルへと移動する。
 優一が、にやりとシニカルに笑うのが分かる。
 私は、下を向いたままだ。

「ランに何か云われたの?」
 優一の言葉は、やっぱり優しくて憎らしいと思った。
「ちゃんと話せって」
「そっか」
 優一は、そう返事をするものの、何かを話し始めるという気配はない。

 気まずい。。。
 思い切り、気まずかった。
 何を話せばいいのか、皆目見当がつかなかった。

「ねぇ」
「はい
 思い切り声が上ずってしまい、優一が笑い出した。
 もう好きなだけ笑ってくれ、そんな気持ちだった。

「簡単に話を戻そう。確かに、俺は魅子に別れると云った。それは事実だ」
 優一の言葉使いが‘僕’から‘俺’に変わった。
 それだけ云うと、注いであった気の抜けたビールを一気に飲み干す。

 次に大きな溜息をついた。内ポケットから煙草を取り出すと、口に銜える。ジッポのカシャ、っという独特の音がして、目の前に火が現れた。
 いつもの流れ。いつもしていたこと。
 でも私は思わず、後ろへ下がる。

 煙草は嫌い。ジッポの臭いも嫌い。そしてライターの炎も嫌いだった。

「あっ。ごめん、忘れてた」
 優一は慌てて灰皿に火を押し付ける。

 以前なら、それを当たり前のようになじっただろう。
 どうして、忘れるのかと。
 どうして、わざとらしく火を消すのかと。
 どうして、吸う前に聞かないのかと。

 今なら分かる。
 何も考えていなかったんだ。
 無意識。
 きっと優一にとって、煙草に火をつけるという行為に、意志はない。
 そう思えば、吸わないで、と素直に云えば良かった。
 いかにも、高飛車な態度で、言葉で、偉そうに怒鳴りつけるようなこと、しなければ良かった。

 自分の愚かさに、今更ながら腹が立つ。
 自分が情けなくて、涙が出てくる。
 私って、どうして、あんなに酷い女だったんだろう。
 優一とは釣り合わないって、噂される筈だよね。
 今になって、本当に自分のことが見えてきた。
 今更、気付いても遅いけど。。。

 はっと気付くと優一が、優しい顔で笑っている。
               To be continued
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