第八章 その肆
「二人は、武彦の子供です。ちゃんと兄弟じゃないの」
祖母の言葉に母が異を唱える。
「違います。特別養子縁組をしています。月斗(つきと)は実子として戸籍に載っています。この子は私の子どもです。でも清夜(せいや)君はそうはならない」
その時、祖母も叔母も不思議そうな顔をした。
刹那、月斗も、そして多分、京音(けいと)も気づいた。この人たちは知らないんだ。
母が続ける。
「清夜君は、こちらの養子ですよね。私はあの年、月斗が誕生日を迎えてしまうと六歳になってしまうから、大急ぎで手続きをしました。今、また養子として戸籍を移す必要はないと思います」
不可解な表情のまま、祖母が尋ねた。
「みやちゃん。その特別何とかって、何」
「えっ?」
今度は母の方が驚いている。
「母さん。多分、こちらではその手続きしてないんだと思うよ」
京音が、母の困惑を打ち消すように話をした。
そう。月斗が感じたように、やはり京音も気づいていた――。
母は父の顔を見る。相変わらずこの人は何も言わない。
「おばあちゃん」
いつものことだけれど、結局、京音が祖母に向かっても話をする形になる。そして彼は少し法律に詳しい。
「もしかして知らなかった? 特別養子縁組って、六歳未満の子供との実子として届けられる法律だよ」
それまでの少しギスギスしたような雰囲気が、京音が話すことで柔らかくなった。
祖母の眉間の皺も少しだけなくなったような感じだ。
「どうして実子になんてできるの? 月斗は武彦の子供ですよ」
祖母のその疑問で、清夜が本当に違うのだと分かってしまった。
本当の兄弟って何だろうな。
ただ紙の上の手続きの話だと思う。でも自分の中で、その手続きをしていてくれて本当によかったと思ってしまった。
清夜には悪いけれど、こんなにも違う道を歩いていたのだと改めて気づいた。
「裁判所に申し立てて認められると、実子として戸籍に載るんだ。でも戸籍謄本が必要になるなんて生涯で何回あるかってこと。俺の弟って言っていれば本当の兄弟で通せるんだよ」
「けいちゃんは、それをいつ知ったの?」
「中三の時に教えてもらった。月斗にも同じタイミングで話すって言ってたから、こいつも知ってると思う」
その言葉を受け、頷いた。清夜を見ると、寂しそうな顔をしていた。
暫くして祖母が清夜に謝った。
知らなかったことで二人の間に差ができてしまったと嘆いた。それでも、どちらも同じ孫だと付け加えた。
保険金のことといい、養子縁組のことといい、全てが違ってしまった。
数年前からの違和感は、人間本質の部分にあったのだと今なら分かる。
祖母は、どうして教えてくれなかったのだと母を責めるようなことを言ったが、これは清夜が止めた。
「自分の無知を、伯母さんに押しつけるな」
と言って――。
結局、清夜は奨学金を借りることを条件に大学進学を許された。東大はともかく、どこかの国公立を受けることは必須となった。
叔母の中には、魁(かい)やヨリとの差が歴然とあったということだ。清夜だけが進学することで、一人だけ我が儘を通すのだからアルバイトもしてお金を稼いで欲しい、という言い方をした。私立には行けないから、滑り止めを受ける必要はないとも。
この人は清夜の高校を見に、一度も来ることはなかった。今のままなら卒業式も来ないかもしれない。というか、その可能性の方が高い。
これまでも様々な行事には母が行っていた。清夜は最後くらいは叔母に来て欲しいと思うだろうか。そんなことを考えていたら、京音が清夜の方に向き直るのが見えた。
住民票は居候のままになる。京音が清夜に尋ねた。受験勉強はしてるんだろ、と。高校受験の時とは違い、勿論と彼は即答した。
京音は、それだけで十分だと笑ってみせた――。
「二人は、武彦の子供です。ちゃんと兄弟じゃないの」
祖母の言葉に母が異を唱える。
「違います。特別養子縁組をしています。月斗(つきと)は実子として戸籍に載っています。この子は私の子どもです。でも清夜(せいや)君はそうはならない」
その時、祖母も叔母も不思議そうな顔をした。
刹那、月斗も、そして多分、京音(けいと)も気づいた。この人たちは知らないんだ。
母が続ける。
「清夜君は、こちらの養子ですよね。私はあの年、月斗が誕生日を迎えてしまうと六歳になってしまうから、大急ぎで手続きをしました。今、また養子として戸籍を移す必要はないと思います」
不可解な表情のまま、祖母が尋ねた。
「みやちゃん。その特別何とかって、何」
「えっ?」
今度は母の方が驚いている。
「母さん。多分、こちらではその手続きしてないんだと思うよ」
京音が、母の困惑を打ち消すように話をした。
そう。月斗が感じたように、やはり京音も気づいていた――。
母は父の顔を見る。相変わらずこの人は何も言わない。
「おばあちゃん」
いつものことだけれど、結局、京音が祖母に向かっても話をする形になる。そして彼は少し法律に詳しい。
「もしかして知らなかった? 特別養子縁組って、六歳未満の子供との実子として届けられる法律だよ」
それまでの少しギスギスしたような雰囲気が、京音が話すことで柔らかくなった。
祖母の眉間の皺も少しだけなくなったような感じだ。
「どうして実子になんてできるの? 月斗は武彦の子供ですよ」
祖母のその疑問で、清夜が本当に違うのだと分かってしまった。
本当の兄弟って何だろうな。
ただ紙の上の手続きの話だと思う。でも自分の中で、その手続きをしていてくれて本当によかったと思ってしまった。
清夜には悪いけれど、こんなにも違う道を歩いていたのだと改めて気づいた。
「裁判所に申し立てて認められると、実子として戸籍に載るんだ。でも戸籍謄本が必要になるなんて生涯で何回あるかってこと。俺の弟って言っていれば本当の兄弟で通せるんだよ」
「けいちゃんは、それをいつ知ったの?」
「中三の時に教えてもらった。月斗にも同じタイミングで話すって言ってたから、こいつも知ってると思う」
その言葉を受け、頷いた。清夜を見ると、寂しそうな顔をしていた。
暫くして祖母が清夜に謝った。
知らなかったことで二人の間に差ができてしまったと嘆いた。それでも、どちらも同じ孫だと付け加えた。
保険金のことといい、養子縁組のことといい、全てが違ってしまった。
数年前からの違和感は、人間本質の部分にあったのだと今なら分かる。
祖母は、どうして教えてくれなかったのだと母を責めるようなことを言ったが、これは清夜が止めた。
「自分の無知を、伯母さんに押しつけるな」
と言って――。
結局、清夜は奨学金を借りることを条件に大学進学を許された。東大はともかく、どこかの国公立を受けることは必須となった。
叔母の中には、魁(かい)やヨリとの差が歴然とあったということだ。清夜だけが進学することで、一人だけ我が儘を通すのだからアルバイトもしてお金を稼いで欲しい、という言い方をした。私立には行けないから、滑り止めを受ける必要はないとも。
この人は清夜の高校を見に、一度も来ることはなかった。今のままなら卒業式も来ないかもしれない。というか、その可能性の方が高い。
これまでも様々な行事には母が行っていた。清夜は最後くらいは叔母に来て欲しいと思うだろうか。そんなことを考えていたら、京音が清夜の方に向き直るのが見えた。
住民票は居候のままになる。京音が清夜に尋ねた。受験勉強はしてるんだろ、と。高校受験の時とは違い、勿論と彼は即答した。
京音は、それだけで十分だと笑ってみせた――。
To be continued. 著作:紫 草