第八章 その参
清夜(せいや)が怒鳴った、その刹那、玄関の開く音が聞こえた。
きっと、母にも清夜の声が届いたのだろう。階段を駆け上がってくる。
しかし清夜の様子を見て、言葉を飲み込んだようだ。誰も何も言わないまま、暫く時が流れていった――。
「何をしてるの」
階段から祖母の声がして、父が支えながら上がってくるのが見えた。
ヨリも帰ってきたようで、祖父以外が二階に揃った。
清夜が落ち着くのを待つかのような時間があって、改めて祖母が口火を切った。
「清夜君。ごめんね」
祖母は二人で分けた筈のお金が何故ないのかを話してくれた――。
祖父は昔気質の人で、困っている友達を見ていられなかったのだという。突然、何の話だと思った。しかし話はちゃんと繋がっていく。その人の借金を肩代わりしたのだと。当時は仕事も順調で返済に困るとは思わなかったのだろう。
しかしリーマンショックの影響を逃れることはできなかった。早期退職組に入り、祖父は職を失った。叔父はもともとバイト扱いの給料制で、七人家族を養っていけるだけの金額をもらってはいなかったらしい。祖父の退職金は勿論出たが、借金返済には焼け石に水だった。
そこで、まず借金をなくそうと清夜の保険金から返済したのだという。
ところが祖父の友達という人が急死してしまった。
家族には内緒にしていたことらしく、その借金のことについて誰も何も知らされていなかった彼の家族たちは返す義務はないと言ってきた。あちらは弁護士を立て、正式に書類を送ってきたという。
祖父は叔父に対し、みっともないと怒りだし、その後誰も保険金についての話をしなくなった。そして清夜が高校に入ると今度は叔父が亡くなる。
祖父母の入院通院費もあり、清夜を私大に行かせるお金はないというのだった――。
「いっそ、お義兄さんに清夜を引き取ってもらった方がいいと思うんです。月斗(つきと)君と一緒にいられるし」
「無理よ!」
叔母の言葉を遮るように母が大きな声を出す。珍しいことだ。
「清夜君は、月斗と一緒ではありません。彼は一緒に暮らしても、あくまでこちらの子でしょ」
母の剣幕のような言葉に祖母が言う。
「将人も亡くなったし事情が変わったの。みやちゃんにお願いしたいわ」
宥めるような感じで両親に向かって話す祖母に母が首を振った。
「ただ暮らすだけなら、これまでと同じです。でも引き取るということは養子になるということです。月斗と兄弟にはなれません」
そこで一度、言葉を切って母は清夜に向き直る。
「月斗は京音(けいと)と兄弟で、清夜君は養子にしかなれない。それなら今まで通り預かっている方がいいと思わない?」
清夜は、言われている内容を把握できないのだろう。ただ引き取るのが嫌なんだと受け取っているようにも見える。
母は清夜の言葉を待っていたが、先に祖母が尋ねてきた。
「どう違うの。月斗も養子でしょ。二人はちゃんと兄弟じゃないの」
祖母の声音に怒りが含まれているようだ。
こんな話をしていても、父は何も言わない。
叔母は会話に参加することを放棄したように、一人テレビを見ている。
誰が、この先を話すのだろう。母か、京音か。どちらにしても自分は何かを言う立場でないことだけが確かだった――。
清夜(せいや)が怒鳴った、その刹那、玄関の開く音が聞こえた。
きっと、母にも清夜の声が届いたのだろう。階段を駆け上がってくる。
しかし清夜の様子を見て、言葉を飲み込んだようだ。誰も何も言わないまま、暫く時が流れていった――。
「何をしてるの」
階段から祖母の声がして、父が支えながら上がってくるのが見えた。
ヨリも帰ってきたようで、祖父以外が二階に揃った。
清夜が落ち着くのを待つかのような時間があって、改めて祖母が口火を切った。
「清夜君。ごめんね」
祖母は二人で分けた筈のお金が何故ないのかを話してくれた――。
祖父は昔気質の人で、困っている友達を見ていられなかったのだという。突然、何の話だと思った。しかし話はちゃんと繋がっていく。その人の借金を肩代わりしたのだと。当時は仕事も順調で返済に困るとは思わなかったのだろう。
しかしリーマンショックの影響を逃れることはできなかった。早期退職組に入り、祖父は職を失った。叔父はもともとバイト扱いの給料制で、七人家族を養っていけるだけの金額をもらってはいなかったらしい。祖父の退職金は勿論出たが、借金返済には焼け石に水だった。
そこで、まず借金をなくそうと清夜の保険金から返済したのだという。
ところが祖父の友達という人が急死してしまった。
家族には内緒にしていたことらしく、その借金のことについて誰も何も知らされていなかった彼の家族たちは返す義務はないと言ってきた。あちらは弁護士を立て、正式に書類を送ってきたという。
祖父は叔父に対し、みっともないと怒りだし、その後誰も保険金についての話をしなくなった。そして清夜が高校に入ると今度は叔父が亡くなる。
祖父母の入院通院費もあり、清夜を私大に行かせるお金はないというのだった――。
「いっそ、お義兄さんに清夜を引き取ってもらった方がいいと思うんです。月斗(つきと)君と一緒にいられるし」
「無理よ!」
叔母の言葉を遮るように母が大きな声を出す。珍しいことだ。
「清夜君は、月斗と一緒ではありません。彼は一緒に暮らしても、あくまでこちらの子でしょ」
母の剣幕のような言葉に祖母が言う。
「将人も亡くなったし事情が変わったの。みやちゃんにお願いしたいわ」
宥めるような感じで両親に向かって話す祖母に母が首を振った。
「ただ暮らすだけなら、これまでと同じです。でも引き取るということは養子になるということです。月斗と兄弟にはなれません」
そこで一度、言葉を切って母は清夜に向き直る。
「月斗は京音(けいと)と兄弟で、清夜君は養子にしかなれない。それなら今まで通り預かっている方がいいと思わない?」
清夜は、言われている内容を把握できないのだろう。ただ引き取るのが嫌なんだと受け取っているようにも見える。
母は清夜の言葉を待っていたが、先に祖母が尋ねてきた。
「どう違うの。月斗も養子でしょ。二人はちゃんと兄弟じゃないの」
祖母の声音に怒りが含まれているようだ。
こんな話をしていても、父は何も言わない。
叔母は会話に参加することを放棄したように、一人テレビを見ている。
誰が、この先を話すのだろう。母か、京音か。どちらにしても自分は何かを言う立場でないことだけが確かだった――。
To be continued. 著作:紫 草