幾星霜。
桜の樹に宿り、人を見送る。
我、桜が精霊にあり。
* * *
言葉は残酷。
たった一言…
たった一言の告げ口だった。
決して、彼を失脚させるつもりじゃなかった。
彼の名で公表される、私の作品達。
いつも手柄を取られてしまうようで、もう我慢の限界だった。
だからこそ、一言だけ。それも打ち上げの席で、直接は関わりのない人に告げた言葉だった。
『私の署名は塗りつぶされているの』
翌日、TVのリポーターと名乗る人が大勢やってきた。
そして私の作品を、彼が「贋作」と発表したと言う。
贋作なんて描いてない。
彼がテーマを決める。
子供というテーマなら、風船を。恋人なら、キスシーンを。そして春なら、桜並木を描いた。
最も新しい作品は、近所にある桜の古木だった。
それは大好きな桜の木だったから、どうしても自分のサインを残したいと頼んだ。
でも彼は、許してくれなかった。
絵描きは、どんな作品にも自分のサインを残す。たとえ気付かれることがなくとも、キャンバスにサインを入れる。
それが作家の意思表示だと、かつて同じ絵描きだった祖父が言っていた。
だから私もサインを残した。上から油絵の具で塗りつぶし、誰かの目に触れることがなくとも…。
しかし贋作と発表された作品は、もう二度と正当な評価は得ない。
大好きな桜の古木が最后の作品になった。
もう自分を守る術がなかった――。
* * *
絵を描くことが、大好きな女の子が居た。
後の調査で、絵の下から彼女の署名が発見された。
技術の進歩は、真の画家の命を救ったのだ。
その事実を知ることもなく彼女が縊れて逝ったのは、桜の蕾が一斉に花開いた夜である。
我は、またしても幼気な少女を見送ることしかできなかった。
その年の桜は、少女の気持ちを儚んでか。散り急いだ少女のように、一夜限りで終わった…。
【了】
著作:紫草
*追記
ホームページで壁紙がつくと、こんな感じに変身。
short『桜の樹に宿る精霊』1/孤悲物語り
桜の樹に宿り、人を見送る。
我、桜が精霊にあり。
* * *
言葉は残酷。
たった一言…
たった一言の告げ口だった。
決して、彼を失脚させるつもりじゃなかった。
彼の名で公表される、私の作品達。
いつも手柄を取られてしまうようで、もう我慢の限界だった。
だからこそ、一言だけ。それも打ち上げの席で、直接は関わりのない人に告げた言葉だった。
『私の署名は塗りつぶされているの』
翌日、TVのリポーターと名乗る人が大勢やってきた。
そして私の作品を、彼が「贋作」と発表したと言う。
贋作なんて描いてない。
彼がテーマを決める。
子供というテーマなら、風船を。恋人なら、キスシーンを。そして春なら、桜並木を描いた。
最も新しい作品は、近所にある桜の古木だった。
それは大好きな桜の木だったから、どうしても自分のサインを残したいと頼んだ。
でも彼は、許してくれなかった。
絵描きは、どんな作品にも自分のサインを残す。たとえ気付かれることがなくとも、キャンバスにサインを入れる。
それが作家の意思表示だと、かつて同じ絵描きだった祖父が言っていた。
だから私もサインを残した。上から油絵の具で塗りつぶし、誰かの目に触れることがなくとも…。
しかし贋作と発表された作品は、もう二度と正当な評価は得ない。
大好きな桜の古木が最后の作品になった。
もう自分を守る術がなかった――。
* * *
絵を描くことが、大好きな女の子が居た。
後の調査で、絵の下から彼女の署名が発見された。
技術の進歩は、真の画家の命を救ったのだ。
その事実を知ることもなく彼女が縊れて逝ったのは、桜の蕾が一斉に花開いた夜である。
我は、またしても幼気な少女を見送ることしかできなかった。
その年の桜は、少女の気持ちを儚んでか。散り急いだ少女のように、一夜限りで終わった…。
【了】
著作:紫草
*追記
ホームページで壁紙がつくと、こんな感じに変身。
short『桜の樹に宿る精霊』1/孤悲物語り