97 マスタング・ランチ(半野生馬を駆って行うゲーム)
ごくたまに例外はあるが高級軍人は乗馬ができる。マスタングは乗馬の名手でことに暴れ馬の扱いがうまかった。
『さすがマスタングの名に恥じぬ』と軍の大会で優勝したときはからかい混じりに大総統に賞賛されている。(マスタングとは半野生馬という意味である)
今回のイシュヴァール人狩に軍人30人は馬を使った。車では狭い路地の多いこの街を自由に走り回れない。カッカッというひずめの音が石畳に響く。
馬はもともとこの基地に飼われていた軍馬である。
軍人達は街のあちこちに身を潜めたイシュヴァール人を追い詰めて捕らえていく。
イシュヴァール人の多くは抵抗すらしなかった。もともと栄養不良で抵抗できるだけの体力に欠けることがひとつの理由。もうひとつは女が起こした殺人をきっかけに閉じ込められていたテント広場からばらばらに逃げただけで、暴動を起こすにたるスカーのようなタイプの指導者がいなかったこと。
時折起きる血なまぐさい事件は食料ほしさに地元グループの家を襲った強制収用グループの者が殺したり殺されたりされているため。
「こう無抵抗ではつまらんなぁ」
4日目の夜、酒を酌み交わしながら術師たちは自分の獲物の数を自慢しあっている。
今のところダントツでロイが優勝である。
「やはりじゃじゃ馬鳴らしに関してはマスタング准将の右に出るものはおりませんね」
「馬も女もでしょう」
「まったくだ」
他の術師がのんびり酒を楽しんでいる間ロイは収容所所長を相手に狸になっていた。
「この収容所は貴重な資源を保存しているのだからきちんと管理してもらいたい。むやみに死なれては管理責任を問われる」
要するに軍の研究資源や鉱山で使い捨てにするための労働資源を守るためイシュヴァール人の管理体制を変えろと要求した。具体的には食料供給を増やし、医療を与え、テント生活をやめさせるなど生活環境を改善せよである。
軍人であるロイにはこれ以外の言い方は許されない。
どういう表現であろうと理不尽な死を一つでも減らせればそれでいい。
そのために原因になったあの女だけは処刑せねばならない。
イシュヴァール人は死後大地の神イシュヴァラの懐に帰るため土葬が原則である。よほどの罪人で無い限り火葬はされない。あのイシュヴァール戦でロイが特に憎まれたのもその理由もあった。
「あの女は明日公開火刑する。そこそこいい女だったから特別に私が燃やしてやろう」
マスタングは所長の前で鮮やかな笑顔を作る。
マスタングの狙いはキャンプのイシュヴァール人の憎しみを自分に集めることだった。
今回の騒ぎの原因は民族内部の差別にあるといえた。それを乗り越えるほどの憎悪の対象を与えることによって事態を改善しようとしていた。リスクは承知の上である。
所長室に兵士が駆け込んできた。
<イシュヴァール人に慢性砒素中毒者が大量に発見された。どうやら原因はある女です。>
兵士は報告する。マスタングは無言でそれを聞いた。
階級は同じでもキャンプのことは所長の管轄である。
彼がどういう指示を下すのか、マスタングが動けるのはそれからである。
だが無能所長は何の手も打たなかった。
そして翌日強制収用グループの手でその女は切り刻まれた。
マスタングは一切口を出さなかった。
「膿を出す必要がある」。
アームストロングにだけ告げた。それはアームストロングに対して今回は余計な手を出すなという命令であった。
アームストロングが狩の獲物とされたイシュヴァール人達に「怪我をさせたくないので抵抗しないように」と説得してまわっていたのをロイは知っている。その説得の中で手作りのナイフを手にした赤い目の男達10数人に囲まれたことも1度や2度ではない。アームストロングがその気になればたとえ錬金術無しでも5分とかからず彼らをひき肉状態にすることはたやすい。しかし、アレックスはまったく抵抗せずただ説得を続けるだけだった。
「我輩もあの殲滅戦に行った。もうこれ以上の犠牲を生みたくないのだ。諸君の今後の生活については我が家の名誉にかけて保障する。抵抗せず捕らえられて欲しい」
説得の中で暴発した女が包丁を逆手に体当たりした。
アームストロングは1歩も動くことなく受け止めた。
厚い生地の軍服を切り裂き、その下の絹のシャツを切り裂き、日焼けした張りのある皮膚と鍛え抜かれた筋肉を1センチ切って包丁は地面に落ちた。
切りつけた女は自分がしたことに驚きおびえ座り込んだ。
地面にしみが広がる。失禁したようだ。
アームストロングは特大サイズの上着で女を地面ごと隠した。
見られたくは無いだろうという心遣いである。
虚脱した女を近くにいたイシュヴァール人に預けると彼は基地に戻り一人で傷口を縛り上げた。
同じ軍人達に知られると無血で捕らえるという目的が達成できなくなるからだ。
その日青い大きな軍服をかぶった女を中心に80人が自分から捕らえられに来た。
ごくたまに例外はあるが高級軍人は乗馬ができる。マスタングは乗馬の名手でことに暴れ馬の扱いがうまかった。
『さすがマスタングの名に恥じぬ』と軍の大会で優勝したときはからかい混じりに大総統に賞賛されている。(マスタングとは半野生馬という意味である)
今回のイシュヴァール人狩に軍人30人は馬を使った。車では狭い路地の多いこの街を自由に走り回れない。カッカッというひずめの音が石畳に響く。
馬はもともとこの基地に飼われていた軍馬である。
軍人達は街のあちこちに身を潜めたイシュヴァール人を追い詰めて捕らえていく。
イシュヴァール人の多くは抵抗すらしなかった。もともと栄養不良で抵抗できるだけの体力に欠けることがひとつの理由。もうひとつは女が起こした殺人をきっかけに閉じ込められていたテント広場からばらばらに逃げただけで、暴動を起こすにたるスカーのようなタイプの指導者がいなかったこと。
時折起きる血なまぐさい事件は食料ほしさに地元グループの家を襲った強制収用グループの者が殺したり殺されたりされているため。
「こう無抵抗ではつまらんなぁ」
4日目の夜、酒を酌み交わしながら術師たちは自分の獲物の数を自慢しあっている。
今のところダントツでロイが優勝である。
「やはりじゃじゃ馬鳴らしに関してはマスタング准将の右に出るものはおりませんね」
「馬も女もでしょう」
「まったくだ」
他の術師がのんびり酒を楽しんでいる間ロイは収容所所長を相手に狸になっていた。
「この収容所は貴重な資源を保存しているのだからきちんと管理してもらいたい。むやみに死なれては管理責任を問われる」
要するに軍の研究資源や鉱山で使い捨てにするための労働資源を守るためイシュヴァール人の管理体制を変えろと要求した。具体的には食料供給を増やし、医療を与え、テント生活をやめさせるなど生活環境を改善せよである。
軍人であるロイにはこれ以外の言い方は許されない。
どういう表現であろうと理不尽な死を一つでも減らせればそれでいい。
そのために原因になったあの女だけは処刑せねばならない。
イシュヴァール人は死後大地の神イシュヴァラの懐に帰るため土葬が原則である。よほどの罪人で無い限り火葬はされない。あのイシュヴァール戦でロイが特に憎まれたのもその理由もあった。
「あの女は明日公開火刑する。そこそこいい女だったから特別に私が燃やしてやろう」
マスタングは所長の前で鮮やかな笑顔を作る。
マスタングの狙いはキャンプのイシュヴァール人の憎しみを自分に集めることだった。
今回の騒ぎの原因は民族内部の差別にあるといえた。それを乗り越えるほどの憎悪の対象を与えることによって事態を改善しようとしていた。リスクは承知の上である。
所長室に兵士が駆け込んできた。
<イシュヴァール人に慢性砒素中毒者が大量に発見された。どうやら原因はある女です。>
兵士は報告する。マスタングは無言でそれを聞いた。
階級は同じでもキャンプのことは所長の管轄である。
彼がどういう指示を下すのか、マスタングが動けるのはそれからである。
だが無能所長は何の手も打たなかった。
そして翌日強制収用グループの手でその女は切り刻まれた。
マスタングは一切口を出さなかった。
「膿を出す必要がある」。
アームストロングにだけ告げた。それはアームストロングに対して今回は余計な手を出すなという命令であった。
アームストロングが狩の獲物とされたイシュヴァール人達に「怪我をさせたくないので抵抗しないように」と説得してまわっていたのをロイは知っている。その説得の中で手作りのナイフを手にした赤い目の男達10数人に囲まれたことも1度や2度ではない。アームストロングがその気になればたとえ錬金術無しでも5分とかからず彼らをひき肉状態にすることはたやすい。しかし、アレックスはまったく抵抗せずただ説得を続けるだけだった。
「我輩もあの殲滅戦に行った。もうこれ以上の犠牲を生みたくないのだ。諸君の今後の生活については我が家の名誉にかけて保障する。抵抗せず捕らえられて欲しい」
説得の中で暴発した女が包丁を逆手に体当たりした。
アームストロングは1歩も動くことなく受け止めた。
厚い生地の軍服を切り裂き、その下の絹のシャツを切り裂き、日焼けした張りのある皮膚と鍛え抜かれた筋肉を1センチ切って包丁は地面に落ちた。
切りつけた女は自分がしたことに驚きおびえ座り込んだ。
地面にしみが広がる。失禁したようだ。
アームストロングは特大サイズの上着で女を地面ごと隠した。
見られたくは無いだろうという心遣いである。
虚脱した女を近くにいたイシュヴァール人に預けると彼は基地に戻り一人で傷口を縛り上げた。
同じ軍人達に知られると無血で捕らえるという目的が達成できなくなるからだ。
その日青い大きな軍服をかぶった女を中心に80人が自分から捕らえられに来た。
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