うそつき1
早朝にラッセル・トリンガムは旅立った。南方のゼノタイムに戻るはずの彼の姿は北への特急にあった。
先行したアメストリス軍を追って北の戦場に着いたのは太陽があらゆるものの影を伸ばし始まるころ。
「ラッセル・トリンガム、着任いたしました」
「よかろう。着任を認める」
命令書を受け取っていた他の部下の姿が消えると、ルイ・アームストロングの口調が変わった。
「ラッセル、エドワード・エルリックには何と言ってきたのだ」
「ゼノタイムに戻ると」
「(まったくこの子は平気な顔でうそを言うからな) じきに気づくぞ」
「ばれないうちに戻りますよ。この戦場を(俺が)勝たしてね」
前髪をわずらわしげにかきあげながら答える。
「自信家だな」
「追い詰められないと決断できませんからね。だから追い詰めるんです」
「悪趣味だな」
( この様子ではもうこの子は十分に追い詰められている。これ以上無理を続けさせると
壊れる。ましてこれが本当の初陣だ。銃撃の音にはたして耐えられるか?できることならこの子達だけは戦場に来させたくなかった。まして、この子の本性は『すくい手』だ。この子に人が殺せるのか?もしこの子がここで壊れるようなことになったら(ペルシオ)アース殿にどう言って…)
「大佐?」もの問いたげなラッセルの声に自分が長く沈黙していたことを知った。
「いや、よい。
ここでは我輩と同室だぞ」
「…ハイ・・・」
「不満か」
「…いえ、しかしまた噂になりそうですね」
「最南端基地のようにか。かまわん。戦場でのその手の噂は娯楽のうちだ」
(この子にはとても言えないがな、我輩との噂でほかの連中を牽制できればそれで良い)
「ラッセル明日早朝に第一陣を出す」
「ルイ」
「軍にいるときはその呼び方はやめるんだ」
「はい、大佐」
ラッセルはめったに見せない目的意識のない笑顔を見せた。彼の穏やかな微笑を見るものは多いが計算されてない表情を見るものは少ない。
「我輩が先か」
自分が先にラッセルを名前で呼んでいたことにルイ・アームストロングは気づく。
「まぁ、よかろう。ところでラッセル」
南方のゼノタイムに帰ると言ったためか、この豪雪地帯に来るのに彼はコート一枚しか着ていない。
「(手のかかる子だ) 着ていろ」
椅子に掛けていた厳冬用のコートを羽織らせる。
「大佐のでしょう」
脱ぎかけるのを包み込むようにもう一度コートでくるみ手早くベルトを締める。
「着ていろ。風邪を引く」もう一度言い、ついいつもの習慣で頭をなぜた。
司令室を出る。室内は燃え盛る暖炉の炎のお陰で暖かかあったが、外は2メートルを越す大雪である。
「こんな真っ白い場所で殺し合いか」
ラッセルのイメージに白い雪に横たわる金の髪の女がふいに浮んだ。女の片足には大量の鮮血がある。
ピクッ。
痙攣するように身体を振るわせた。
(なんだ?今のイメージ。記憶?いや、こんな記憶有るはずがない)
悪寒がする。暖かな厳冬地用コートを着ているのに震えが止まらない。
(兵にでも見られるとまずい。部屋に戻ろう)
部屋に戻っても震えは止まらない。司令官の居室とされたそこは十分暖かいのに、悪寒を感ずるばかりである。
汽車でろくに眠れなかった分眠っておかなければならない。軍では必要に応じて眠るのも仕事のうちである。しかし、目を閉じると先刻のイメージがまた浮んでくる。(こんな大雪は今まで見たこともないはずなのに)
ラッセルはずっとセントラルを含めた雪の少ない土地にいた。
彼の記憶にはなかった。5年前、ある町で100年に1度の大雪が降ったこと。その日町は暴徒の襲撃にあいそして・・・。
(母さんが亡くなったのはいつだったか?)
奇妙なことにラッセルの記憶の中では父の姿だけが鮮やかに残り、母は水煙の中にいるかのようにぼんやりと霞んでいた。以前にヒーラー(錬金術師専用の精神科医)に母親と何かあったのかと訊かれたことがあった。そのときもラッセルはあまり覚えていないとしか答えられなかった。
(いまさらだな。感傷に浸っていられる場合でもあるまい)
明朝はブイエの思惑通り前線である、そうラッセルは思っていた。
(これが本当の初陣か)
ため息が一つ出る。
「エド、フレッチャーお前たちだけは戦場にやらない」
自分に誓いを立てるように口にした。
嘘つき2
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早朝にラッセル・トリンガムは旅立った。南方のゼノタイムに戻るはずの彼の姿は北への特急にあった。
先行したアメストリス軍を追って北の戦場に着いたのは太陽があらゆるものの影を伸ばし始まるころ。
「ラッセル・トリンガム、着任いたしました」
「よかろう。着任を認める」
命令書を受け取っていた他の部下の姿が消えると、ルイ・アームストロングの口調が変わった。
「ラッセル、エドワード・エルリックには何と言ってきたのだ」
「ゼノタイムに戻ると」
「(まったくこの子は平気な顔でうそを言うからな) じきに気づくぞ」
「ばれないうちに戻りますよ。この戦場を(俺が)勝たしてね」
前髪をわずらわしげにかきあげながら答える。
「自信家だな」
「追い詰められないと決断できませんからね。だから追い詰めるんです」
「悪趣味だな」
( この様子ではもうこの子は十分に追い詰められている。これ以上無理を続けさせると
壊れる。ましてこれが本当の初陣だ。銃撃の音にはたして耐えられるか?できることならこの子達だけは戦場に来させたくなかった。まして、この子の本性は『すくい手』だ。この子に人が殺せるのか?もしこの子がここで壊れるようなことになったら(ペルシオ)アース殿にどう言って…)
「大佐?」もの問いたげなラッセルの声に自分が長く沈黙していたことを知った。
「いや、よい。
ここでは我輩と同室だぞ」
「…ハイ・・・」
「不満か」
「…いえ、しかしまた噂になりそうですね」
「最南端基地のようにか。かまわん。戦場でのその手の噂は娯楽のうちだ」
(この子にはとても言えないがな、我輩との噂でほかの連中を牽制できればそれで良い)
「ラッセル明日早朝に第一陣を出す」
「ルイ」
「軍にいるときはその呼び方はやめるんだ」
「はい、大佐」
ラッセルはめったに見せない目的意識のない笑顔を見せた。彼の穏やかな微笑を見るものは多いが計算されてない表情を見るものは少ない。
「我輩が先か」
自分が先にラッセルを名前で呼んでいたことにルイ・アームストロングは気づく。
「まぁ、よかろう。ところでラッセル」
南方のゼノタイムに帰ると言ったためか、この豪雪地帯に来るのに彼はコート一枚しか着ていない。
「(手のかかる子だ) 着ていろ」
椅子に掛けていた厳冬用のコートを羽織らせる。
「大佐のでしょう」
脱ぎかけるのを包み込むようにもう一度コートでくるみ手早くベルトを締める。
「着ていろ。風邪を引く」もう一度言い、ついいつもの習慣で頭をなぜた。
司令室を出る。室内は燃え盛る暖炉の炎のお陰で暖かかあったが、外は2メートルを越す大雪である。
「こんな真っ白い場所で殺し合いか」
ラッセルのイメージに白い雪に横たわる金の髪の女がふいに浮んだ。女の片足には大量の鮮血がある。
ピクッ。
痙攣するように身体を振るわせた。
(なんだ?今のイメージ。記憶?いや、こんな記憶有るはずがない)
悪寒がする。暖かな厳冬地用コートを着ているのに震えが止まらない。
(兵にでも見られるとまずい。部屋に戻ろう)
部屋に戻っても震えは止まらない。司令官の居室とされたそこは十分暖かいのに、悪寒を感ずるばかりである。
汽車でろくに眠れなかった分眠っておかなければならない。軍では必要に応じて眠るのも仕事のうちである。しかし、目を閉じると先刻のイメージがまた浮んでくる。(こんな大雪は今まで見たこともないはずなのに)
ラッセルはずっとセントラルを含めた雪の少ない土地にいた。
彼の記憶にはなかった。5年前、ある町で100年に1度の大雪が降ったこと。その日町は暴徒の襲撃にあいそして・・・。
(母さんが亡くなったのはいつだったか?)
奇妙なことにラッセルの記憶の中では父の姿だけが鮮やかに残り、母は水煙の中にいるかのようにぼんやりと霞んでいた。以前にヒーラー(錬金術師専用の精神科医)に母親と何かあったのかと訊かれたことがあった。そのときもラッセルはあまり覚えていないとしか答えられなかった。
(いまさらだな。感傷に浸っていられる場合でもあるまい)
明朝はブイエの思惑通り前線である、そうラッセルは思っていた。
(これが本当の初陣か)
ため息が一つ出る。
「エド、フレッチャーお前たちだけは戦場にやらない」
自分に誓いを立てるように口にした。
嘘つき2
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