プロポーズ小作戦64
2020年9月のやきもち
中華は暑いから夏の間はブリタニアに居たいな。などと、勝手な事を考えていたスザクだが現実にはこの夏はほぼ中華を拠点とした。理由のひとつは蓬莱島が近いこと。そして、うっかり忘れられていたのだが、漆黒の騎士団の存在である。
ゼロ・レクイエムの後、黒の騎士団のうち各国の正規軍は自国に帰っていったがすでに帰る国の無い者もいた。また、帰る国のある者でもすでに戦闘中毒にかかっていて、平和に適応できない者もいた。扇は各国軍が帰国した後、原型黒の騎士団とも言うべきほぼ日本人で構成されたテロリスト時代のメンバーにも、なるべく普通の生活に戻るように声をかけた。扇自身が退役1号になった。南、玉城など古株のメンバーも抜けていき、もと軍人は正規軍に組みなおされた。
残ったのは国籍人種いりみだれた戦闘中毒者達。カウンセリングも行なわれたが、イシュヴァール、ベトナム、イランなど歴史の例を見ればわかるように人間の脳は簡単には切り替わらない。
そのうちに一部の中毒者は傭兵の世界に拠を移した。あまりにも傭兵が増えるのは世界平和のためには危険だと、藤堂は残った戦闘中毒者を漆黒の騎士団と仮称し自分の指揮下に置いた。残ったのは日本人および東洋系の人種が多かったから、国際的には原型の黒の騎士団に戻ったように思われているが、実際は古株のメンバーはほとんど普通の生活に戻っている。
漆黒の騎士団には20代の若者が多かった。彼らには戻るべき普通の生活というイメージがそもそも無かった。
物心付く頃には戦争があった。戦いが死が、当然としてある。少年期のスザクやルルーシュが見たものを彼らも見た。友達も知り合いもいなくなった。親戚も家族も、そんな言葉すら意味をなくした。
スザクは特殊な例として厳しい監視と虐待のなか生きたが、そのスザクすら最低の例ではなかった。
学校にもろくに行けず戦う事だけを覚えて生き残った。
戻るべき世界は彼らの中には存在しない。だから漆黒の騎士団は自分達を救い上げた藤堂を父のように思った。
藤堂と並び立ち、自分達に戦う場所を与えた大司馬は総司令であり大事な兄貴分だ。さらにゼロ、前のゼロではない。3代目こそは自分達のゼロだ。ゼロは自分達に戦う理由と正義を与えてくれる。
星刻は漆黒の騎士団が自分の支配下にあることを、多くの国のためになる事だと言い切る。
まず日本は不安定な分子を抱えずにすむ。
ブリタニアをはじめとして各国にとっては、増えすぎた傭兵がトラブルの種になる事を防いだ。
そして、中華。今まで大宦官付という特別待遇ゆえに、直属の部下をほとんど持たなかった星刻は強力な私兵集団を得た。
道場の同盟で一番得をしたのは星刻であった。
残暑厳しい折、ジノは天子を乗せて舟遊びとしゃれ込んでいた。
もちろん、朱禁城にも冷房はある。しかし、建物が古すぎて、おっと失言だ、伝統的過ぎて、ほとんど効かない。
天子が蓬莱島に行きたがるのも無理は無い。あそこは電子機器を置くので、自家発電をフル稼働して常時20度以下である。ただ、いくら自国内といっても天子の身分では簡単に出歩けない。そこで城の中でも楽しめるようにジノが小型ボートを浮かべた。伝統的な竜舟を浮かべるはずの大池に、ど派手な水しぶきが上がる。
ジノが持ち込んだモーターボートは5人乗り。スピードを上げれば水しぶきとともに暑いのも吹き飛ぶ。
「きゃー速い」
はしゃぐ天子の声。対比的に池の周りで悲鳴をあげる女官達。
「天子様、危のうございます」
「あぁ、あのようなはしたないお姿で」
別に天子は裸でいるわけではない。ごく普通の半そでシャツと半ズボンに救命胴着を着ているだけだ。
2次成長の遅さもあって、反ズボン姿の天子は活発な少年に見えてくる。
別にジノは大騒ぎをしているつもりも、大騒ぎをさせるつもりも無い。この暑さにすっかり参っている天子を楽しませてやろうと思いついただけだ。それに形ばかりの会議とはいえ、初めて一人で取り仕切った天子にごほうびがあってもいいじゃないかと思う。
女官達は岸辺で大騒ぎしながらも、決して大司馬に連絡しようとはしなかった。あの過保護、溺愛、過干渉の大司馬に今の天子の姿を見せたりしたら、・・・ジノを切り殺しかねない。
愛情がありすぎて通り越しちゃうタイプというのが、女官達の星刻に対する総合評価。
本気の相手としては受け止めるのに大きすぎるが、浮気相手なら理想というのが国際的な貴婦人達の評価。
2020年9月時点で天子は15歳。ジノは20歳。そろそろナナリーもジノを自由にはして置けなくなる。今までは子供だからで何とか通した。しかし、すでに20歳。ジノもわきまえている。この舟遊びは天子とのお別れでもある。
ジノはボートを池の真ん中で止めた。
「天子様」
いつも天子ちゃんとか姫天子ちゃんと呼んでいたジノから初めて聞いた響き。
天子の表情も変わる。彼女ももう子供でない。例え、本気でコウノトリを信じていたとしても。
「私に帰国命令が出ました。皇帝陛下からの」
「帰るのね」
天子の声もさっきまでのはしゃいでいた声とは違う。
国際会議で見せた国の長としての強い声。
「また、中華を訪れる事もあります」
「そのときはヴァインベルグ卿なのね」
「はい」
「お別れの宴は開かないわ」
最後まで普通のお友達でいてと天子は言う。
「ご存知でしたか。私は当て馬としてここに来たのですよ」
「ライバルね」
天子は神楽耶から仕入れた知識で翻訳する。
「そうですね。決定打にはならなかったようですが」
「わたし、星刻が好きよ。星刻との赤ちゃんが欲しいわ」
「それを言えますか?星刻に」
「わからない。でも星刻との赤ちゃんは欲しいの」
このとき男女には大きな理解の差が合った。だが、理解の溝の深さにはまるのはジノではない。
翌日、ジノはブリタニアに帰国した。
ジノも天子も知らなかった。誰にも知られず話せる場所として選んだ池の中央。そのボート上の姿をある男に見られていたことに。
特に半ズボン姿の天子がジノを抱擁したシーンに、危うく血管が切れかけた。それは音声を伴えばごく普通の別れの挨拶だとわかるはずなのだが。
嫉妬とは自分が本心ではやりたいことを誰かがやってしまうときに最も深く重くのしかかる。
まったく外気に触れたことの無い真っ白の生足の天子がジノに抱き上げられる。それはボートから安全に降ろすためだったのだが、わかっていても納得できない。
もしここで男が姿を現せば、おそらく天子はジノに対して言った言葉を口にしただろう。
「星刻、あなたとの赤ちゃんが欲しいの」
その意味が『一緒にコウノトリを探しに行こう』であったとしても男は全て受け入れるだろう。自分が教えたのだから。
しかし、男は姿を現さなかった。彼には中華の支配者としての立場があった。
嫉妬心をあらわにするなど絶対に許されない。それに男のプライドは嫉妬心の深さに対抗できるほど高かった。
「あれもねぇ、つまんない意地を捨てたら、すぐ幸せになれるのに」
蓬莱島で神虎の母がプログラムを修正しながら白虎に話しかける。
手のかかる子ほどかわいいというが、神虎は本当にかわいい子で、相棒まで放っておけないほどかわいい子である。
2020年9月のやきもち
中華は暑いから夏の間はブリタニアに居たいな。などと、勝手な事を考えていたスザクだが現実にはこの夏はほぼ中華を拠点とした。理由のひとつは蓬莱島が近いこと。そして、うっかり忘れられていたのだが、漆黒の騎士団の存在である。
ゼロ・レクイエムの後、黒の騎士団のうち各国の正規軍は自国に帰っていったがすでに帰る国の無い者もいた。また、帰る国のある者でもすでに戦闘中毒にかかっていて、平和に適応できない者もいた。扇は各国軍が帰国した後、原型黒の騎士団とも言うべきほぼ日本人で構成されたテロリスト時代のメンバーにも、なるべく普通の生活に戻るように声をかけた。扇自身が退役1号になった。南、玉城など古株のメンバーも抜けていき、もと軍人は正規軍に組みなおされた。
残ったのは国籍人種いりみだれた戦闘中毒者達。カウンセリングも行なわれたが、イシュヴァール、ベトナム、イランなど歴史の例を見ればわかるように人間の脳は簡単には切り替わらない。
そのうちに一部の中毒者は傭兵の世界に拠を移した。あまりにも傭兵が増えるのは世界平和のためには危険だと、藤堂は残った戦闘中毒者を漆黒の騎士団と仮称し自分の指揮下に置いた。残ったのは日本人および東洋系の人種が多かったから、国際的には原型の黒の騎士団に戻ったように思われているが、実際は古株のメンバーはほとんど普通の生活に戻っている。
漆黒の騎士団には20代の若者が多かった。彼らには戻るべき普通の生活というイメージがそもそも無かった。
物心付く頃には戦争があった。戦いが死が、当然としてある。少年期のスザクやルルーシュが見たものを彼らも見た。友達も知り合いもいなくなった。親戚も家族も、そんな言葉すら意味をなくした。
スザクは特殊な例として厳しい監視と虐待のなか生きたが、そのスザクすら最低の例ではなかった。
学校にもろくに行けず戦う事だけを覚えて生き残った。
戻るべき世界は彼らの中には存在しない。だから漆黒の騎士団は自分達を救い上げた藤堂を父のように思った。
藤堂と並び立ち、自分達に戦う場所を与えた大司馬は総司令であり大事な兄貴分だ。さらにゼロ、前のゼロではない。3代目こそは自分達のゼロだ。ゼロは自分達に戦う理由と正義を与えてくれる。
星刻は漆黒の騎士団が自分の支配下にあることを、多くの国のためになる事だと言い切る。
まず日本は不安定な分子を抱えずにすむ。
ブリタニアをはじめとして各国にとっては、増えすぎた傭兵がトラブルの種になる事を防いだ。
そして、中華。今まで大宦官付という特別待遇ゆえに、直属の部下をほとんど持たなかった星刻は強力な私兵集団を得た。
道場の同盟で一番得をしたのは星刻であった。
残暑厳しい折、ジノは天子を乗せて舟遊びとしゃれ込んでいた。
もちろん、朱禁城にも冷房はある。しかし、建物が古すぎて、おっと失言だ、伝統的過ぎて、ほとんど効かない。
天子が蓬莱島に行きたがるのも無理は無い。あそこは電子機器を置くので、自家発電をフル稼働して常時20度以下である。ただ、いくら自国内といっても天子の身分では簡単に出歩けない。そこで城の中でも楽しめるようにジノが小型ボートを浮かべた。伝統的な竜舟を浮かべるはずの大池に、ど派手な水しぶきが上がる。
ジノが持ち込んだモーターボートは5人乗り。スピードを上げれば水しぶきとともに暑いのも吹き飛ぶ。
「きゃー速い」
はしゃぐ天子の声。対比的に池の周りで悲鳴をあげる女官達。
「天子様、危のうございます」
「あぁ、あのようなはしたないお姿で」
別に天子は裸でいるわけではない。ごく普通の半そでシャツと半ズボンに救命胴着を着ているだけだ。
2次成長の遅さもあって、反ズボン姿の天子は活発な少年に見えてくる。
別にジノは大騒ぎをしているつもりも、大騒ぎをさせるつもりも無い。この暑さにすっかり参っている天子を楽しませてやろうと思いついただけだ。それに形ばかりの会議とはいえ、初めて一人で取り仕切った天子にごほうびがあってもいいじゃないかと思う。
女官達は岸辺で大騒ぎしながらも、決して大司馬に連絡しようとはしなかった。あの過保護、溺愛、過干渉の大司馬に今の天子の姿を見せたりしたら、・・・ジノを切り殺しかねない。
愛情がありすぎて通り越しちゃうタイプというのが、女官達の星刻に対する総合評価。
本気の相手としては受け止めるのに大きすぎるが、浮気相手なら理想というのが国際的な貴婦人達の評価。
2020年9月時点で天子は15歳。ジノは20歳。そろそろナナリーもジノを自由にはして置けなくなる。今までは子供だからで何とか通した。しかし、すでに20歳。ジノもわきまえている。この舟遊びは天子とのお別れでもある。
ジノはボートを池の真ん中で止めた。
「天子様」
いつも天子ちゃんとか姫天子ちゃんと呼んでいたジノから初めて聞いた響き。
天子の表情も変わる。彼女ももう子供でない。例え、本気でコウノトリを信じていたとしても。
「私に帰国命令が出ました。皇帝陛下からの」
「帰るのね」
天子の声もさっきまでのはしゃいでいた声とは違う。
国際会議で見せた国の長としての強い声。
「また、中華を訪れる事もあります」
「そのときはヴァインベルグ卿なのね」
「はい」
「お別れの宴は開かないわ」
最後まで普通のお友達でいてと天子は言う。
「ご存知でしたか。私は当て馬としてここに来たのですよ」
「ライバルね」
天子は神楽耶から仕入れた知識で翻訳する。
「そうですね。決定打にはならなかったようですが」
「わたし、星刻が好きよ。星刻との赤ちゃんが欲しいわ」
「それを言えますか?星刻に」
「わからない。でも星刻との赤ちゃんは欲しいの」
このとき男女には大きな理解の差が合った。だが、理解の溝の深さにはまるのはジノではない。
翌日、ジノはブリタニアに帰国した。
ジノも天子も知らなかった。誰にも知られず話せる場所として選んだ池の中央。そのボート上の姿をある男に見られていたことに。
特に半ズボン姿の天子がジノを抱擁したシーンに、危うく血管が切れかけた。それは音声を伴えばごく普通の別れの挨拶だとわかるはずなのだが。
嫉妬とは自分が本心ではやりたいことを誰かがやってしまうときに最も深く重くのしかかる。
まったく外気に触れたことの無い真っ白の生足の天子がジノに抱き上げられる。それはボートから安全に降ろすためだったのだが、わかっていても納得できない。
もしここで男が姿を現せば、おそらく天子はジノに対して言った言葉を口にしただろう。
「星刻、あなたとの赤ちゃんが欲しいの」
その意味が『一緒にコウノトリを探しに行こう』であったとしても男は全て受け入れるだろう。自分が教えたのだから。
しかし、男は姿を現さなかった。彼には中華の支配者としての立場があった。
嫉妬心をあらわにするなど絶対に許されない。それに男のプライドは嫉妬心の深さに対抗できるほど高かった。
「あれもねぇ、つまんない意地を捨てたら、すぐ幸せになれるのに」
蓬莱島で神虎の母がプログラムを修正しながら白虎に話しかける。
手のかかる子ほどかわいいというが、神虎は本当にかわいい子で、相棒まで放っておけないほどかわいい子である。