診察を待っているときに、8月のアエラがあった。
良くも悪くもかつての「週刊朝日」の系譜を継ぐ、震災・原発に対して挑戦的な特集が続く中で、小田和正の特集があった。
彼は横浜の某商店街の薬屋の息子で、中高はカトリック系の私学、大学が仙台の東北大学、大学院が早稲田という高学歴である。
若い頃に過ごした仙台が被災したということになる。
アエラの内容は、震災後、ツアーの変更と、そして彼自身がいままで送り出してきた唄の歌詞の意味が本人にとってもファンにとっても異なってきた、という内容であった。そして自身、送り手としてのすくなからずの責任を担っていきたいという内容だったように思う。
文学もそうだが唄はそれを作者の手を離れた時点で、作者の意図とはことなった広がりを持って行く。小田和正もかつて作った詞が逆にいま被災者を励ましているし、一方で彼自身も問われている。
才能のある詞を送り出すシンガーは、Mr.Childrenの桜井和寿にしても、Bump of Chckenの藤原基央にしても、小田和正にしてもある種の重荷を背負っているように思う。それはファンの痛みが唄を通して彼らに戻ってくることであろう。重荷と喜びの両方があるとは思うが。
小田和正は天才ではあるが、詞の作り方は至って努力型だ。推敲を何度も重ねていく。完璧主義といってもいい。
彼の普段の口の悪さは有名である。たぶん本人の繊細さの照れ隠しなのだろう。
去年だったか、ある公園の近くで背が低くやせたじいさんを見かけた。近くに行くまで気づかなかったのだが小田和正であった。
アエラで「ババァが」と語っていたが、彼だって十分「ジジィ」だったと思う。
プライベイトなのは明らかだったので、当然だが声はかけなかった。
残念ながらそのときDAPで聴いていたのは、小田和正ではなくグレン・グールドであった。
PS:10年以上前に朝日新聞の土曜版にたしか小田和正がエッセイを連載をしていた。たしか本としても刊行された気がする。その中で「レコード会社とかプロダクションとか関係なく、本当にミュージシャン同士がリスペクトできる日本版のグラミー賞のようなことがしたい。」とそんなことを書いていた。たぶんそれがTBS「クリスマスの約束」の形になっていったのではないかと思う。去年の「クリスマスの約束2010」は彼のそうした思いを年月をかけて果たしたひとつの形だと思う。
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