この絵の人物、金忠喜将軍っていうのですがご存知ですか?
私も最近知ったのですが、豊臣秀吉の朝鮮出兵の軍に従い、加藤清正らと共に渡海するも、朝鮮軍にその身を投じて大活躍した鉄砲隊がいたそうです。
そして、そのまま帰化したその日本人武士「沙也可(さやか)」の子孫らが、友鹿洞(ウロクトン)の村で、日本出の伝統を今日まで保って、今も暮らしています。
この“サヤカ”という人物については、諸説がありますが、紀州の雑賀鉄砲衆の首領、雑賀孫市の息子が“金忠喜”だというのが有力な説であります。
何ともロマンのある話であります。
そういう事から2001年に“和歌山県日韓文化観光交流使節団”が初めてこのウロクトンの地を訪れて以降、和歌山と韓国の結び付きをより深いものとしてきましたが、今回訪問をさせて頂き、いよいよ今年の11月に和歌山で、『沙也可 日韓国際シンポジウム』を開催する運びとなりました。
詳細はまたこのブログでもお知らせしますので、興味のある方は是非参加してみて下さいね。
●鹿洞書院にて
●金忠喜将軍の墓前にて
約30分掛けて山を登りましたが、気温36度の中、まるで“行”でありました。
●第14世孫の金さんと