昨年10月、新潟県十日町市にある「絵本と木の実の美術館」に娘と出かけた。
この美術館は、2009年に絵本作家で画家の田島征三さんが
廃校になった真田小学校の校舎を丸ごと使って創った
「学校はカラッポにならない」というタイトルの空間絵本でもある。
建物の入り口を入るとすぐに、目に飛び込んできたのは
カラフルな色彩に彩られた不思議な空間だった。
かつて体育館だったとおぼしき広いスペースを埋め尽くすほどの
おびただしい数の流木で作られた造形物たち。
床にも壁にも天井からも、独創的な田島さんの作品世界が広がる。
ラッキーなことに、この日は田島さん(左端)が居て
小さな木の実を使って、スタッフとともに黙々と制作中のところだった。
さらに運が良いことに、作業の手を止めて
私たちに声をかけて下さったり
写真撮影にも気軽に応じて下さったりして
大感激!
体育館だけでなく、廊下や教室、階段や踊り場など、至るところにユニークな作品が飾られ
まさに校舎全体が空間絵本の物語の舞台となっていた。
この写真の左端の黒くて丸い物は何かな?と近づいてみると
何と!とても珍しい…がまの穂だった
こうした木の実や自然物との出会いが、制作のパワーになるのだろう。
さらに奥に行くと、常設展だけでなく企画展もあり
私が訪れた日には、工芸作家とのコラボ作品が展示されていた。
自然物と金属の意外な組み合わせがとても新鮮だった。
窓の外にはのどかな山村風景が広がり
田島さんの代表作の絵本「やぎのしずか」に出てくるような
白いヤギたちがのんびりと草を食んでいた。
校庭の片隅には庭付き一戸建てのヤギたちの家。
お昼時になり、併設されたレストランで昼食を頂いていると
またまた運が良いことに、ちょうど昼休憩の田島さんと一緒になり
さらに感激!
教室の黒板には、この学校が閉校になる前に
子どもたちが書き残した最後の落書きが残されていた。
この落書きをじーっと見ていると
かつてこの学校で過ごした多くの子どもたちの賑やかな笑い声が
どこからともなく聞こえてくるような気がした。
今はもう、子どもたちの姿はどこにも見られないが
廃校になった校舎は美術館となって甦り
集落の人々の憩いの場となった。
そして、全国各地から多くの人々が訪れる場となり
地域の活性化の役割を見事に果たしている。
まさに今だに、「学校はカラッポにならない」のだ。
空間絵本「学校はカラッポにならない」の主人公は
その最後の在校生である3人の子どもたち。
彼らは校舎の壁を打ち破って広い世界へ飛び立って行く。
田島さんはこの物語の最後の場面に、私たちの度肝を抜くような
こんな大胆な造形表現で、自らの願いを凝縮させている。
改めて、田島征三という稀有な絵本作家の
想像力の豊かさと、常識にとらわれない自由な発想力
歳を重ねてもいつまでも衰えない好奇心と、その行動力に驚く。
目の前でお会いした田島さんは、柔和な笑顔と
優しさ溢れる語り口の、まさに好々爺に見受けられたが
内面に秘めた熱い思いと創造のエネルギーは半端じゃない。
時間をかけてたっぷりと満足行くまで美術館で過ごし
さあ、そろそろ帰ろう…と、外へ出てきた私たちを
待ち受けていたのは、あのヤギたちだった。
彼らはただ、草を食べていただけだったのだろうけど…
まるで私たちを見送ってくれているかのようで、何だか嬉しかった。