赦しと瞑想 by Northern bear
赦しは 静かに、何もせず、ただ見つめ、待って、判断しない。
瞑想をするときも、静かに、何もせず、ただ自分の内を見つめ、待って、判断しない。
瞑想は赦しなのだ。
数人の人と一緒に瞑想をする時、
わたしたちはひとつになる。
なぜなら、わたしたちは皆、静かになり、何もせず、ただ見つめ、待って、判断しないからだ。 そこになんの分離もない。 わたしたちはひとつになる。
分離は眼を外に向け、他の人と区別し、善悪を判断し、様々な違いを比較し、過去と未来を思考し、大声を上げる。
私たちの原初の間違いは分離からおこった。
バラバラな私たちの心の奥底にある遠い記憶が、このひとつの故郷へ還ろうと呼んでいる。
私たちは、
瞑想する度に、
自分がいなくなる度に、
赦す度に、
ひとつの故郷にある愛と安らぎを確かめている。
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