伊藤亜紗『ヴァレリー 芸術と身体の哲学』講談社学術文庫(2021)
フランスの詩人、文明批評家のポール・ヴァレリー(1871-1945)を取り上げた論考である。ヴァレリーについて、まとまった本になることは珍しく、本書はヴァレリーの思考や詩作を丹念に辿った本格的な研究である。非常に読みやすく丁寧に書かれている。
詩を書くこと、作品を創ること自体が、消費=生産者としての読者を巻き込んだ装置として考えられるというのがヴァレリーの思考である。本書も、装置としての作品の機能を発揮しているのではないだろうか。作品論、時間論、身体論と本書では語られている。
「「現在」は、ヴァレリーにとって時間を認識するための「形式」である。(p.151)」ここから「予期」や「隔離」という概念が重視されるものとして登場する。時間そのものというよりは、私たちの時間の感覚を対象としているようである。
身体論において、意識や思考といった精神的な働きも、機能や能力として扱われる。主観的な感覚を知覚の対象として考察し、生理学的な視点で身体をとらえた時、「詩ないし詩的な体験は、必ずしも言語的構築物としての狭義の詩である必要がなくなる。(p.266-267)」
ヴァレリーはやはり詩人である。美しい言葉が出てくると思ったら、独自の概念(例えば錯綜体)や定義がまた出てくるのである。それでも、旧来の生理学や今日の認知科学の知見とも通じていて、『カイエ』の諸々の記述の中にも古さを感じさせない。
「ヴァレリーの詩論の可能性は、まさにそれが詩論を超え出るところにある。(p.267)」