『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

ハンディのある人と黒船の共通点と相違点は?

2021年04月07日 | 考える日々
ハンディのある人が閉じこもらずに、
均質文化だった町にいろんな人が出て来て、
一緒に暮らしていくということは、
江戸から明治への変化と似ている。

開国する前には
お互いによくわかんなくて不安が先立つ。
受け入れ方によっては、
相手がイヤなヤツなら力任せに乗っ取られる。

だけど、お互いに相手を尊重しながら、
関心を持ってふれあいを重ねて行くうち、
お互いに相手に必要な配慮や相手の文化がわかってきて、
いつしか、当たり前に一緒にいる、という感じ。

ビバ、異文化交流。
みんな違って、みんないい、
…ってのは理想で、過渡期には、
みんな違って、みんないろいろ大変(^^)。

聞こえにくい人と一緒にいて気付いたことは、
英語がわかれば、英語を知っている人と話せるように、
手話がわかれば、手話を知っている人と話せるという構図。

英語を話す人とは、
こっちが必死で勉強して、相手と話そうとするのに、
難聴者に対しては、
相手が必死でこっちの口話を読み取ってくれるのを待つ。
その差は、たぶん経済的な強さ?

まぁ、どんな人だってハンディを持つと大変だけど、
誰だって、年齢と共に障がい者になっていくんだし、
…というどころか、今だって、
「平均から外れている」っていう意味では、
生きている人全員が障がい者。
身体だけじゃなくてね。

「自分も似たようなもんだよな~」と思いながら、
普段からいろんな人たちと一緒に生きていけたら、
お互いに気付く事があったり、学び合ったりしながら、
だんだん生きやすい社会になっていく気がします。

というわけで、
ハンディのある人と黒船の共通点は
異文化交流である、ということ。
相違点は、
黒船はグイグイ来るからこっちが譲る感じで、
ハンディのある人は努力してくれるから、
こっちはあんまり譲らない。エラソーだ!

と、分けてみたけど、一元論で考えたら、
自分の中には、黒船な所もハンディもあるんだから、
一緒にいるのが大変な時でも、
私はそうやって受け入れてもらってるから、
お互い様、ってこと。

だからって、「みんな一緒」って言うと、
ハンディの大きい方が、
その分歩み寄りを強制されるから、
必要な配慮があることもわかっての上で。

ま~、そんな理論をとやかく言ったところで
急に一緒に住みやすい世界にはならないけど、
頭の中を整理したくなったので、
昨日からつらつら書いてみました。

頭でっかちになったので、もっと身近に、
実際に世に働きかけられる身体レベルで言うとねー、
そう、「慣れるが勝ち」!!

毎日隣にいたら、気負うヒマもなく、
好きになったりムカついたりするよね。
あの感じがいいんじゃないかな。

うわ~、シンプル(^^)!



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