『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

一人がいい?誰かと一緒がいい?

2021年05月29日 | 考える日々
異文化に触れたら、
自分に気付いたわシリーズ(?)、第2弾。

エラソーすぎた40代の私は、
「10年かけて謙虚になる!」という目標を立て、
周りで起こることにぶつからず多少学ぶようになり、
今では腹も立たない性分になっている。

んで、それなりに謙虚になった50代の私は、
自分一人で完結してるんじゃねーよ、と、
「この10年は身体を使う!」という目標を立て、
自分の頭にあることを、具体的に繰り出していきたいと、
アレコレやっているのでした。

今までも新しいことを始める時はそうでしたが、
ともかく、小さな私があーだこーだ言う前に、
大きな私が魅かれる場所で、ステキな人たちと、
身体を使ってみています。

知らないことを教えてもらって、
やり方を見せてもらって、
やらせてもらって、
間違いをフォローしてもらって、
覚えられなくて2回聞いて教えてもらって、
という、もらいっぱなしのもどかしい時間。

んでね。ふと気づいたのです。
「人と一緒に何かをしていると、
自分一人では金輪際しなかったようなことが出来る」
ってことを、すでに知ってた、ってことに。

誰かと一緒にいると、
相手からガソリンを注いでもらって、
自分のエンジンがいつもより高出力になる。
身体を使って何かをする時には、誰かと一緒がいいな。
お返しはまだまだ出来ないから、せめて敬意を返そう。

一方、自分の心を繊細に探索しに行く時には、
一人の時間が必要。
誰かと一緒に感じていると、
誰かの影響で自分の感じ方が変わる事もあるから。
特に、私みたいに相手の気持ちに沿いたいタイプは、
すぐ影響を受けるから、わからなくなる。

んでまた、考えるとか、言葉にするとか、
そういう精神的な活動をする時は、
一人で言葉にしたことを、また誰かと分かち合うことで、
一人じゃ気づかないような言葉が浮かんだりする。

他者って、ありがたいなぁ。

シュタイナーが言うように、
「身体、心、精神」の3つの重なりで人間が出来ているとしたら、
私の身体は、誰かと一緒の方が利用価値が上がる。
心に感じたことは、一人で静かにすくい取ることが必要。
理想や真善美に向かう精神的な言葉や考えは、
誰かと受粉し合うと実りやすい。

そんなことを知っていることに、気付いたのでした。
ヘンな言い方だけど、たぶん、誰でも知ってるよね。
「~ということが意識できました」かな。

いや~、誰もいなくても
身体を十全に使える人種がいるってのも
知ってるんだけどね。

私は自分に甘いタチだから、
締め切りも必要だし、見張り役も必要。

こういう使い分けをすることで、
前より自分が自由に使えるようになるとしたら、
この不自由はイヤじゃないな。



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