もんく [とある南端港街の住人になった人]

植物工場

"植物工場"についての記事がKEN-Platz(日経BPケンプラッツ)の中でたくさん出ている。

先日、TPPに反対してトラクターを先頭に東京でデモをしていたと言うニュースが出ていた。関税撤廃になると国内農業が賃金が安い国の農産物に太刀打ちできないと言うのが単純な理解だと思う。デモ行進していた人たちの言う農業と言うのはきっと植物工場ではないだろう。トラクターで行進する位だから。

今なら日本円も高いところにあるしそこそこ外貨を稼いでいるから農業が税金投入でどうにか持ちこたえている状態であってもそれを補うために海外から買ってくることはできる。生産効率が悪かったり無為に高くても、お隣に中国があるおかげで"国内産が良い"と言ってくれる人もいる。つまり、それは日本がお金持ちで、ほとんどの食料を海外から買うことができているから成立すると言う逆説的な構造を暴いているに過ぎない。

それも、今だからね、と思えないではない。

これから先、円の価値が相対値として世界の通貨と比べてある程度の価値をずっと持ち続けられるかと言うこともあるし、別のニュースであるように経済発展する国が増えてきてお金を出しても食料が買えないと言う事態だって充分に有り得るだろう。

それにつけても、マレーシアに住み始めて思うのは、こんなに農業に適した土地と気候であってもこの国は、日本で考えるよりはるかに、農業をこれから将来にかけて魅力的な産業だなどとは思っていなさそうだと言うこと。日本の農業が人気の無い商売になってしまったのは、それはもちろん工業や他の産業の方が"現金が"儲かるからなわけで、それと同じことを発展途上の国々は経験してきている。


マレーシアは普通に木を植えておけば、日本的な感覚からすれば、いくらでもフルーツが実るところだ。にも関わらず、どこのスーパーに行っても、夜市に行ってもアメリカ産のオレンジ、リンゴやナシが販売の主流になっている。バナナは日本で買うブランドと同じあのシールが付いたものだし主食の米だって別の国から運ばれてくるものがほとんどだ。繰り返して言ってしまうと、びっくりするほどマレーシアは農業に興味が無いらしい。(パーム油以外は。)


そんなわけで、また繰り返してしまうが、トラクターの行進で国内の農業保護を訴えると言うことは逆にこのまま海外からほとんどの食物を買い続けると言うことを意味するわけで、現在のお金と物の流れのバランスがどこかちょっとでも狂った時にはきっとそうも言っていられないだろう。

マレーシアのように発展したい国はどんどん農業への興味を失っていくだろうし、その反対に良いものをたくさん食べたいとも言うだろう。残される有力な選択肢の1つは、やはり「植物工場」じゃないのだろうか。

コメント一覧

orang-u
http://blog.goo.ne.jp/orang-u
都会の百姓さま
はじめまして、こんちには。
コメントありがとうございます。

日本では農業を守るのではなくて、農家を守るって発想が基本になってしまっていると思うのです。食を守るでも何でもなく、農家なのです。

しかし、その農家はもう後継者がなかなか集まらない魅力の薄い産業になってしまっていて、農業政策はそれをまだ守ろうとだけする。これは食にとっても産業としても何の意味もありません。

政治家の票にしか貢献しない政策なんておかしいと思います。いつまで他国が日本人のために食料を生産してくれるか、私は疑問なのです。

食料を工業的な手法で作るのも良いし、その方法を海外に売って商売にするのでもかまわないと思うのでこれぞ日本にしかできない農業への関与をしていかないとすぐダメになるのではないでしょうか。

これからもよろしくお願いします。
都会の百姓
はじめまして
東京在住の自称都会の百姓です。
本当にそうですね
私も、管理人さんのご意見に賛同します。
食の本質は農業なのに、あまりに不毛な状態といえる日本
非常に危機感を覚えています
植物工場は、産業化した農業を暗示するキーワードとして力強さも感じます。
新しいビジネスモデルをどんどん創造する必要があります。
これからも是非このブログを拝見させてください。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「2年目のマレーシア」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事