Yさん、福井はいかがでしたか?
小浜藩の台場跡に行きましたか?
さて、いよいよ、小浜藩医の杉田玄白が登場します。
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良澤の会得したオランダ語は、青木昆陽の「和蘭文字略考」におさめられた700語と、長崎でオランダ通詞から
習い覚えた300語がすべてであった。
彼は、1日5語を覚えることを自らに課し、外出の路上でも厠の中でも、単語を記した紙を手にして、脳にきざみつけることに努めた。
明和8年3月4日、杉田玄白に誘われて、骨ケ原刑場での刑死人の腑分けを見る機会を得た。
良澤がターヘル・アナトミアを風呂敷に包んで持っていくと、奇遇にも、玄白もターヘル・アナトミアを持参してきていた。
さて、腑分けが始まったが、刑死人の身体の内部はターヘル・アナトミアの解剖図とまったく同一であった。中国から伝わって流布していた
五臓六腑説の解剖図とは全然違っていたのである。
その帰り道、良澤、玄白、中川淳庵は興奮のあまり無言で歩き続けた。
不意に玄白が足を止めて、『ターヘル・アナトミアを翻訳してはいかがか」と言った。良澤も淳庵ももちろん同じ気持ちで、何度もうなずき、
早速明日から良澤の家で、翻訳を始めることにしたのであった。
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