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夜討曾我

2020-03-23 14:58:33 | 詞章
『夜討曾我』 Bingにて 夜討曾我 竹サポ 能を で検索を推奨。
※「:」は、節を表す記号の代用。

【五郎、十郎、団三郎、鬼王の登場】
シテ、ツレ(十郎、団三郎、鬼王):
  その名も高き富士の嶺(ね)の、
  その名も高き富士の嶺の、
  御狩(みかり)にいざや出でうよ
ツレ(十郎)「これは曾我の十郎
  祐成(すけなり)にて候、
  さてもわが君
  東八箇国(とうはっかこく)の
  諸侍(しょさむらい)を集め、
  富士の巻狩(まきがり)を
  させられ候ふあひだ、
  われら兄弟も人なみにまかり出で、
  ただいま富士の裾野(すその)へと
  急ぎ候
シテ、ツレ(十郎、団三郎、鬼王):
  今日出でて
  いつ帰るべき故郷(ふるさと)と、
  思へばなほもいとどしく
シテ、ツレ(十郎、団三郎、鬼王):
  名残りを残すわが宿の、
  名残りを残すわが宿の、
  垣根の雪は卯の花の、
  咲き散る花の名残りぞと、
  わが足柄(あしがら)や遠かりし、
  富士の裾野に着きにけり、
  富士の裾野に着きにけり
ツレ(十郎)「急ぎ候ふほどに、
  これははや富士の裾野にて候、
  いかに時致(ときむね)、
  しかるべきところに
  幕をおん打(ぬ)たせ候へ
シテ「かしこまって候

【十郎、五郎、団三郎、鬼王の応対】
ツレ(十郎)「いかに時致(ときむね)、
  いまに始めぬおんことなれども、
  わが君のご威光の
  めでたさは候(ぞうろう)、
  うち並べたる幕の内、
  目を驚かしたるありさまにて候、
  かほどに多き人の中に、
  われら兄弟が幕の内ほど
  ものさびたるは候ふまじ
シテ「さん候(ぞうろう)、
  いまに始めぬ君のご威光にて候、
  さてかのあらましは候(ぞうろう)
ツレ(十郎)「あらましとは
  なにごとにて候ふぞ
シテ「あらおん情けなや、
  われらは片時(へんじ)も
  忘るることはなく候、
  かの祐経(すけつね)がこと
  候(ぞうろ)ふよ
ツレ(十郎)「げにげにそれがしも
  忘るることはなく候、
  さていつを
  いつまでながらへ候ふべき、
  ともかくも
  しかるべきやうにおん定め候へ
シテ「ご諚(じょう)のごとく
  いつをいつとか定め候ふべき、
  今夜夜討(ようち)がけに
  かの者を討たうずるにて候
ツレ(十郎)「それがしかるべう候、
  さらばそれにおん定め候へ、
  や、思ひ出だしたることの候、
  われら故郷(こきょう)を出でし時、
  母(はわ)にかくとも申さず
  候ふほどに、
  おん嘆きあるべきこと、
  これのみ心にかかり候ふあひだ、
  鬼王(おにおう)か
  団三郎(だんさぶろう)か
  兄弟に一人(いちにん)
  形見の物を持たせ、
  故郷(ふるさと)へ
  帰さうずるにて候
シテ「げにこれはもっともにて
  候ふさりながら、
  一人(いちにん)帰れと申し候はば、
  定めてとかく申し候ふべし、
  ただ二人(ににん)ともに
  おん帰しあれかしと存じ候
ツレ(十郎)「もっともにて候、
  さらば二人ともに
  こなたへ参れとおん申し候へ
シテ「かしこまって候
シテ「いかに団三郎鬼王
  こなたへ参り候へ
ツレ(団三郎)「かしこまって候
シテ「団三郎兄弟これへ参りて候
ツレ(十郎)「いかに団三郎鬼王も
  たしかに聞け、
  汝(なんじ)兄弟に
  申すべきことを
  承引(しょういん)すべきか、
  また承引すまじきか、
  まっすぐに申し候へ
ツレ(団三郎)「これはいまめかしき
  ご諚にて候、
  なにごとにても候へ
  御意(ぎょい)を背くことは
  あるまじく候
ツレ(十郎)「あら嬉しや、
  さては承引すべきか
ツレ(団三郎)「かしこまって候、
  なにごとも
  ご諚をば背き申すまじく候
ツレ(十郎)「この上は
  くはしく語り候ふべし、
  さてもわれらが親の
  敵(かたき)のこと、
  かの祐経を今夜
  夜討がけに討つべきなり、
  兄弟空しくなるならば、
  故郷(ふるさと)の母(はわ)
  嘆きたまはんこと、
  あまりにいたはしく候ふほどに、
  形見の品々(しなじな)を持ちて、
  二人(ににん)ながら
  故郷へ帰り候へ
ツレ(団三郎)「これは思ひも寄らぬ
  ご諚にて候ふものかな、
  御意(ぎょい)も御意にこそより候へ、
  この年月(としつき)奉公申し候ふも、
  このおん大事にまっさきかけて
  討死(うちじに)つかまつるべき
  ためにてこそ候へ、
  何(なに)とご諚候ふとも、
  この儀においてはまかり帰るまじく候、
  鬼王さやうにてはなきか
ツレ(鬼王)「なかなかのこと、
  もっともにて候、
  まかり帰ることはあるまじく候
ツレ(十郎)「何と帰るまじいと申すか
ツレ(団三郎)「ふっつとまかり帰るまじく候
ツレ(十郎)「これは不思議なることを
  申すものかな、
  さてこそ以前に
  言葉を固めて候ふに、
  さてはふっつと帰るまじきか
ツレ(団三郎)「さん候(ぞうろう)
ツレ(十郎)「汝は不思議なる者にて候、
  のう五郎殿あれをおん帰し候へ
シテ「かしこまって候、
  やあ何とてまかり帰るまじいとは申すぞ、
  さやうに申さうずると
  思(おぼ)し召してこそ、
  始めより言葉を固めて仰せられ候ふに、
  何とて帰るまじいとは申すぞ、
  しかと帰るまじきか
ツレ(鬼王)「まづかしこまったると
  おん申し候へ
ツレ(団三郎)「かしこまって候
シテ「しかと帰らうずるか
ツレ(団三郎)「まかり帰らうずるにて候
シテ「おう、
  それにてこそ候へ、
  まかり帰らうずると申し候
ツレ(十郎)「何と帰らうずると申すか
ツレ(団三郎)「さん候(ぞうろう)
ツレ(団三郎)「いかに鬼王に申し候
ツレ(鬼王)「なにごとにて候ふぞ
ツレ(団三郎)「さて何とつかまつり候ふべき、
  まかり帰れば本意(ほんに)にあらず、
  帰らねば御意に背く、
  とかく進退(しんだい)ここに窮まって候
ツレ(鬼王)「仰せのごとく
  まかり帰れば本意にあらず、
  また帰らねば御意に背く、
  われらも是非をわきまへず候、
  ただしきっと案じ出だしたることの候、
  いづくにても命を捨つるこそ
  肝要にて候へ、
  恐れながら団三郎殿と
  これにて刺し違へ候ふべし
ツレ(団三郎)「げにげにいづくにても
  命を捨つるこそ肝要なれ、
  いざさらば刺し違へう
ツレ(鬼王)「もっともにて候
シテ「ああしばらく、
  これは何(なに)としたることを
  つかまつり候ふぞ
ツレ(十郎)「やあ兄弟の者
  帰すまじきぞ、
  帰すまじきぞ、
  まづまづ心を静めて聞き候へ、
  今夜この所にて祐経を討ち、
  われら兄弟空しくならば、
  さて故郷(ふるさと)にまします
  母(はわ)には誰(たれ)か
  かくと申すべきぞ
  :敬(うやま)ふ者に従ふは、
  君臣(くんしん)の礼と申すなり、
  これを聞かずは
  生々(しょうじょう)世々(せせ)、
  永き世までの勘当と
地:かきくどきのたまへば、
  かきくどきのたまへば、
  鬼王団三郎、
  さらば形見をたまはらんと、
  言ふ声の下よりも、
  不覚の涙せきあへず

【十郎兄弟、団三郎兄弟の別れ、十郎兄弟の中入】
地:それ人の形見を
  贈りしためしには、
  かの唐土(もろこし)の
  樊噲(はんかい)が、
  母(はわ)の衣を着更(きか)へしは、
  永き世までのためしかや
ツレ(十郎):いま当代の弓取りの、
  母衣(ほろ)とはこれを名づけたり
地:しかれば
  われらが賤(いや)しき身を、
  喩(たと)ふべきにはあらねども、
  恩愛(おんない)の契りのあはれさは、
  われらを隔てぬならひなり
地:さるほどに兄弟、
  文(ふみ)こまごまと書きをさめ、
  これは祐成が、
  いまはの時に書く文の、
  文字(もじ)消えて薄くとも、
  形見にご覧候へ、
  皆人(みなひと)の形見には、
  手跡(しゅせき)にまさるものあらじ、
  水茎(みずぐき)の跡をば、
  心にかけて弔(と)ひたまへ、
  老少(ろうしょう)不定(ふじょう)と
  聞く時は、
  若き命も頼まれず、
  老いたるも残る世のならひ、
  飛花(ひか)落葉(らくよう)の、
  理(ことわり)と思し召されよ、
  その時時致(ときむね)も、
  肌の守りを取り出だし、
  これは時致が、
  形見にご覧候へ、
  形見は人の亡き跡の、
  思ひの種(たね)と申せども、
  せめて慰むならひなれば、
  時致は母上(はわうえ)に、
  添ひ申したると思し召せ、
  いままではその主(ぬし)を、
  守り仏(ぼとけ)の観世音(かんぜおん)、
  この世の縁なくと、
  来世(らいせ)をば助けたまへや
ツレ(十郎):すでにこの日も
  入相(いりあい)の
地:鐘もはや声々に、
  諸行(しょぎょう)無常(むじょう)と
  告げわたる、
  さらばよ急げ急げ使ひ、
  涙を文(ふみ)に巻きこめて、
  そのまま遣(や)る、
  文の干(ひ)ぬ間(ま)にと、
  詠ぜし人の心まで、
  いまさら思ひ白雲の、
  掛かるや富士の裾野より、
  曾我に帰れば兄弟、
  すごすごと跡を見送りて、
  泣きて留(とど)まるあはれさよ、
  泣きて留まるあはれさよ

(間の段)【大藤内、狩場の者の応対】

(観世流だけにある小書『十番斬』では、
ここで兄弟と頼朝配下の武士十人との
斬り合いが入り、(常には登場しない)
新田四郎に十郎が討たれる場面が入る)

【古屋、五郎丸、宿直の侍、五郎の登場】
ツレ(古屋五郎、御所の五郎丸、侍):
  寄せかけて、
  打つ白波の音高く、
  鬨(とき)を作って騒ぎけり

【五郎の登場】
シテ:あらおびたたしの
  軍兵(ぐんぴょう)やな
  「われら兄弟討たんとて、
  多くの勢(せい)は騒ぎあひて、
  ここを先途(せんど)と見えたるぞや、
  十郎殿、十郎殿、
  何(なに)とてお返事はなきぞ十郎殿、
  宵に新田(にった)の四郎と
  戦ひたまひしが、
  さてははや討たれたまひたるよな、
  口惜(くちお)しや
  死なば屍(かばね)を
  一所(いっしょ)とこそ思ひしに
シテ:もの思ふ春の花盛り、
  散(ち)り散(ぢ)りになって
  ここかしこに、
  屍をさらさん無念やな

【終曲】
地:味方の勢(せい)はこれを見て、
  味方の勢はこれを見て、
  打物(うちもの)の鍔元(つばもと)
  くつろげ、
  時致をめがけて掛かりけり
シテ:あらものものしやおのれらよ
地:あらものものしやおのれらよ、
  先に手並みは知るらんものをと、
  太刀取り直し、
  立ったる気色(けしき)、
  誉めぬ人こそなかりけれ、
  かかりける所に、
  かかりける所に、
  御内方(みうちがた)の
  古屋(ふるや)五郎(ごろう)、
  樊噲(はんかい)が嗔(いかり)をなし、
  張良(ちょうりょう)が秘術を
  尽くしつつ、
  五郎が面(おもて)に斬って掛かる、
  時致も古屋五郎が、
  抜いたる太刀の鎬(しのぎ)を削り、
  しばしがほどは戦ひしが、
  何とか斬りけん古屋五郎は、
  二つになってぞ見えたりける
地:かかりける所に、
  かかりける所に、
  御所(ごしょ)の五郎丸、
  御前(ごぜん)に入れたて、
  叶はじものをと、
  肌には鎧(よろい)の、
  袖を解き、
  草摺(くさずり)軽(かろ)げに、
  ざっくと投げ掛け、
  上には薄衣(うすぎぬ)、
  引き被(かず)き、
  唐戸(からと)の脇にぞ、
  待ちかけたる

《立廻り》

シテ:いまは時致も、
  運槻(うんつき)弓(ゆみ)の
地:いまは時致も、
  運槻弓の、
  力も落ちて、
  まことの女(じょ)ぞと、
  油断して通るを、
  やり過ごし押し並べ、
  むんずと組めば
シテ:おのれは何者ぞ
ツレ(五郎丸):御所の五郎丸
地:あらものものしと、
  わだがみ摑(つか)んで、
  えいやえいやと、
  組み転(ころ)んで、
  時致上に、なりける所を、
  下よりえいやと、また押し返し、
  その時大勢、折り重なって、
  千筋(ちすじ)の縄を、かけまくも、
  かたじけなくも、君のおん前に、
  追っ立て行くこそ、めでたけれ

※出典『能を読むⅣ』(本書は観世流を採用)


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