能を観るなら

主に謡曲の詞章を、紹介していきます。
テレビの字幕のようにご利用ください。

屋島

2020-03-27 10:44:47 | 詞章
『屋島』 Bingにて 屋島 竹サポ 能を で検索を推奨。
※「:」は、節を表す記号の代用。

【僧、従僧の登場】
ワキ、ワキヅレ:月も南の
  海原(うなばら)や、
  月も南の海原や、
  屋島の浦を尋ねん
ワキ「これは都方(みやこがた)より
  出でたる僧にて候、
  われいまだ四国を見ず候ふほどに、
  このたび思ひ立ち西国(さいこく)
  行脚(あんぎゃ)と志(こころざ)し候
ワキ、ワキヅレ:春霞、
  浮き立つ波の沖つ舟(ぶね)、
  浮き立つ波の沖つ舟、
  入り日の雲も影添ひて、
  そなたの空と行くほどに、
  はるばるなりし舟路経て、
  屋島の浦に着きにけり、
  屋島の浦に着きにけり
ワキ「急ぎ候ふほどに、
  これははや讃岐(さぬき)の国
  屋島の浦に着きて候、
  日の暮れて候へば、
  これなる塩屋に立ち寄り、
  一夜(いちや)を明かさばやと思ひ候
ワキヅレ「しかるべう候

【漁翁、漁夫の登場】
シテ:面白や月 海上(かいしょう)に
  浮かんでは、
  波濤(はとう)夜火(やか)に似たり
ツレ:漁翁(ぎょおう)夜(よる)
  西岸(せいがん)に沿うて宿(しゅく)す
シテ、ツレ:暁(あかつき)
  湘水(しょうすい)を汲んで
  楚竹(そちく)を焼(た)くも、
  いまに知られて芦火(あしび)の影、
  ほの見えそむるものすごさよ
シテ:月の出(で)潮(じお)の沖つ波
ツレ:霞の小舟(おぶね)焦がれ来て
シテ:海士(あま)の呼び声(こえ)
シテ、ツレ:里近し
シテ:一葉(いちよう)万里(ばんり)の
  船の道、
  ただ一帆(いっぱん)の風にまかす
ツレ:夕べの空の雲の波
シテ、ツレ:月の行方に立ち消えて、
  霞に浮かむ松原の、
  影は緑に映ろひて、
  海岸そことも不知火(しらぬい)の、
  筑紫の海にや続くらん
シテ、ツレ:ここは屋島の浦伝(づた)ひ、
  海士の家居(いえい)も数々に
シテ、ツレ:釣の暇(いとま)も波の上、
  釣の暇も波の上、
  霞み渡りて沖行くや、
  海士の小舟のほのぼのと、
  見えて残る夕暮れ、
  浦風までものどかなる、
  春や心を誘ふらん、
  春や心を誘ふらん
シテ「まづまづ塩屋に帰り
  休まうずるにて候

【漁翁、僧の応対】
ワキ「塩屋の主(あるじ)の帰りて候、
  立ち越え宿(やど)を借らばやと思ひ候、
  いかにこれなる塩屋の内へ案内申し候
ツレ「誰(たれ)にて渡り候ふぞ
ワキ「諸国一見(いっけん)の僧にて候、
  一夜(いちや)の宿をおん貸し候へ
ツレ「しばらくおん待ち候へ、
  主(あるじ)にそのよし申し候ふべし、
  いかに申し候、
  諸国一見のお僧の、
  一夜のお宿を仰せ候
シテ「やすきほどのおん事なれども、
  あまりに見苦しく候ふほどに、
  叶ふまじきよし申し候へ
ツレ「お宿のことを申して候へば、
  あまりに見苦しく候ふほどに、
  叶ふまじきよし仰せ候
ワキ「いやいや見苦しきは苦しからず候、
  ことにこれは
  都方(みやこがた)の者にて、
  この浦はじめて一見の事にて候ふが、
  日の暮れて候へば、
  ひらに一夜と重ねておん申し候へ
ツレ「心得申し候、
  ただいまのよし申して候へば、
  旅人は都の人にておん入(に)り候が、
  日の暮れて候へば、
  ひらに一夜と重ねて仰せ候
シテ「なに旅人は都の人と申すか
ツレ「さん候(ぞうろう)
シテ「げにいたはしきおんことかな、
  さらばお宿を貸し申さん
ツレ:もとより住家(すみか)も芦の屋の
シテ:ただ草枕と思(おぼ)し召せ
ツレ:しかも今宵は照りもせず
シテ:曇りも果てぬ春の夜の
シテ、ツレ:朧月夜(おぼろづきよ)に、
  敷くものもなき、
  海士の苫(とま)
地:屋島に立てる高松の、
  苔(こけ)の筵(むしろ)はいたはしや
地:さて慰みは浦の名の、
  さて慰みは浦の名の、
  群れ居る鶴(たず)をご覧ぜよ、
  などか雲居(くもい)に帰らざらん、
  旅人の故郷(ふるさと)も、
  都と聞けば懐かしや、
  われらももとはとて、
  やがて涙にむせびけり、
  やがて涙にむせびけり

【漁翁の物語】
ワキ「いかに申し候、
  何(なに)とやらん似合はぬ
  所望(しょもう)にて候へども、
  いにしへこの所は
  源平の合戦(かせん)の巷(ちまた)と
  承はりて候、
  夜もすがら語っておん聞かせ候へ
シテ「やすきあひだのこと、
  語って聞かせ申し候ふべし
シテ「いでその頃は元暦(げんりゃく)元年
  三月(がち)十八日のことなりしに、
  平家は海の面(おもて)
  一町ばかりに船を浮かめ、
  源氏はこの汀(みぎわ)に
  うち出でたまふ、
  大将軍(たいしょうぐん)の
  おん出立(にでたち)には、
  赤地の錦の直垂(ひたたれ)に、
  紫(むらさき)裾濃(すそご)の
  おん着背長(きせなが)、
  鐙(あぶみ)踏ん張り
  鞍笠(くらかさ)につっ立ち上がり、
  一院(いちいん)のおん使、
  源氏の大将検非違使(けんびいし)、
  五位(ごい)の尉(じょう)、
  源の義経と
  :名乗りたまひしおん骨柄(こつがら)、
  あっぱれ大将やと見えし、
  いまのやうに思ひ出でられて候
ツレ:その時平家の方(かた)よりも、
  言葉(ことば)戦(だたか)ひこと終はり、
  兵船(ひょうせん)一艘漕ぎ寄せて、
  波打際に下り立って
  「陸(くが)の敵(かたき)を待ちかけしに
シテ「源氏の方にも続く
  兵(つわもの)五十騎ばかり、
  中にも三保(みお)の谷(や)の四郎と名乗って、
  まっさきかけて見えしところに
ツレ「平家の方にも
  悪七(あくしち)兵衛(びょうえ)
  景清(かげきよ)と名乗り、
  三保の谷をめがけ戦ひしに
シテ「かの三保の谷はその時に、
  太刀打ち折って力なく、
  少し汀に引き退(しりぞ)きしに
ツレ:景清追っかけ三保の谷が
シテ「着たる兜の錏(しころ)をつかんで
ツレ:後ろへ引けば三保の谷も
シテ:身を逃れんと前へ引く
ツレ:たがひにえいやと
シテ:引く力に
地:鉢付(はちつけ)の板より引きちぎって、
  左右(そう)へくわっとぞ退(の)きにける、
  これをご覧じて判官(ほうがん)、
  お馬を汀にうち寄せたまへば、
  佐藤継信(つぎのぶ)、
  能登殿の矢先にかかって、
  馬より下(しも)にどうと落つれば、
  船には菊王も討たれければ、
  ともにあはれと思(おぼ)しけるか、
  船は沖へ陸(くが)は陣に、
  相引(あいび)きに引く潮の、
  あとは鬨(とき)の声絶えて、
  磯の波松風ばかりの、
  音淋(さみ)しくぞなりにける

【漁翁の中入】
地:不思議なりとよ海士人(あまびと)の、
  あまりくはしき物語、
  その名を名乗りたまへや
シテ:わが名を何と夕波の、
  引くや夜潮(よじお)も朝倉や、
  木の丸殿(きのまるどの)にあらばこそ、
  名乗りをしても行かまし
地:げにや言葉を聞くからに、
  その名ゆかしき老人(おいびと)の
シテ:昔を語る小忌衣(おみごろも)
地:頃しもいまは
シテ:春の夜の
地:潮(うしお)の落つる暁ならば、
  修羅(しゅら)の時になるべし、
  その時は、
  わが名や名乗らん、
  たとひ名乗らずとも名乗るとも、
  よし常の憂き世の、
  夢ばし覚ましたまふなよ、
  夢ばし覚ましたまふなよ

(間の段)【浦人の物語】
(塩屋の本当の主人、浦人がやってきて、屋島の合戦、景清と三保の谷の一騎打ちなど語る)

【僧の待受】
ワキ「不思議やいまの老人の、
  その名を尋ねし答へにも、
  よし常の世の夢心、
  覚まさで待てと聞こえつる
ワキ、ワキヅレ:声も更け行く浦風の、
  声も更け行く浦風の、
  松が根枕そばだてて、
  思ひを延ぶる苔筵(こけむしろ)、
  重ねて夢を待ち居たり、
  重ねて夢を待ち居たり

【義経の登場】
シテ:落花(らっか)枝に帰らず、
  破鏡(はきょう)ふたたび照らさず、
  しかれどもなほ妄執の瞋恚(しんに)とて、
  鬼神(きしん)魂魄(こんぱく)の
  境界(きょうがい)に帰り、
  われとこの身を苦しめて、
  修羅の巷(ちまた)に寄り来る波の、
  浅からざりし業因(ごういん)かな

【義経、僧の応対】
ワキ:不思議やな、
  はや暁にもなるやらんと、
  思ふ寝覚の枕より、
  甲冑(かっちう)を帯し見えたまふは、
  もし判官(ほうがん)にてましますか
シテ「われ義経が幽霊なるが、
  瞋恚に引かるる妄執にて、
  なほ西海(さいかい)の波に漂ひ
  :生死(しょうじ)の海に
  沈淪(ちんりん)せり
ワキ:愚かやな、
  心からこそ生死(いきしに)の、
  海とも見ゆれ真如(しんにょ)の月の
シテ:春の夜なれど曇りなき、
  心も澄める今宵の空
ワキ:昔をいまに思ひ出づる
シテ:船と陸(くが)との合戦(かせん)の道
ワキ:所からとて
シテ:忘れえぬ
地:武士(もののふ)の、
  屋島に射るや槻弓(つきゆみ)の、
  屋島に射るや槻弓の、
  元の身ながらまたここに、
  弓箭(きうせん)の道は迷はぬに、
  迷ひけるぞや、
  生死(しょうじ)の、
  海山(うみやま)を離れやらで、
  帰る屋島の恨めしや、
  とにかくに執心の、
  残りの海の深き夜に、
  夢物語申すなり、
  夢物語申すなり

【義経の物語】
地:忘れぬものを
  閻浮(えんぶ)の故郷(こきょう)に、
  去って久しき年並(としなみ)の、
  夜(よる)の夢路に通ひ来て、
  修羅道(しゅらどう)のありさま
  現はすなり
シテ:思ひぞ出づる昔の春、
  月も今宵に冴えかへり
地:元の渚はここなれや、
  源平たがひに矢先(やさき)を揃へ、
  船を組み駒を並べて、
  うち入れうち入れ足並に、
  鑣(くつばみ)を浸(ひた)して攻め戦ふ
シテ「その時何(なに)とかしたりけん、
  判官(ほうがん)弓を取り落し、
  波に揺られて流れしに
地:そのをりしもは引く潮にて、
  はるかに遠く流れ行くを
シテ「敵(かたき)に弓を取られじと、
  駒を波間に泳がせて、
  敵船(てきせん)近くなりしほどに
地:敵(かたき)はこれを見しよりも、
  船を寄せ熊手(くまで)に懸けて、
  すでに危(あよお)うく見えたまひしに
シテ「されども熊手を切り払ひ、
  つひに弓を取り返し、
  元の渚にうち上がれば
地:その時兼房申すやう、
  口惜(くちお)しのおん振舞ひやな、
  渡辺にて景時が申ししも
  これにてこそ候へ、
  たとひ千金を延(の)べたるおん弓なりとも、
  おん命には代へたまふべきかと、
  涙を流し申しければ、
  判官これを聞こし召し、
  いやとよ弓を惜しむにあらず
地:義経源平に、
  弓矢を取って私(わたくし)なし、
  しかれども、
  佳名(かめい)はいまだ半ばならず、
  さればこの弓を
  敵(かたき)に取られ義経は、
  小兵(こひょう)なりと言はれんは、
  無念の次第なるべし、
  よしそれゆゑに討たれんは、
  力なし義経が、
  運の極めと思ふべし、
  さらずは敵(かたき)に渡さじとて、
  波に引かるる弓取りの、
  名は末代にあらずやと、
  語りたまへば兼房、
  さてそのほかの人までも、
  みな感涙を流しけり
シテ:智者は惑(まど)はず
地:勇者は懼(おそ)れずの、
  弥猛心(やたけごころ)の梓弓(あすさゆみ)、
  敵(かたき)には取り伝へじと、
  惜しむは名のため、
  惜しまぬは一命なれば、
  身を捨ててこそ後記(こうき)にも、
  佳名(かめい)を留(とど)むべき、
  弓筆(ゆみふで)の跡なるべけれ

【終曲】
シテ:また修羅道の鬨(とき)の声
地:矢叫びの音震動せり

《カケリ》

シテ「今日の修羅の敵(かたき)は誰(た)そ、
  なに能登の守教経(のりつね)とや、
  あらものものしや手並は知りぬ
  :思ひぞ出づる壇の浦の
地:その船戦(ふないくさ)いまははや、
  その船戦いまははや、
  閻浮(えんぶ)に帰る生死(いきしに)の、
  海山(うみやま)一同に震動して、
  船よりは鬨(とき)の声
シテ:陸(くが)には波の楯
地:月に白(しら)むは
シテ:剣(つるぎ)の光
地:潮(うしお)に映るは
シテ:兜(かぶと)の星の影
地:水や空、
  空行くもまた雲の波の、
  撃ち合ひ刺し違(ちご)ふる、
  船戦の駆け引き、
  浮き沈むとせしほどに、
  春の夜の波より明けて、
  敵(かたき)と見えしは
  群れ居る鷗(かもめ)、
  鬨の声と聞こえしは、
  浦風なりけり高松の、
  浦風なりけり高松の、
  朝嵐とぞなりにける

※出典『能を読むⅡ』(本書は観世流を採用)


コメントを投稿