②
これがきっかけで、わたしは刑務所で新しく始める情緒教育の講師を
頼まれることになった。受講生は、強盗・殺人・レイプ・放火・覚せい剤などで捕まった少年たちだという。
さすがに腰が引けた。
しかし、刑務所の教育統括が真顔でこう言ったのだ。
「あの子たちはみんな、加害者になる前に被害者だったんです。
ひどい虐待や貧困の中で育ち、心がすっかり傷ついています。
まともな愛情を受けたことがないから、情緒も育っていない。
さみしい苦しい悲しいという負の感情を感じたくなくて、
心の扉をピタッと締めています。
するとすると、喜びも楽しさも入ってこなくなる。
だから、自分が何を感じているのかさえ、わからなくなっているんです。
そんな子に『被害者の気持ちになってください』なんて言っても、
わかるはずがありません。
だから、先生には、絵本や童話や詩を使って
彼らの心の扉を開き、情緒を耕して芽吹かせてやってほしいのです。」
無理だ、と思った。絵本だの詩だのというヤワなもので、
人を殺すところまでこじれた心をなんとかできるわけはない。
けれど、熱意に負けて引き受けてしまった。
ただし、一人では怖いから夫の松永洋介と一緒にと頼んだ。
(続く)