いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

受刑者が紡いだ詩の向こう側②

2019-06-08 20:09:07 | 


これがきっかけで、わたしは刑務所で新しく始める情緒教育の講師を
頼まれることになった。受講生は、強盗・殺人・レイプ・放火・覚せい剤などで捕まった少年たちだという。
さすがに腰が引けた。
しかし、刑務所の教育統括が真顔でこう言ったのだ。
「あの子たちはみんな、加害者になる前に被害者だったんです。
ひどい虐待や貧困の中で育ち、心がすっかり傷ついています。
まともな愛情を受けたことがないから、情緒も育っていない。
さみしい苦しい悲しいという負の感情を感じたくなくて、
心の扉をピタッと締めています。
するとすると、喜びも楽しさも入ってこなくなる。

だから、自分が何を感じているのかさえ、わからなくなっているんです。
そんな子に『被害者の気持ちになってください』なんて言っても、
わかるはずがありません。
だから、先生には、絵本や童話や詩を使って
彼らの心の扉を開き、情緒を耕して芽吹かせてやってほしいのです。」

無理だ、と思った。絵本だの詩だのというヤワなもので、
人を殺すところまでこじれた心をなんとかできるわけはない。
けれど、熱意に負けて引き受けてしまった。
ただし、一人では怖いから夫の松永洋介と一緒にと頼んだ。

(続く)
























「お父さんはいつもお母さんを殴っていました」①~受刑者が紡いだ詩の向こう側~

2019-06-08 19:40:33 | 


りょう・みちこ
東京生まれ。2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに授業をする。

……

上述の小説家の感動的な話がある。
長いので、6回に分けて、紹介する。

……

人生、何が起こるかわからない。一生の中でまさか自分が、刑務所にいる殺人犯や放火犯と深く関わるとは夢にも思わなかった。
そして、彼らによって人間観のみならず世界間まで大きく変わり、自分自身さえ深く癒されるとは……

ことの始まりは、2005年の長編小説で泉鏡花文学賞をもらったことだった。
これを機に、わたしの夢だった「地方都市暮らし」を実行、
デザイナーの夫ともに、親類もいない奈良に引っ越した。

まるで毎日が修学旅行のようで、あちこち見て歩いているうちに
「奈良には明治の名煉瓦建築がある」と聞いた。
それが「奈良少年刑務所だった。」

立派で風格があるのに、威圧感がない。まるでお伽の国の愛らしくて、
初めて見たとき、息を呑んだ。

奈良少年刑務所は、明治政府が西洋社会に肩を並べたくて国の威信をかけて造った「明治五代監獄」の一つ。
中を見たかったが入れず「矯正展」という一般公開日があると聞いて、
心待ちにして訪れた。
それが運命の分かれ道だった。

驚かされたのは、建物の美しさばかりでなく、
展示されていた受刑者たちの絵や詩に目を奪われた。
あまりにも繊細で、あまりにも切ない。
想像とはまるで違うものが目の前にあり、驚いている私に、
刑務所の警官が語り掛けてくれた。
「みなさん、ここには獰猛で手に負えない少年や、
何を考えているかわからないモンスターが来ているとお考えですが、違うんです。
ここに来ているのは、むしろ引っ込み思案でおとなしい子や、礼儀正しい子がほとんどなんですよ。」

(続く)


























































新しい詩⑧~わが名をよびて~

2019-05-18 21:29:58 | 

「わが名をよびて」

わが名をよびてたまはれ
いとけなき日のよび名をもてわがなをよびたまはれ
あわれいまひとたびわがいとけなき日の名をよびてたまはれ
風のふく日のとほくよりわが名をよびてよびてたまはれ
庭のかたへに茶の花のさきのこる日の
ちらちらと雪のふる日のとほくよりわが名をよびてたまはれ
よびてたまはれ
わが名をよびてたまはれ














新しい詩⑥__啼け!

2019-04-29 18:32:18 | 

__啼け!

おお、今こそわたしは啼くであらう。

__啼け!
__よろしい、私は啼く。

そして、啼きながら私は飛んでゐた。飛びながら私は啼いていた。

__ああ、ああ、ああ、ああ、

__ああ、ああ、ああ、ああ、

風が吹いてゐた。その風に秋が木葉をまくやうに私は言葉を撒いてゐた。
冷たいものがしきりに頬を流れてゐた。

新しい詩⑤はかなごと

2019-04-25 22:16:31 | 

「はかなごと」


つひ言ひ出したことはなけれど
言ひ出さねばわからむものか
言ひださむままに
いつしか過ぎぬれば
むかしの思ひは夢のやうにて
唄のやうにて
こころにかかった名も知らぬなやみは
薄いほくろか ほろりと取れける
さびしや

新しい詩③「人に」

2019-04-23 11:27:20 | 

「人に」


遊びじゃない
暇つぶしじゃない
あなたが私に会いに来る
ーー書も書かず、本も読まず、仕事もせずーー
そして2日でも、3日でも
笑い、戯れ、飛び跳ね、又抱き
さんざん時間をちぢめ
数日を一瞬に果たす
ああ けれども
それは遊びじゃない
暇つぶしじゃない
満ちあふれたわれらの余儀ないいのちである
生である
力である